第二十話 きみに届け


ぎこちない雰囲気の中、黙々と作業を進めていると、あっという間に一時間が過ぎていた。


「できたな……」

「できましたね」


机の上に完成されたそれを見て、思わず、二人で声がもれた。


さっきまで紙袋の中には大量にあった鶴が、紐に繋がれていてみんな同じ方向を向いていた。


初めて作った千羽鶴は、思ったよりも大変で、記憶を思い出しながら鶴を折るのもぎこちなかったけれど、一羽作っていくたびにスピードや正確さが向上していった。


最後に作った鶴は、きっと人生で一番といってもいいくらい綺麗に作れたと思う。


それに、この短期間で完成させることができたのは他ならぬ彼女のおかげだから。


「それより早く彼女さんの元へ行ってあげてください!」

「え?」

「だってきっと待ってるはずですよ。三上くんが来るのを、ずっと……」


口元を緩めたあと、それに、と言うと、


「だから早く会いに行ってあげてください」


悲しそうに、嬉しそうに笑った。


その表情にはどんな気持ちが込められていたのだろう。


「…ありがとう」


椅子から立ち上がると、千羽鶴を紙袋の中に入れた。


「今度、なんかお礼する」


魅音ちゃんに向かってそう告げると、返事を聞く前に教室を飛び出した。



* * *



寒い中、全速力で十五分も走ったからか病室の前にたどり着いたときには、ハア、ハア、と息が上がっていた。


肩で息をしながら、ノックをすると、中から声がする。

ドアを開けると、


「こんにちは」

「あら、洸太くん。こんにちは」


笑って出迎えてくれた、おばさん。


「なんか息上がってないかしら?」

「あ、今学校から走って来たんで…」


まだ肩が上下に揺れる。


「あらまあ。もしかして咲良のために?」


そう尋ねられて、はい、と頷いたあと、


「これ、渡したくて」


すでに用意されていた椅子に紙袋を置いた。


困惑しながら、何かしら、と紙袋を覗くおばさんは、「まあっ」と声をあげた。


「もしかしてこの子のために作ってくれたの?」

「はい、一応。でも、友達に手伝ってもらいながらですけど…」


魅音ちゃんを友達として扱っていいのか怪しかったけれど、思わず口をついて出てしまったのだから仕方ない。


「まあ、そうだったの。こんな素敵な千羽鶴を……」


おばさんは、それを見つめながら嬉しそうに顔を緩ませた。

その瞳はわずかに潤んでいるようで。


「何から何までありがとう。洸太くんには、おばさん、たくさん支えられてばかりだわ」

「いえ、そんな。俺なんてほんとにこのくらいしかしてあげられないので…」

「ううん。そんなことないわ。おばさんね、洸太くんのその気持ちが嬉しいの」


鼻をスンッと吸ったあと、


「親である私でも、何もしてあげられないから。ただ、見守ってあげることしか、祈ってあげることしかできないの」

「おばさん……」


声をかけてあげることができずに黙って聞いていると、


「でもね、私、洸太くんのその気持ちのおかげで、救われてるの。ここで親である私が、弱気になってどうするのって。咲良を信じて待ってあげないでどうするのって、勇気もらえたのよ」


優しい声色でそう言った。


でも、俺はそんなんじゃない。

強くもないし、行動だってできなかった。


「……俺なんて、そんなこと言ってもらう資格なんてないですよ」

「どうして?」

「だって俺、一度は怖くて逃げました。それから一人ではどうすることもできなくて。そんなとき友達が背中押してくれたんです」

「さっき言ってたお友達?」


その言葉に今度は迷うことなく頷くと、


「俺にもできることはたくさんあるんだと教えてくれたんです。何度も何度も、背中押されました」


最初は付き纏われて鬱陶しいと思った。


けれど、今は違う。

──ああ、そっか。


「今、俺がここにいるのは、その子のおかげかもしれません」


ポツリともれた言葉。


魅音ちゃんと出会わなければ、俺はまだ弱いままだったかもしれない。


そう、と口元を緩めたあと、


「とてもいいお友達を持ったのね」

「…そう、ですね」


つられて俺も笑う。


「ちなみにその子、可愛らしい?」

「──え?!」


何を言われたのか一瞬理解できなかったけれど、


「お友達って言ったあとに“その子”って言ったから、もしかしたら女の子かなと思ったんだけれど違ったかしら」


補足された言葉により全て理解した俺は、完全に墓穴を掘った。


「えっと、ですね……」


ああ、やばい。

なんでこんなことになってんだ、焦る俺。


「あら、違うのよ。洸太くんを責めているわけじゃないわ」

「……え?」

「高校生になったんだもの。たくさんの出会いがあって当たり前。だから女の子のお友達もいていいのよ」

「あの、ほんとに彼女とは何も……」

「分かってるわ。洸太くんが、そういうことを器用にできる人じゃないってこと、この子から聞いててよく知ってるわ」


誤解されていないと知りホッと安堵していると、


「でもね、洸太くん。人を好きになるのは悪いことではないのよ」


つかの間、突然そんなことを言われて俺はまた動揺した。


「え、あの……?」

「この子、いつになるか分からないじゃない。付き添ってくれるのはとても嬉しいわ。でもね、だからといってこの子に心を縛られないでいいのよ」


おばさんの瞳は真っ直ぐ俺を見据えているようで、逸らせずにいると、


「この子のために毎日来てくれるのは、おばさんすごく助かるわ。でもね、洸太くんの時間も大切にしてほしいの」

「俺の?」

「ええ、そうよ。学校生活をしっかり楽しんでほしいの。そこで他の誰かを好きになったとしてもそれはそれで構わないと思っているわ」


淡々と告げられたあと、一度、目線を咲良へと落とし、手を撫でたあと、


「人との出会いはこれからもっとたくさんあると思うの。だから、それを大切にしてほしいって、そう思うのよ」


多分、おばさんが言いたいのはなんとなく分かる。


でも、それをもう悲しんだりしない。


だって、そんなこと咲良は望んでないんだもんな──?


「……お気遣い、ありがとうございます」

「ううん。おばさんこそ、難しいこと言ってごめんなさいね」


眉尻を下げて困り顔を浮かべたあと、それと、と続けると、


「そのお友達にもお礼伝えておいてほしいわ。こんなに綺麗な千羽鶴を、どうもありがとうって」


そんなことを頼まれた。


だから俺は、


「…分かりました」


静かに、そう答えた。

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