第27話:実験結果と口コミ

 荒野を抜けた僕らは、切り立った岩山と草木が生い茂った起伏の激しい〈シビル高地〉へとたどり着いた。


「か、風強くないですか!?」


 獣車がガタガタと横風に揺られる。

 これでは、ろくに付呪の練習もできない。


 もう一度強い風が吹くと、獣車全体がグラリと浮く。


「か、風ぇ! 強くないですか!? 風避けの付呪とかそういうのは!?」


「……しちゃいるが、そもそもここはそういう土地だ」


 と、グインがむっつり答える。

 すると、流石にこの天候で屋根の上にいる気は無かったらしいルグリアが続く。


「ものっすごい風と、四六時中鳴ってる雷。それが〈シビル高地〉。どう?」


 ちなみに、エメリアは外の御者席だ。

 御者をする気の無いルグリアを見る恨めしそうな目は忘れない。

 苦労してんだな……。


「……今夜、付呪試してみても良いですか?」


 今は時間が惜しい。

 一分でも一秒でも多く、色々な付呪を試してみたいのに……。


「ンでもさー、獣車ってウチらのじゃないしさー」


 そう、これは[冒険者ギルド]の備品だ。


「野営地が決まったら、ギルドの人たちに聞いてみます……」


「ン! リゼル君なら許可降りると思うし、よろしーくっ!」


 ちなみに、許可はすぐに下りた。

 やった、良かった、最初からこうすれば良かったんだと意気込んだのも束の間、夜の内に百を超える獣車への付呪を依頼されて僕は地獄を見た。



 ※



 さあ五日目だ。

 [風よけの付呪]と[振動軽減の付呪]の調子は良好だ。

 とは言え、全力で付呪をしたら爆発する可能性、あるいは搭乗している冒険者たちの魔力を根こそぎ奪い取る危険性があったため、だいぶ控えめにした。

 なので時々ゴトゴトと揺れるが、許容範囲内だろう。


 今、僕は獣車の中で試験を受けている。

 [冒険者ギルド]の規定に則った、簡易試験というやつだ。

 これをクリアできれば最初の階級である[鉄級]から一気に三つ上がって[青銅級]に進める。

 後は、街についてからの筆記と面接と実技を突破すれば[銀級]だ。

 ……いやこんな簡単で良いのだろうか?


 と、試験官を務めてくれている受付嬢が言った。


「[冒険者ギルド]には|生産職(クラフター)の方も少数ですが在籍していますので、付呪師のリゼルさんでしたら大歓迎ですっ」


 そういえば冒険者になる付呪師は貴重とか言ってたな。

 それに、生産職の冒険者か……。

 是非、会ってみたいな。

 きっと気が合いそうだ。


「ちなみに、そちらのグイン・バスさんは鍛冶師の冒険者ですっ」


「おう、よろしくな坊主」


 ……あぁ、そう。

 申し訳ないけど鎧は重くてつけられないので、なんといいますか、範囲外であります。

 もちろん売ることを考えたら必要だろうが、まずは身近なものから揃えたい。

 革細工師か裁縫師の冒険者、どこかにいないかなぁ……。


 ちなみに、試験はほぼ完璧にできた。

 勉強だけは得意なのだ。

 いや、もう僕には付呪という技能があるのだから、勉強だけは、では無いな。

 言い直そう。

 勉強も得意なのだ。

 うん、少し誇らしい。


 あと、獣車に施した付呪の調子が良好だったので、追加で[魔獣避けの付呪]を依頼された。

 え、また全部の獣車にするの?

 僕一人で?

