第十二話 折り鶴作りませんか?


一時間目の休み時間、俺は購買近くの自販機へやって来た。

寒いと人は温かいものを欲するらしい。

なんならうんと甘いやつがいい。


「──あっ、三上くん!」


突然、すぐ背後から声がして、驚いた俺は肩がビクッと上がる。その反動で、無糖の紅茶を押してしまった。


よりによって甘いやつの真逆。


落ちた紅茶を渋々拾って立ち上がると、じろっと恨めしいように彼女を見下ろすと、


「な、何かあったんですか?」


慌てたように言葉を取り繕った。


「これ、やるよ」


無理やり突き出して受け取らせると、


「あの、これは…」

「いきなり声かけてくるやつがいたから間違って買ったんだよ」

「…え?」


小言を告げると、また小銭を財布から取り出して投入する。


「それって私ですよね?」

「ほかに誰かいんの」

「いえ、あの…」


言葉を濁す声を聞き流しながら、今度は間違えないように甘いココアを選択した。


ガゴンッ──と、落ちたそれを拾っていると、ふいに、ごめんなさい、そう聞こえた。


「三上くんが見えて嬉しくなっちゃってつい声をかけてしまいました」


背後から聞こえる声は、かなり反省しているように聞こえた。


もういーけど、と話を打ち切ったあと、


「それ飲める?」


視界に映り込んだ無糖の紅茶を見て、そう告げる。


「無理なら他のやつにやるけど」


回収しようと手を伸ばすと、「いえ!」と声をあげながら紅茶を握りしめた。


「私、飲めます!」

「いや、べつに無理しなくても」

「ほんとに私飲めます! てか、私にください! 三上くんが買ってくれたもの、私欲しいです」


いや、買ったっつーか。


「……間違って買っただけだけど」

「それでも欲しいんです!!」


言葉をたたみかけてくるから、自販機にじりじりと詰め寄られた俺は逃げ場を失う。


つうか。この状況を誰かに見られでもすればややこしくなる。


「分かったからとにかく離れろ」


彼女の肩を押し返して、なんとか逃げ出すと、


「ほんとにもらっていいんですか?」

「…いいっつってんだろ」

「ほんとですか? 大切に保管しちゃいますよ?」


嬉しそうに笑って、そう言うから、


「いや、すぐ飲めよ」


思わず声がもれた。


彼女の価値観は少し。いや、わりと変わっているらしい。


「三上くんからもらったもの、大切すぎて飲めません!」

「じゃあ返せよ。他に飲めるやつにやるから」

「え、それはダメです!」


なんて意地を張るものだから、


「じゃあ今日中に飲めよな」


そう告げると、努力してみます、言葉を濁した。


カチッとキャップを開けながら、


「それよりなんでここいんの?」


視界に映り込んだ彼女の持っている小さな袋が気になった。


「え、ああ。ちょっと購買に買い物をしてました」

「買い物?」

「はい」


笑って返事をすると、袋から何かを取り出そうとして、じゃじゃーん、と効果音をつける。


「……折り紙?」


保育園とかでよく使っていたような大きさではなく、かなり小さめのやつ。


はい、と返事をすると、


「三上くん言ってたじゃないですか。自分にも何かできるのかなって」

「…あー、言ったな」

「それがこれです」


そう告げられても、だからなんだよ、と返してココアを飲んでいると、


「だから三上くん、一緒に千羽鶴作りませんか?」


突然の提案に、


「──は?」


開いた口が塞がらないとは、まさしくこのことだ。


俺とは裏腹に、提案した本人はにこにこと笑顔を浮かべていて、


「どうですか。一緒にしませんか?」


再度、尋ねられる。


「…なんで突然」

「え、だってお見舞いといったらこれかなっと思ったので」


確かに、怪我したり病気で入院したりしたら千羽鶴ってよく聞いたりするけど。


「じゃなくて、一緒に作りませんかって言ってたじゃん」

「はい」

「なに、おまえも作んの?」

「いけませんか?」

「いや、そういうことじゃなくてさ…」


話しが全然進まなくて呆れたようにため息をついた。


「だからなんで魅音ちゃんも作んのかって聞いてんの」

「え?」

「それ作らなきゃいけないのは俺だろ。彼女のために何かしてやりたいって言ったのは俺なんだし」

「はい。でも、一人で千羽作るなんて大変ですよ。だから私も手伝います。そしたら半分の五〇〇羽でいいんですよ。一人よりも二人です。二人いれば、こうして半分こすることもできますよ」


淡々と告げられた言葉に呆気にとられる。


「え、なに。本気で言ってんの?」


おずおず尋ねると、


「はい、もちろんです。私、本気ですよ」


そう言って笑った。まるで太陽のように。眩しくて。


「一人でするって言っても私、勝手に手伝っちゃいますから」


なんて続けざまに彼女が言うから、何を言っても無駄だと諦めて、


「…あっそ」


素っ気ない返事を返した。


俺なんかよりはるかに行動力のあるきみが、眩しくて俺は、自分の愚かさを思い知る。


「これ、三上くんの分です」


言って折り紙を突きつけられるから、渋々受け取ると、そういやお金払ってなかったな、そう思ってポケットから財布を取り出そうとしていると、


「あっ、お金いりませんよ! どうせ百円ほどですし!」

「だからって買ってもらうの悪いし」


貸しを作るのは主義じゃない。なんなら、魅音ちゃんには俺の弱味ばかり握られてるような気もするし。


「え、じゃあこの紅茶と交換したってことじゃダメですか?」

「は?」

「そうすればお互いチャラってことになりませんか?」

「……まぁ、きみがそれでいいならいいけど」

「はい」


嬉しそうに笑った。


まあ、べつに貸しがなくなれば俺にとってどっちだっていいけど。


「三上くん、勝負しましょう。どっちが先に五〇〇羽作り終えるか」

「やだよ」

「どうしてですか?」


目をぱちくりさせて俺を見つめるから、思わず逸らしていると、「あ」と声が聞こえて、


「まさか自分が負けるのが怖いんですか?」

「…は?」

「それなら仕方ありませんよね。だって私、手先は器用なので三上くんより先に作り終える自信ありますし」


うんうん、と首を縦に振ると、


「やっぱりこの勝負なかったことに…」

「やるよ」

「え?」

「──だから、やってやるって言ったんだよ」


意思とは裏腹に、感情が先走ってそんなことを言ってしまっていた。


後悔先に立たずとは、まさしくこのことだ。


「三上くん本気ですか? 私、すごく手先が器用なんですよ。ほんとに作るの早いんですよ」

「だからなんだよ」

「いえ、あの、やめるなら今ですよ?」


俺を心配する素振りを見せているはずなのに、なぜか、彼女は少し楽しげにしていて。


「だから、やるって言ってんだろ」


俺はムキになった。どうやら精神年齢はまだまだ子どもらしい。


「男に二言はありませんよ?」

「分かってる」

「三上くん、本気なんですね」


口元を緩めた彼女は、


「それじゃあ私も手加減してあげませんから」


少しだけ気を引き締めた。


「──上等だ」


気がつけば俺は、そんなことを言っていたらしい。

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