第十五話 もう一つできること
授業が終わって、七組の廊下へ向かおうと、教室を出ようとしたとき──
「あ、三上くん」
聞き覚えのある声と、顔が、視界に映り込んだ。
「──は?」
思わず声をもらす。
「少しでも早く三上くんに知らせたくて」
「だ、だからって…」
あまりにも突然の出来事で、目の前の現実を処理しきれずに立ち止まっていると、
「おーい、洸太。何してんのー」
教室から出てきた誠也が「お?」と声をもらしながら、俺と魅音ちゃんを交互に見つめた。
「なになに。もしかして告白されてるところ?」
「…はぁ?」
ほんと、こいつ。なにバカなこと言ってんの。
「だって、なんかそんな雰囲気あるしー」
「ちっげーよ!」
ペシッと頭を叩くと、いてて、と頭をさすりながら、魅音ちゃんのそばに寄って、
「なぁなぁ、暴力的なやつってどう思う? こいつより優しい俺の方がいいと思わない?」
馴れ馴れしく詰め寄ると声をかける。
それに動揺した彼女は、「あっ、えと、その…」と言葉に詰まっている。
「じゃあ、俺と洸太ならどっちがいい?」
なんて爆弾発言ともとれるようなことを尋ねたから、俺は気が気じゃなくなった。
だって、魅音ちゃんが。なんて答えるかなんて分かりきっている俺は、
「──この子、俺が先生に呼ばれてること知らせてくれたみたい」
先手を打って、彼女の言葉を阻止した。
「え、クラス違うのにそんなことなんてあんの?」
「ある。ふつーにあるから!」
そう告げたあと、「な!」と彼女に同意を求める。視線を向ければ、俺の考えを理解したのか、は、はい、と何度も頷いた。
「そーいうわけで、俺、職員室行って来るわ」
言葉をまくし立てると、
「お、おー…?」
誠也はひるんで気が抜けているようだった。
◇
「なんで、教室に来るんだよ」
七組の廊下の方にたどりつくと、ついカッとなって声をあげた。
たまたま偶然、そこを通りかかった生徒がチラッと俺たちの方を見た。
俺はバツが悪くなって、はあ、とため息をつくと、階段に座った。
「…ご、ごめんなさい」
小さく縮こまる魅音ちゃん。
まるで怯えているように見えて、俺も悪い、そう告げると、首を振った。
「どうしても三上くんに早く伝えたいと思って…」
「伝える? なにを」
そう尋ねると、口をもごもごと動かすけれど、声がくぐもっていて聞き取ることができなかった。
「あのさ、ごめん」
あまり彼女を怯えさせないように気をつけながら、「もう一度言って」そうお願いすると、
「あの…三上くんに、できることがもう一つ見つかったので…」
「俺にできること?」
はい、とコクリと頷くと、
「神社に行ってお願いすることです」
「え?」
「駅から電車で十五分の場所に、神社があるんです。清盛(きよもり)神社ってところなんですけど。そこが、生命力を向上させるって言い伝えがあるみたいで」
さっきまで怯えていたはずなのに、淡々と告げられた。
「彼女さんは意識がはっきりしてないみたいですが、それでももしかしたら効果があるんじゃないかと思いまして」
「は、え?」
「最後は神頼みなんてバカげてると言われても仕方ありませんが、何もしないよりは全然いいんじゃないかと思って」
まるで蛇口から溢れ出した言葉は、止めようがないほどに次から次へと溢れてくる。
「いや、まあそうだけど…」
確かに、よく聞く。
最後は神頼みするしかない、なんてよく聞いたものだ。
けれど俺は、そんなこと一度も考えたことなかった。思いつかなかった。
それに、神に頼んだって救われない命なんか何千も何万もあるのだから。
「あまり乗り気じゃありませんか?」
「そうじゃなくて……」
確かに今の俺は、藁にもすがる思いで、神頼みをするだろう。
「その話だと二人で行くってことだろ」
「そうなりますよね」
一瞬、考え込んだあと、
「あっ、それが嫌なら私だけが行って来てもいいですよ!」
名案、みたいな顔をして言う彼女に「いや、なんでだよ」と思わずツッコミを入れた。
「魅音ちゃんが行くのはどう考えてもおかしいだろ」
「え、でも提案したのは私ですし!」
「彼女の問題をどうにかするのは俺なんだから、俺が行かなきゃ意味ないし」
この前、魅音ちゃんは自分も関係あるみたいな言い方していたけれど、結局は俺のために何かしたいってだけで。
「だから、行くなら俺だろ」
「じゃあ私もついて行かせてください。もちろん三上くんの約束は守ります」
そう告げたあと、
「私に道案内役をさせてください」
「は?」
「三上くんは、そのうしろを離れた距離でついて来てください」
それなら構いませんよね、と付け足すと、微笑んだ。
「いや、なにそれ……」
思いっきり気が抜ける。
「二人きりが嫌なんですよね。彼女さん以外の子とは並びたくないみたいな」
「…あながち間違ってはないけど、それだと俺がストーカーみたいじゃん」
「私は三上くんにストーカーされても構いませんよ?」
けろっとそんなことを言うから、
「そういうこと安易に言うな。誰か聞いてたら変な勘違いするだろ」
そしたら彼女は楽しそうにふふふっと笑う。
「なんか、三上くんが焦ってる姿初めて見ますね。すごく新鮮です」
「それは魅音ちゃんがそんなこと言ってるからだろ」
俺だけが気が気じゃなくて、こんなの俺らしくない。
咲良の前ではもっとこう、かっこつけてるというか、とにかく自分らしくなくて落ち着かない。
ひとしきり笑ったあと、
「じゃあどうしますか。清盛神社に行くのやめますか?」
尋ねられた。
清盛神社は、生命力が伸びると言われているらしい。
俺は、全然そんなこと知らなかったけれど。
──でも、ずっと。
ずっとずっと前から、俺の答えは決まっていたような気がして。
「いや、行くよ」
藁にもすがる思いだ。
神頼みでもなんでもしてやる。
「そうですか」瞬きを一度したあと、すう、と鼻から息を吸って、
「では私が道案内をしてもいいですか?」
今度は、もう迷わない。
彼女のために今できることをするだけだ。
「うん、頼む」
ブレのない言葉を告げた。
彼女が目を覚さないかもしれない。それが「死」を意味するものかもしれないと告げられたあの日から、俺の心は乱れていた。
着地点なんかなくて、ふらふらと彷徨っていた。
けれど、俺はもう迷わない。
「分かりました」
言って口元をわずかに緩めた彼女。
咲良を救うことができるなら、どんなことでも利用してやるんだ。
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