 な、なるほどぉ。そりゃ付呪師の冒険者は喜ばれるわけだ。

 なるほどぉ……。



 ※



 七日が経った。

 あっという間に〈シビル高地〉を抜けた。

 本来ならばここで十日はかかる予定だったそうだ。

 これならば、一月と言わず半月か、もっと早くに街へとたどり着けるらしい。

 順調だ。

 刻一刻と、付呪師としての本格的な道が迫ってきている。

 ……いやもう十分すぎるほど付呪している気がするけども。


 だがこれは、あくまでも冒険者としてやっていることだ。

 具体的に言ってしまえば、金にならない仕事なのだ。

 百を超える獣車への複数の付呪は全て無償で行った。


 なぜなら冒険者だから。

 そういう契約だから。


 その代わり、彼らが倒した魔獣の報酬は、僕も分け前を貰える。

 なぜなら冒険者だから。

 そういう契約だから。


 ちなみに魔獣は出ない。

 なぜなら僕の施した[魔獣避けの付呪]が強力だから。


 そりゃ冒険者になりたがる付呪師なんていないわな……。


 とは言え、時間を無駄にしてはいけない。

 僕はこれ幸いとばかりに、付呪の実験を繰り返した。

 先の戦いで施した[浮遊の付呪のローブ]は、惜しい出来だった。

 空中戦に近い戦い方はできたものの、所詮は[浮遊]に特化していたため動きのコントロールがしづらい。


 ちなみに野営の際に他の冒険者たちの協力の元、[飛翔]や[飛行]の付呪を施したが、大失敗だった。

 [飛翔]は、飛び立つことはできても減速ができず、エメリアが着地を助けてくれなければたぶん死んでいた。

 [飛行]は、空中での動作は良好だったが案の定着地ができずエメリアに助けてもらった。


 かと言って、着地を考えゆっくりとした飛行や飛翔にしては、速度そのものが落ちてしまうため本末転倒で……。


 むむむ!

 これ考えるの楽しいぞ!

 この難題を突破してこそ、僕は一流の付呪師になれるのだ……!


 ふと、獣車の中でゴロゴロしていたルグリアが言った。


「……ローブ二枚着たら良いんじゃないの?」


 あっ……。



 ※



 〈サウスラン〉を出発してから十日が経ち、〈バルク原野〉に到着した。

 原野と呼ばれるだけあって、雑草だらけの土地だ。


 どうやら明日には街に到着するらしい。

 僕の施した様々な付呪が、およそ二十日分を短縮したらしい。

 受付嬢は感激して僕に抱きついてきたし、冒険者たちは凄えぜ先生と言って僕を肩車してきた。

 だが追加報酬は無い。

 なぜなら僕は冒険者だから……。


 早くちゃんとした付呪師になりたい。

 これではやはり駄目だ……。

 お店を持てれば良いが、まずは安定した顧客が必要だ。


 そして、最後の夜を迎える。



 僕は、エメリアのローブを借り[浮遊のローブ]と[飛行のローブ]を重ね着してみた。

 無理やり着たせいで何かムチッとしているのはご愛嬌だ。


 僕がこうして付呪の実験をするのは、毎夜のことだ。

 そのせいか、いつの間にかギャラリーが増えている。


「お、先生がまた面白いことするぞ」


「良いのができたら、俺たちも買いに行くかんな!」


「そん時は、安くしてくれよ? ウハハハハ!」


 彼らは固定客になってくれるだろうか……。


「杖良いよねー。安いのをさ、一本か二本忍ばせておけばさ」


「そうそう! 切り札って感じ!」


 魔導師たちにも、杖の評判は上々だ。

 何より、元の杖が普通に出回っているロッドやワンドで良いのが助かるのだろう。

 ローブや鎧の中に忍ばせておけば、いざという時の切り札になる。


 おそらく、杖は売れる。

 問題は防具だ。

 何としても今夜のうちに僕の付呪を施した防具の特別さを見せなければ。


 僕は一度、エメリアにぺこりと頭を下げる。


「ではエメリア先生、今日も危なかったら願いします」


「はい、リゼル先生。どうぞよしなに」


 ちなみに、エメリアには十三回ほど命を救われている。

 原因は全部付呪の失敗だ。

 墜落と墜落と墜落と暴発と……。

 これはもう、エメリア大先生と呼ばなければならない。

 っていうか僕失敗しすぎでは……。

 自信なくなってきた。


 いいや、それを今日挽回するのだ。


「では、行きます――!」


 魔力を[浮遊のローブ]と[飛行のローブ]の両方に少しずつ走らせる。

 すると、ゆっくりと僕の体は浮き始める。

 今の所、悪くない。

 浮遊と飛行のバランスで、加速と減速を決められるようだ。


「飛びます!」


 と、僕は[飛行のローブ]を主に使い、星空に向かって飛んだ。


 眼下の冒険者たちが、やんややんやとまくしたてる。


「おー! 先生やったなー!」


「飛行魔法って最高位の魔導師でやっと何だろ?」


「こりゃ凄え……」


「先生ー! それくれー!」


 速度は上々。

 機動も、弧を描いてみたり、一気に加速したりと繰り返してみる。

 うん、良いぞ。


 やった。

 魔法を使えない僕が、最高位の魔法をここまで再現できた。

 この技術は、色々なものに応用できるはずだ。

 成し遂げたぞ!


