第二十三話 碧い鶴
俺は病院へと急いだ。
魅音ちゃんの身体と借りていたという咲良がいなくなったということは──…
「──咲良!!」
病室に入ると、おばさんは咲良の傍で立ち尽くしたまま泣き崩れていた。
そして、先生や看護師さんがいつも以上に多く見えた。
「おばさん、一体何が……」
息を詰まらせながら尋ねると、
「あのね、落ち着いて聞いて」そう前置きをしてから、ハンカチを口元に手を当てながら、
「──咲良がさっき息を引き取ったの」
「えっ……」
息を、引き取った……?
「嘘ですよね……」
だって、さっき……
確かに、咲良と話をしてた。
「咲良が息を引き取ったのは洸太くんがくる、ほんの少し前のことだったの」
「咲良……」
床に膝をつくと、咲良の手を握りしめる。
まだ、温かい。
生きてるんだろ……?
「なぁ、咲良…目を覚ませよ……」
頼むよ。
これで、最後とか言うなよ。
だってまだ、俺は何一つおまえに言えてないんだ。
「咲良、ほんとはまだ生きてるんだろ?」
自分だけ言いたいこと言って勝手に俺たちを置いていくなよ。
「なぁ、咲良。返事してくれよ……!」
声を荒げると、俺の肩に誰か手を添えた。
「洸太くん、咲良はもう…」
泣いているおばさんだった。
「だって、俺さっき咲良と話したんです」
「洸太くん……?」
「観覧車に乗って公園で話もしてて……」
誰か俺の話を信じてくれ。
これはきっと何かの間違いだ。
咲良が死ぬはずないんだ。絶対に。
だって神社であれだけ神様に願ったんだ。
叶わないはずがないんだ──…
「咲良が、死ぬはずないんです…!!」
床に膝をついたまま、おばさんに、病室にいるみんなに聞こえるように声をあげた。
……信じてくれよ。
「いいえ」首を振ったおばさんは、一度唇を噛み締めたあと、
「もう、この子は亡くなったのよ。信じてちょうだい。洸太くん……」
おばさんの瞳から次々に涙がこぼれ落ちる。
「おばさん……」
……ああ、そうか。
これが現実なのか。痛くて苦しくて、つらい。これが、俺の現実なのか。
「……どうして……っ」
どうして、と言葉を繰り返しながら俺は自分の太ももを拳で叩き続ける。
悔しい。悔しい。悔しい。
俺は、結局最後まで咲良のためになにもできなかったんだ。
好きな女でさえも救うことができない。無力で、情けない男だ。
「あのね、洸太くん」
項垂れる俺に声をかける。
その声に、わずかに耳を傾けると、
「咲良が息を引き取る前、ほんの少しだけ意識を戻したの」
「──え?」
咲良が、意識を……?
顔をあげて、おばさんを見る。
「全部聞き取ることはできなかったけれど、“あおいつる”だけは聞き取れたの……でも、なんのことなのかしらね」
泣きながら、困惑した表情を浮かべる。
咲良が、言葉をしゃべった?
あおいつる……?
もしかして千羽鶴のことか……?
慌てて立ち上がり、壁にかけられているそれを手当たり次第見てみるが、なんのことなのかさっぱり分からない。
でも、咲良が残した最後の言葉だ。
なにかきっと、言葉の裏に何かが隠されているはずだ。
あおいつる……
千羽鶴の中のあおいつるなのか?
いや、でもこの中からそれを探し出すのは至難の業だ。
それに千羽鶴なら、わざわざあおいつるだと言い残したりしない。
そんなピンポイントで言葉を残したってことは、それを聞いて俺がすぐに気づくと思ったからで。
咲良は俺に何を伝えたかったんだ?
何を届けたかったんだ?
考えろ。考えろ。
咲良のことなら俺が誰よりも知ってるはずだろ……
あおいつる……
あおいつる……
──もしかして、あれか!?
床に落ちていたかばんのポケットの中から、取り出した一枚の折り鶴。
それは、魅音ちゃんから手渡されたもの。
生前魅音ちゃんが『御守りとして大切に持っていてほしい』と言っていた。
俺が効果があるのかと聞けば、幸せになるようにたくさん願いを込めたと言っていた。
そのときは、なんのことなのかさっぱり分からなかったけれど…
間違いない。
きっと咲良は、このことを言っているに違いない。
俺は、その鶴を解いていく。
そして一枚の小さな折り紙に戻ると、しわだらけの中には文字が書かれていた。
『洸太へ
これを読んでいるとき私はこの世界にいません。
最後まで嘘をついて洸太のそばにいて、ごめんなさい。困惑させてごめんなさい。
だけど、最後まで私のことを思っていてくれてありがとう。
私は世界一幸せ者です。
どうか悲しみに囚われないで。前を向いて生きて欲しい。
洸太の人生はこれからたくさんあります。
だからどうか、幸せになってほしい。
世界一幸せになってほしい。
それが私の最後の願いです。
咲良より』
もしかして、このときから答えを決めていたのか?
こんなにつらいことをたった一人で。
「咲良、ごめん……」
なにも気づいてやれなくてごめん。
こんな無力な俺でごめん。
咲良は、ずっと俺のことを気にかけてくれていたなんて……っ
「ごめん、ごめん……」
なにもできなくて、ごめん。
視界がぼやけながら咲良の顔に触れると、まだ温かくて。
それなのにもう二度と目を覚ますことはない。
そんな現実を俺は、まだ受け入れられなかったんだ──
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