第二十四話 四月七日
咲良が亡くなってから、あれから一ヶ月が過ぎた。
四月七日。
俺は、今日高校二年になった。
新しいクラスに新しいクラスメイト。
そんなこと、なんの心待ちにもしていない俺はどこか少し冷めていた。
教室に入れば、数人の生徒がすでに話していた。
俺は、それを横目に黒板に書いてある自分の席へと足を進めた。
窓際の一番後ろ。
一人になるにはちょうどいい場所だった。
俺は、これからクラスメイトと仲良くするつもりもない。
深く残った傷が疼くから。
咲良を助けてあげられなかったから。
だから俺に幸せになる資格はない。
窓の外へ目を向ければ、入学式日和の晴天で春の陽気だ。
中庭に咲く桜の花の匂いが、二階まで流れてくる。
満開の桜の木。
それを見て記憶が手繰り寄せられる。
咲良がまだ元気だった頃、『春になったらお花見しようね』そう言っていた。
とても楽しみにしていた。
名前にも“さくら”がついているくらい、咲良は花が好きだった。
特に一番は、桜の花だった。
「咲良……」
名前を呼ぶと、胸がチクッと痛んだ。
俺は、たまらなく苦しくなり目を閉じた。
暗くなる視界。その代わり、うぐいすの鳴き声や生徒の喜ばしい声、はるか彼方に飛んでいる飛行機の音。
たくさんの音が耳から入り込む。
俺は、これからどうすればいい?
こんな苦しいまま人生を生きないといけないのか?
咲良がいない世界なんて俺には何一つ、意味をもたない。
全てが灰色がかって見えて、霞む。
じわっ、と涙が瞼の裏に滲んだ瞬間、
「──あの」
ふいに、声がして、ゆっくりと目を開けた。
俺の目の前の机に、かばんを置いて立ち尽くしたまま俺を見ている女の子と視線がぶつかった。
「きみは……」
思わず、声がもれた。
だってそこにいたのは、佐倉魅音だったから。
「あれ、私のこと知ってるんですか?」
目をぱちくりさせて驚いた。
姿形も一ヶ月前とほとんど変わっていなくて、変化しているとすれば、少しだけ伸びた髪。
「もしかしてどこかですれ違ってました?」
彼女の口から出てきた言葉は、俺を全く知らないといったものだった。
「あ、いや……」
口ごもったあと、目線を落とす。
……そうだ。
彼女に、一ヶ月の間の記憶はないんだ。
だから俺のことも覚えていなくて当たり前か。
「俺の気のせいかも……」
言葉を濁して、目を伏せた。
きみを見ていると心が少しだけ痛んだ。
「……あれ?」
きょとんとした声色を落としたあと、
「でも、なんか少しだけあなたのことが懐かしく感じがします」
そう告げられて、え、と困惑した声をもらしながら顔をあげると、
「あ、いえ。そういう気がするってだけなんですけど。心が、ぽかぽかしてるような気がして」
口元を緩めながら、胸元に手を当てる魅音ちゃん。
「私ってば変ですね」
恥ずかしそうに笑いながら、何事もなかったように前を向き直ろうとする魅音ちゃん。
「──ちょっと待って」
もしも、これが咲良が残したわずかな記憶のカケラだとすれば……
きっと、俺のためなのかもしれない。
瞼を閉じれば、魅音ちゃんの姿で話していた咲良の姿が、その記憶が頭に鮮明に残っている。
魅音ちゃんの声と、笑顔が、咲良の姿と重なる。
咲良が、俺に残した最後の願い。
──そうだ。
思い出せ。なんのために咲良があんな願いを残したのか。
瞼の裏に鮮明に残る咲良は、いつも笑顔だった。
俺にいつも笑いかけてくれた。
ゆっくりと瞼を開けると、そこには魅音ちゃんの姿だけで。
もう、きみが咲良と重なって見えることはなくなった。
だから、
「俺、三上洸太。よろしく」
一歩前に進む事を決めた。
だってきっとこのままじゃ、咲良が悲しむはずだから。
俺に残してくれたメッセージを大切にしたいから。
「私、佐倉魅音です。よろしくね」
今日で二度目のあいさつに。
俺は、少しだけ緊張した。
けれど、咲良のためにも前を向いて歩いていかなければならない。
きっと、それが咲良の幸せにも繋がっていると信じて──
- Fin -
灰色の世界で出会ったきみを、俺は一生忘れない。 水月つゆ @mizusawa00
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