第十五話 もう一つできること


授業が終わって、七組の廊下へ向かおうと、教室を出ようとしたとき──


「あ、三上くん」


聞き覚えのある声と、顔が、視界に映り込んだ。


「──は?」


思わず声をもらす。


「少しでも早く三上くんに知らせたくて」

「だ、だからって…」


あまりにも突然の出来事で、目の前の現実を処理しきれずに立ち止まっていると、


「おーい、洸太。何してんのー」


教室から出てきた誠也が「お?」と声をもらしながら、俺と魅音ちゃんを交互に見つめた。


「なになに。もしかして告白されてるところ?」

「…はぁ?」


ほんと、こいつ。なにバカなこと言ってんの。


「だって、なんかそんな雰囲気あるしー」

「ちっげーよ!」


ペシッと頭を叩くと、いてて、と頭をさすりながら、魅音ちゃんのそばに寄って、


「なぁなぁ、暴力的なやつってどう思う? こいつより優しい俺の方がいいと思わない?」


馴れ馴れしく詰め寄ると声をかける。


それに動揺した彼女は、「あっ、えと、その…」と言葉に詰まっている。


「じゃあ、俺と洸太ならどっちがいい?」


なんて爆弾発言ともとれるようなことを尋ねたから、俺は気が気じゃなくなった。


だって、魅音ちゃんが。なんて答えるかなんて分かりきっている俺は、


「──この子、俺が先生に呼ばれてること知らせてくれたみたい」


先手を打って、彼女の言葉を阻止した。


「え、クラス違うのにそんなことなんてあんの?」

「ある。ふつーにあるから!」


そう告げたあと、「な!」と彼女に同意を求める。視線を向ければ、俺の考えを理解したのか、は、はい、と何度も頷いた。


「そーいうわけで、俺、職員室行って来るわ」


言葉をまくし立てると、


「お、おー…?」


誠也はひるんで気が抜けているようだった。





「なんで、教室に来るんだよ」


七組の廊下の方にたどりつくと、ついカッとなって声をあげた。


たまたま偶然、そこを通りかかった生徒がチラッと俺たちの方を見た。

俺はバツが悪くなって、はあ、とため息をつくと、階段に座った。


「…ご、ごめんなさい」


小さく縮こまる魅音ちゃん。


まるで怯えているように見えて、俺も悪い、そう告げると、首を振った。


「どうしても三上くんに早く伝えたいと思って…」

「伝える? なにを」


そう尋ねると、口をもごもごと動かすけれど、声がくぐもっていて聞き取ることができなかった。


「あのさ、ごめん」


あまり彼女を怯えさせないように気をつけながら、「もう一度言って」そうお願いすると、


「あの…三上くんに、できることがもう一つ見つかったので…」

「俺にできること?」


はい、とコクリと頷くと、


「神社に行ってお願いすることです」

「え?」

「駅から電車で十五分の場所に、神社があるんです。清盛(きよもり)神社ってところなんですけど。そこが、生命力を向上させるって言い伝えがあるみたいで」


さっきまで怯えていたはずなのに、淡々と告げられた。


「彼女さんは意識がはっきりしてないみたいですが、それでももしかしたら効果があるんじゃないかと思いまして」

「は、え?」

「最後は神頼みなんてバカげてると言われても仕方ありませんが、何もしないよりは全然いいんじゃないかと思って」


まるで蛇口から溢れ出した言葉は、止めようがないほどに次から次へと溢れてくる。


「いや、まあそうだけど…」


確かに、よく聞く。

最後は神頼みするしかない、なんてよく聞いたものだ。


けれど俺は、そんなこと一度も考えたことなかった。思いつかなかった。

それに、神に頼んだって救われない命なんか何千も何万もあるのだから。


「あまり乗り気じゃありませんか?」

「そうじゃなくて……」


確かに今の俺は、藁にもすがる思いで、神頼みをするだろう。


「その話だと二人で行くってことだろ」

「そうなりますよね」


一瞬、考え込んだあと、


「あっ、それが嫌なら私だけが行って来てもいいですよ!」


名案、みたいな顔をして言う彼女に「いや、なんでだよ」と思わずツッコミを入れた。


「魅音ちゃんが行くのはどう考えてもおかしいだろ」

「え、でも提案したのは私ですし!」

「彼女の問題をどうにかするのは俺なんだから、俺が行かなきゃ意味ないし」


この前、魅音ちゃんは自分も関係あるみたいな言い方していたけれど、結局は俺のために何かしたいってだけで。


「だから、行くなら俺だろ」

「じゃあ私もついて行かせてください。もちろん三上くんの約束は守ります」


そう告げたあと、


「私に道案内役をさせてください」

「は?」

「三上くんは、そのうしろを離れた距離でついて来てください」


それなら構いませんよね、と付け足すと、微笑んだ。


「いや、なにそれ……」


思いっきり気が抜ける。


「二人きりが嫌なんですよね。彼女さん以外の子とは並びたくないみたいな」

「…あながち間違ってはないけど、それだと俺がストーカーみたいじゃん」

「私は三上くんにストーカーされても構いませんよ?」


けろっとそんなことを言うから、


「そういうこと安易に言うな。誰か聞いてたら変な勘違いするだろ」


そしたら彼女は楽しそうにふふふっと笑う。


「なんか、三上くんが焦ってる姿初めて見ますね。すごく新鮮です」

「それは魅音ちゃんがそんなこと言ってるからだろ」


俺だけが気が気じゃなくて、こんなの俺らしくない。

咲良の前ではもっとこう、かっこつけてるというか、とにかく自分らしくなくて落ち着かない。


ひとしきり笑ったあと、


「じゃあどうしますか。清盛神社に行くのやめますか?」


尋ねられた。


清盛神社は、生命力が伸びると言われているらしい。

俺は、全然そんなこと知らなかったけれど。


──でも、ずっと。

ずっとずっと前から、俺の答えは決まっていたような気がして。


「いや、行くよ」


藁にもすがる思いだ。

神頼みでもなんでもしてやる。


「そうですか」瞬きを一度したあと、すう、と鼻から息を吸って、


「では私が道案内をしてもいいですか?」


今度は、もう迷わない。


彼女のために今できることをするだけだ。


「うん、頼む」


ブレのない言葉を告げた。


彼女が目を覚さないかもしれない。それが「死」を意味するものかもしれないと告げられたあの日から、俺の心は乱れていた。


着地点なんかなくて、ふらふらと彷徨っていた。


けれど、俺はもう迷わない。


「分かりました」


言って口元をわずかに緩めた彼女。


咲良を救うことができるなら、どんなことでも利用してやるんだ。

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