第十四話 水色折り鶴


それから時間さえあれば休み時間はもちろんのこと、授業中でも先生に見つからないように教科書で隠して折り鶴を折り続けた。


「三上くん、今どのくらい折りましたか?」


休み時間、できることなら鶴を折っていたいところだけど。


「一五〇くらい」

「え、早いですね! 私とそんな変わらないペースじゃないですか!」

「いくつ?」

「えーっとですね、私は、今ちょうど二〇〇折り終えたところです」

「……は?」


二〇〇折り終えた?


さっき魅音ちゃんなんて言ったっけ。……“私とそんな変わらないペース”?


「いや、全然ちげえよ」

「え?」

「五〇も違えば、ペースなんて違うだろ」

「そうですか? でも、結構三上くんも早いペースだと思いますけど」


毎日時間さえあれば折ってるっつーのに、こんなにも差が開くのか?


「よっぽど手先器用なんだな」

「はい。頭脳は全然ダメなんですけど、手先の器用さだけはよく褒められたんです」


笑ってそんなことを言うから、


「へえ、じゃあ頭脳の方はダメなんだ」


心の中で勝った、なんてくだらないことを思っていると、「あっ」と声をあげて、


「でもバカじゃないですからね!」


慌てたように言葉を取り繕った。


「べつにバカだとは思ってないけど。自分から言うなんてなんか怪しいな」

「え、そ、そうですか?」


突然、言葉に詰まって目が泳ぐ。


「学年で何位?」

「えっと、それは…」


瞬きを繰り返したあと、「──あ、そうだ!」と手をポンッと叩いた。


「三上くん、手出してみてください」

「は?」


いきなりなんだ。つーか、


「まだ答え聞いてないんだけど」

「いいからとにかく出してください」


言葉をまくし立てられるから、仕方なく手を差し出すと、ブレザーのポケットから取り出したものを手のひらに置いた。


「なにこれ」

「え、折り鶴ですけど」

「いや、それは知ってるけど。なんで俺にってこと」


さっきの頭脳とかバカがどうのこうのとか、まだ話終わってないんだけど。


「それ、三上くんをイメージして作ったんです。だから水色なんです」

「は?」


俺をイメージしたから水色?

いや、ちょっと待て。


「全然わけ分かんないんだけど」


一人、勝手に話を進めるから困惑していると、


「私にとって三上くんは空みたいな人だなって思うんです」


突拍子もなく告げられた。


「空?」

「私のイメージが空みたいに広くて大きな優しさで包み込んでくれるような、そんな感じがしたんです。だから水色を選んだんです」

「え、俺、そんなイメージ?」


はい、と頷いたあと、


「あ、でも見た目はクールなので濃い青色を選ぼうか迷ったんですけどね」

「べつにクールでもないけど」

「なんか、物言いとか落ち着いてる感じとかがそう見えるので」

「…へえ」

「あー、でも、かっこつけたかっただけって言ってましたっけ」


なんて言って、笑うから、


「そんなくだらないこと早く忘れろよ」


バツが悪くてそっぽを向いた。


全部、魅音ちゃんのペースに飲み込まれてる気がしてなんか癪だ。


「くだらなくありませんよ。三上くんと話した言葉は全部、大切な思い出です」

「大袈裟すぎだろ」

「いえ、ほんとです。だから私、三上くんの言葉は一言一句覚えてますよ」

「……はぁ? 頭脳が弱いやつがなに言ってるんだよ」

「頭脳が少し弱くたって好きな人からの言葉は全部頭にインプットされるようになってるんです!」

「……バカじゃねえの」


売り言葉に買い言葉で言い返す俺は、どうやらほんとに子どもっぽいらしい。


「バカって言う人がバカなんです!」


小学生みたいなことを言うから、


「学年で一〇番に入ってからその言葉言ってみろよ」


そう告げると、


「そ、そんなの簡単ですよ!!」


言葉を噛んだ彼女は、どうやら簡単ではないらしい。


「そんなことより」ふいに、慌てたように言葉を続けると、


「その折り鶴、大切にかばんの中に入れておいてほしいです」

「は? なんで?」

「三上くんに幸せが訪れますようにってお願いしながら折ったので、きっと叶えてくれると思います」


どこまでも俺のことを考えてくれているらしい。


「目、つけてあげたんですよ」


そう言って鶴の顔のところに指を指すから、自ずと視線はそこへ落ちる。


「なんか、すっげえキラキラしてんな」

「はい。可愛い目の方がいいかなと思って」

「それ、なんの需要があるんだよ」

「え、たまにかばんの中から取り出したとき、キラキラしたこの折り鶴と目が合えば三上くんに癒しを提供できるんじゃないかと思いまして」


自慢げにそう言うから、ポカンと呆れた俺は、


「癒し……?」


先程とは打って変わって、


「そのつもりなんですが、やっぱりダメでしたか?」


苦笑いを浮かべた。


この折り鶴のどこが癒しになるのか理解しがたかったけれど、さっき彼女は、“俺の幸せを願って”と言った。


その好意を無下にするのは気が引けたので、


「……べつに、いいんじゃねえの」


ボソッと、告げた。


そしたら、よかったです、と嬉しそうに笑ったあと、


「たくさん願い込めましたので、きっと三上くんに幸せが訪れます」

「ほんとに効果なんてあんの?」

「信じた人のみぞ知る──、ってやつですよ」

「なんだよそれ」


思わず、笑った。


だって、彼女が言う言葉が。


「まるで詐欺師みてーな言い方だな」


そう、思ったんだ。


「私、ほんとにたくさん願い込めましたから。絶対捨てたりしないでくださいね!」


でも、少しくらい信じてみてもいいかもしれない。


なんて、思ったことは彼女には内緒。

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