第二話 順序を踏みましょう


ちょっと待て。今の、なに。

突然現れた同級生が、一方的に俺のこと知ってて。

そんで俺に告白? なんで?


突然のことで困惑した俺は、ぽかんと気が抜けていると、


「あっ、いやっ! 今のは少し訂正させてください!」


矢継ぎ早に現れた彼女の言葉。


「は?」

ポツリと声をもらすと、


「私とお友達を前提にお付き合いしてください!」

「…なにそれ」

「え? いや、ですから、いきなりお付き合いするのは無理かと思ったので、まずは順序を踏もうかと」

「どっちも変わんないじゃん」

「そうですか? 私にとっては結構変わるんですけど」


この子、頭大丈夫か。

一歩下がって告白してきたことは理解できる。けれど、その内容が、「私とお付き合いしてください」から「お友達を前提にお付き合いしてください」って。


「……結局どっちも付き合ってくれって意味だろ」


毒をついてみると、


「だって私、三上くんと本気でお付き合いしたいと思ってますから」

「…は?」

「生半可な気持ちじゃないってことです。私、本気で三上くんのこと好きだから」


名前もクラスも分からない彼女は、俺への気持ちを本気だと言った。


「それで、その、返事を……」


さっきまでの威勢はどこへ消えたのか、顔を真っ赤にさせて照れくさそうに俯いた彼女。


多分、彼女が言ったことは全て本気なのだと分かる。


けれど、俺は。


「ごめん」


たった三文字、言葉を落とした。


「それは、無理ってことでしょうか?」

「うん」

「できれば理由が知りたいのですが…」


そう答えた彼女。よほど、告白の結果に自信があったのだろうか。

俺がそれを承諾するとでも思っていたのだろうか。


小さくため息をついたあと、口から吐かれた白い息は、儚くふわりと消えて、


「俺、付き合ってる子がいるから」


そう、言葉を落とせば、


「彼女……」

「うん。だからごめん」


ここまで言えば、さすがに諦めるだろうと踏んでいた。


けれど、彼女は。


「分かりました」


顔を上げて、笑ってみせたあと、


「でも私、諦めません」

「は? 今の聞いてた?」

「はい、聞いてました。でも彼女がいるからといって、恋を諦めなくちゃいけない理由なんてないですよね?」


まくし立てられた言葉に、さらに、は?と困惑した声をもらすと、


「だから私、三上くんのこと諦めません。だってほんとに好きだから」

「いや、意味が分かんないんだけど」

「それでも構いません。私が勝手に三上くんにアピールしまくりますから!」


得意げに胸を張って言う彼女は、さきほどまで緊張していた姿なんてすっかり消えてなくなっていた。


「それはちょっと困る」

「どうしてですか?」

「だから、彼女がいるから」


繰り返し言葉を被せると、はい、と頷いた彼女。


「じゃあ彼女さんのご迷惑にならないようにアピールします。それでいいですか?」

「いや、よくないだろ!」


言葉を投げつけるけれど、彼女は一向に怯む気配がないのか、


「安心してください。私、お二人の仲を引き裂こうとするつもりはないんです。ただ、ちょっと私が一方的に頑張りたいだけで」


俺に告白をしてきて、俺と付き合いたいと言ってる時点で俺たちの仲を引き裂こうとしてるようにしか思えないけれど、と思ったけど。


彼女が笑って答えるから、全部ひっくるめて飲み込んだあと、


「なんでそこまですんの?」


おそるおそる尋ねてみれば、彼女は口元を緩めて笑った。


「私、三上くんが初恋なんです。本気です。だって入学してからずっと、三上くんに片想いしてたんですから」


白い息を吐きながら、鼻先を赤く染め、頬も真っ赤に染めながら彼女は言葉を綴る。


「片想いしていた分、すぐに諦めることはできません。だから私に可能性がないとしても頑張らせてください。お願いします!」



「いや、だから」言葉を詰まらせて、困惑していると、


「絶対にお二人の邪魔はしませんので!」


これでもかと食い下がる彼女。


どうしよう。これ以上、これからの予定を狂わされるわけにはいかない。

何て言い訳をすれば事がうまく収まるのか考えていると、


「一方的な頼み事だと分かってます。でも、もう少しだけ私の片想いに協力してもらえませんか」


さっきまでの威勢は消えて、今にも消えそうな声で言った。


なんだかこれ以上、彼女を傷つけてしまうのは忍びないと思ったので、


「…ほんとに邪魔しない?」


確認のため尋ねると、はい、と頷いた彼女。


「約束します。ちゃんと諦めますから。だから、私に一ヶ月だけ時間をください」

「一ヶ月?」

「はい。諦めるための期間です。その間、少しだけ三上くんのこと、追いかけさせてください。そしたらちゃんと思い出にできる気がするから」


食い下がった彼女は、悲しそうに笑った。


一ヶ月。それだけの期間、彼女の気が済めばちゃんと諦めてくれるらしい。


「…それなら、べつにいいけど」


これ以上、放課後の時間を奪われたくなかった俺は、なかば折れる形でそれを承諾すると、彼女はすごく嬉しそうに喜んだ。


告白が、振られたと知りながら。

片想いは虚しく散ったと知りながら。


どうしてそんなふうに笑っていられるのか俺には全然分からなくて。

でも、べつに彼女のことを知りたいとも思わない。

だって俺には、大切な彼女がいるから。


彼女以外他には何もいらない。

恋人がいる人なら、そう考えるのがふつうだろう。


「よかった」


ホッと安堵したようにもらした声と、ほころばせる表情。

小さく罪悪感を感じながら、それに気づかないフリをしようとしていると、


「それじゃあせめて、名前だけでも覚えてください。私、佐倉魅音(さくらみおん)です」


初めて、彼女の名前を聞いた。


同じ一年なのに、聞いたことない名前は全然しっくりこなくて、“ああ、やっぱり離れたクラスなんだな”って思うだけで。


「三上くん。改めて、よろしくお願いします」


なんて彼女が丁寧に言葉を綴るから、


「…どうも」


俺も、彼女の言葉につられて口から言葉がついて出た。



初めて会った同級生との軽い口約束。

それは、たった一ヶ月の期間。


このあとの予定ばかりが頭を埋め尽くしていた俺は、後先考えずに行動した。

それが、のちに俺自身の歯車を動かしてしまうということになることも知らずに──。

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