 だが、問題は山積みだ。

 武器は魔力が膨れ上がって爆発する。

 防具は魔力が枯渇して装備してる者から奪い始める。

 この致命的な問題を、まだまだ改善できていないのだ。


 一応武器の方は、使い捨てと考えればもう販売できそうだが……。


 何はともあれ、実験は成功だ。

 そして次の問題に取り組むため、僕は[浮遊のローブ]を主に使い、ゆっくりと着地した。


 冒険者たちからわっと歓声が上がる。


「やったな先生!」


「とんでもねえことになるぞこりゃ」


「先生! くれ!」


「でも防具の方は、魔力が足らなくなるんだろ?」


 懸念は最もだ。


「はい。なのでもう少し改良を重ねたいと思います」


 一応考えている案はある。

 魔力を含む宝石――魔石を使うのだ。

 そして、足らない魔力を補う。

 だがいかんせん、質の良い魔石は高い。


 いやいや、ここで弱気になってどうする。

 安価で手に入る魔石だっていくらでもあるのだ。

 まずはそこから試していこう。

 ……一応爆発しても大丈夫な場所を確保してから。


 ふと、魔導師が問う。


「杖の方はもう売ってくれるの?」


「ええっと……」


 もちろんです、と言いたいところだが僕は[冒険者ギルド]から営業許可を得ていない。

 闇市場的な形を取ればいけるのだろうが……。


「一応使い捨て、という形で[商人ギルド]に持ち込んで見る予定です」


「そっかぁ。じゃあすぐにってわけには行かないんだね」


 先日のように譲渡という形を取れば[商人ギルド]に縛られることは無いだろう。

 でもそれでは意味が無い。

 胸を張って故郷に帰るためには、後ろめたいことがあってはならないのだ。


「あの杖良いよねー」


「魔法を撃てるタイプであんなに凄いのって初めて見た」


 僕も初めて見た。


 基本的に、魔導師が使う杖は自身の魔力の補助や、周囲から魔力を吸収しやすくする[強化型]と呼ばれる杖だ。


 杖そのものに魔法を蓄える、[保管型]と呼ばれる杖では基本的に弱い魔法しか使えない。

 僕のように魔法が使えない者か、あるいは魔法を習い始めたばかりの子供が使うものだ。

 だが、僕の作ったものは文字通り威力の桁が違う。


 と、剣士の冒険者が言う。


「あれなら俺も欲しいな」


「ああ。持っておきたい」


「いざって時だろ? [商人ギルド]から許可が降りれば、冒険者の必需品になるんじゃねえかな?」


 おお、口コミはバッチリだ。

 これなら許可が下り次第すぐにでも売れそうだ。


 ちなみに、[冒険者ギルド]側から[商人ギルド]に強く推薦してくれると約束してもらえてある。


 早急に、それも正規の手続きを経て許可を得なければならない。

 だが懸念もある。


 実は、野良の付呪師はちょっぴり立場が弱いらしい。


 安定して高品質な装備を供給してもらえる城務めの付呪師に対して、野良の付呪師は媒体となる装備を自分の足で集めなければならないからだ。

 そうなると、生産職と[商人ギルド]には頭が上がらなくなる。


 おたく、うちの装備がないと何もできないんでしょ? と足元を見られてしまうのだ。


 信頼できる生産職に出会えるだろうか?

 できれば、革細工師、裁縫師、そして杖職人が良い。


 よし、街に到着したら僕自身の足で探そう。


 こんなに楽しいのは、[魔法学校]入学当初以来だ。

 何もかもが新しくて、ワクワクする。

 明日はきっと、今日よりも良い日だ。


 そうして、夜は更けていく。

 いよいよ明日には、〈魔法都市ガラリア〉だ。

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