第十八話 ありがとう


「昨日はすみませんでした!」


なんの脈絡もなく突然頭を下げた彼女に、え、と困惑していると、


「あの、その…」


言いにくそうに口ごもる彼女。


昨日? そこから話しが進まなくて消化不良の俺は、痺れを切らして


「昨日がなに?」


そう尋ねると、おそるおそる顔を上げた彼女。


「私が約束を破ってしまって、ほんとにすみませんでした!」

「約束?」

「はい。その、二人きりにはなりたくないっていう…」


俯きながら、告げる彼女の言葉に自分が言った言葉を思い出す。


「…ああ、それか」


そういや昨日も俺、そんなこと言ったよな。


「約束を破らないと言ったはずなのに、約束破ってしまってごめんなさい…」

「いや、いいよ」

「で、でも」


二人きりは嫌だと言って拒んだのに、最終的に二人で行くと決めたのは俺だ。

それなのに彼女は、気を遣って俺の少し前を歩いた。決して隣に並んで歩くことはなかった。


「つーか、最終的に行くって決めたの俺だし」

「いや、だけど」

「だから魅音ちゃんが責任感じることないから。ほんとに」


そう告げたあと、


「それにあのとき行かなければ、きっと今頃後悔してたと思う」


ポツリともらす。


「え?」

「だって俺、彼女のために何かしたいと言いながら何も行動に移せなかった。彼女がいなくなるかもしれない恐怖のせいで怖くて動けなかった」

「三上くん……」

「でも、それを変えてくれたのは、魅音ちゃんだからさ」


それを聞いた彼女は、え、と声をもらしたあと、「私……?」と目をぱちくりさせる。


「すげえ調べてくれてただろ。神社のこととか、パワーのある大木とか行き方とかいろいろ」

「そ、それは、三上くんのお役に立てればと思って私が好きで調べただけのことですので…」

「うん。だけど、そのおかげで俺にもまだできることあるんだなって気づけたから。だからありがとう」


そう告げると、


「お礼なんてやめてください! 私、ほんとに何もしてませんので! 三上くんが頑張ったおかげだと思っていますから!」


慌てたように言葉を取り繕った。


瞬間、ぶつかった視線を逸らしたのは彼女の方で、


「怖くても行動すると決めたのは三上くんです。だから私なんかよりも、三上くんが頑張った証拠なんですよ」


スカートの裾をぎゅっと握りしめながら呟いた。


俺なんて全然で。頑張ったって言うにも満たないほどだ。

それなのに彼女から溢れる言葉は、一つ一つが俺とは対照的なものばかりで。


「魅音ちゃんってさ、すごい前向きだよね」


思わず口をついて出た。


すると、え、とポカンとした彼女は、


「私、前向きですか?」


真っ直ぐ見据えた瞳を向けられた。


「自分で気づいてないの?」


呆気にとられて苦笑いを浮かべながら尋ねると、えへへ、と笑った彼女。


「お恥ずかしながら私、三上くんのことで必死だったので全然、自分が前向きだなんて気づいてませんでした」


照れくさそうにそっぽを向く。


俺のため……。

確かに思えば、彼女はいつも俺のことになると前向きだったような気がする。


なんて自意識過剰すぎるか。


「俺にはそんな前向きさがないからかな。魅音ちゃんが、すごく眩しく見えるんだよね」

「そ、そんな。私なんて、自分勝手に動いてるだけなので……」

「でも、その前向きさのおかげでほんと助かった。ありがとう」


そう告げると、「いえ…」と俺から目を逸らすと、


「お礼なんてされるようなほどのこと、私はなにも……」

「うん。でも、なんか一人よりも心強かったから」


俺だけだったらきっと、そんなこと思いつかなかったと思う。


だから──。


「魅音ちゃんがいて、心強かった」

「私がいて……?」

「うん」


俺は、口元を緩めた。


今までは、彼女がいるからと距離を置いていたし冷たい言い方しかしていなかったけれど。


「だから、ありがとう」


面と向かって感謝を言うのはなんか照れくさい気がしたけれど、


「三上くんのお力になれたみたいで、ほんとによかったです」


言って笑った魅音ちゃん。


「だって私、三上くんのお力になれなければ存在意義なんかないに等しいですから」


なんていきなり言うから、


「いや、どんだけ自分卑下してんの」


思わずツッコんだ。


「だってほんとに私なんて、三上くんにつきまとってご迷惑かけてるだけですし。告白だっていきなりだったし、あのときの三上くん今よりちょっと…いや、かなり怖く見えて、怒らせてしまったのかなって思って」


言われて記憶が手繰り寄せられると、


「まあ、そりゃあ最初は面倒くさいのに絡まれたなぁとか思ったけど」


思わず呟くと「すみません…」と身体をひと回り小さくして、しゅんとする。


その姿に、思わずフッと口元を緩めたあと、


「まあでも、今はそこまでない気がする」

「え?」

「だって魅音ちゃんのおかげで、前向きになれた気がするから」


もしも、彼女が目を覚さないことになったとしても。長い時間眠ったままだとしても、俺は彼女のそばを離れないだろう──。


「だから、ほんと感謝してる」


慣れない言葉を呟くたびに、心がそわそわしてる気がした。


「い、いえ! 三上くんが前向きになれたみたいでよかったです! ほんとにほんとに、よかったです」


嬉しそうな悲しそうな顔を浮かべて笑った。

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