第十六話 清盛神社


お昼までの授業が終わったあと、俺は誠也に捕まらないうちに教室を出た。

門のところまで行くと、待っていた魅音ちゃんは俺に気づくと、わずかに笑ったあと、俺を待たずに歩き出す。


それは、多分俺が周りに気づかれたくないと言ったから。

俺に彼女がいると知ってるのは誠也以外に数人しかいないのに、どうして俺はここまで彼女を牽制するのだろうか。


一歩も動けずにいると、おもむろに足を止めて振り向いた彼女は。


「──」


口をパクパク動かして、何かを言った。


声は聞こえない。


けれど、俺を見て微笑んだあと、前を向いた。

瞬間、風によって攫われた髪がふわっと持ち上がる。

栗色の髪の毛が、離れていてもはっきりと見えた。


まるでそれが俺の目印のようで。


なんだ、それ。おかしいな……


なんて思ってわずかに口元を緩めたあと、俺は、マフラーに口元を深く埋めると、彼女のあとを追った。



* * *



電車に揺られること十五分。そこから歩くと、俺の少し前の鳥居の前で立ち止まる彼女。


奥にある神社は、少し古びている。良く言えば貫禄がある神社。

お賽銭箱や狛犬、絵馬など、ある程度のものはしっかりとあった。


彼女の隣まで足を進めると、


「それじゃあ私はここで…」


案内役を終えた彼女は、俺に小さく笑うと、踵を返す。


けれど、俺は──。


「ちょっと待て」


咄嗟に彼女の腕を掴む。すると、え、と困惑した声をもらして、俺の顔を凝視する。


「な、なんですか?」

「ここまで来たら付き合ってよ。提案したのは魅音ちゃんなんだから」

「でも、二人きりは避けたいって。……ほんとにいいんですか?」


ぶつかった視線を逸らしたあと、「うん」小さく返事をすると、掴んでいた腕をパッと解放する。


「撤回するなら今ですよ? 私、ほんとについて来ちゃいますよ。いいんですか?」


いまだに俺が言ったことが信じられないのか、問いただす。


「いいって言ってんじゃん」


どうしてそんなことを言ったのか分からない。


なにを血迷ったのだろうか。


「ほら早く」


そう言って、鳥居をくぐる俺のあとを、「はい!」元気よく返事をした彼女の足音が、すぐ後ろで聞こえた。



「まずは、お参りですよね」

「ああ」

「しっかり神様に届くようにお願いしなくちゃいけませんね!」


願掛けとか占いとか信じないタイプの俺。

だけれど、彼女のことともなればそれはべつで。

財布から小銭を取り出すと、賽銭箱へと放り投げる。


カランッ、カランッ──


手を二度叩いて、二度頭を下げて手を合わせて目を瞑る。


俺の願いは、もちろん……



目を開けてもう一度頭を下げる。


隣へ視線を向けて声をかけようとするけれど、彼女の姿を見て咄嗟に口をつぐんだ。


綺麗に合わさる手のひらとか、伸びている背筋とか。その姿が、周りの空気と一体化しているようで思わず綺麗だと思った。


ただ、雰囲気が咲良と重なって見えたからそう思っただけで、そこに恋愛感情なんてものは一切含まれていない。


「三上くん、どうしたんですか?」


次に目を開けたとき、彼女はすでにこちらを向いていた。


「…ああ、いやなにも」


視線を逸らして階段を降りると、「そうですか」と返事をしながらあとを追いかけてくる。


俺はべつになにもない。


咲良以外とどうこうなろうなんて、そんなことこれっぽっちも思っちゃいない。


「次は、御守り買いますか? ここの御守りかなりご利益あるみたいですよ」


俺の少し隣を歩く彼女に「へぇ」と相槌を打ったあと、


「つーか、なんでそんなこと知ってんの。ここ来たことあんの?」

「いえ、調べたんです」

「は? 調べた?」

「はい。スマホ一つあれば世の中怖いものなんてないですよね。検索すれば知りたいことは何だって分かりますし」


淡々と告げる彼女に、どうしてそこまで、と尋ねようと思った。


けれど、その答えを何度も聞いている俺は、そのままのどの奥に押し込んだ。


「だから、きっと彼女さんにもご利益あると思いますよ!」


笑って言われるから、


「だと、いいな」


俺もつられて口元を緩めた。


俺は、彼女へ『生命力向上』というピンク色の御守りを買った。


「あのっ、生命力の源である大木ってどこにあるんですか?」


突然、彼女が巫女さんに尋ねる。


内心俺は、『は?』と思って彼女の肩を手でひいた。


「なに聞いてんだよ」


コソッと耳打ちをすると、


「ここまで来たら必ず触って帰った方がいいんですよ!」


ニコリと笑って告げたあと、俺から離れて巫女さんにまた近づくと、


「それって触ってもいいんですよね?」

「はい、大丈夫です。神社の奥の方にありますよ。ご案内いたしましょうか?」

「はい! お願いします!」


俺の意見など聞かずに勝手に事を進めていく。


巫女さんのあとをついて行く彼女の、そのあとをついて行くほかなくて。



「うわーっ、おっきい!!」


大木を見上げながら彼女は、言った。


それに巫女さんは笑いながら、


「こちら樹齢三百年以上と言われている大木でして、これに触れると、生命力が伸びると言われているんです」


棒立ちでなんの表情も表さない俺に、視線を向けながら告げた。


「へぇ、そうなんですね」

「なのでぜひ、触れるといいですよ」


けれど、俺は自分の寿命を伸ばしに来たわけではない。


「それって、触れた本人しか効果がないってことですか?」


素朴な疑問を尋ねてみる。


「そうですね」


肯定された時点で心が折れた俺は、目線を下げて唇を噛んだ。


「でも」そう告げた巫女さんへと視線を戻すと、


「木に触れながら来られない方のことを願うことは可能ですよ」


ぶつかった視線のあと、にこりと微笑んだ巫女さん。

では私はこれで、と告げると来た道を引き返して行った。


触れながら心で願う、か。


それって果たして彼女にどれだけ効果があるんだろう。


「三上くん、これに触れてみましょう!」


巫女さんがいなくなったことなど気づかずに、大木に釘付けの魅音ちゃんは目をキラキラさせていた。


「いや、べつに俺寿命伸ばしたいわけじゃねえし」

「どうしてですか! 今の聞いてなかったんですか? 心で願えば、彼女さんにも伝わるって」

「そうだけど……」


願ったって彼女が目を覚ますわけない。


ここに来たのだって魅音ちゃんに提案されたからであって俺の意思ではない。


「今できることをやるんじゃなかったんですか?」


その声にハッとすると、俺の心が一変する。


「……だよな」


そうだ。そうだよな。俺が、諦めてどうするんだ。

つーか、提案したのは彼女だけど行くって決めたのは俺自身だよな。


途切れかけていた心がまた奮い立たされて、俺は、おもむろに手を持ち上げた。


手のひらを大木の脈がわずかに伝っているような、力が流れてくるような、そんな気がした。


「うわー、なんか力を感じます! 三百年もこの地に生きてるってすごいですよね! これならきっとご利益ありますよ!」


なんて言う彼女の声を耳で聞きながら、目を閉じる俺。


三百年も生きてるなら、きっと俺なんかよりもはるかに強い。

強くて、たくましい大木。


幾重にもお願いされただろう。

ご利益にあやかろうと触れられただろう。


けれど、俺は違う。

俺自身のためなんかではない。


眠っている彼女のために。


どうか、救ってください。

どうか、助けてください。


俺の命を使っても構わない。


だからどうか、彼女を真っ暗闇から救ってください──

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