第1話 体からいきなり女の子が!
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
泣いて泣いて、声が
「……………………帰ろ……」
自然と、口から漏れる。
しかし、どこに帰るというのか。俺の悪評は学園どころか、その周辺の都市にまで広まっている。それだけアルフォードの影響力は凄まじいのだ。ヤツが目立てばその分、俺の悪評も
街に戻ったところで俺の居場所なんてどこにもないだろう。
「だったら……このまま……魔物に食われる……か?」
それだけは絶対に受け入れられない。
いや、もう正直、自分の命などどうでもいいのだ。生きる希望なんて無い。生きていたって良い事はありはしない。誰も生きていてほしいとは思わない。楽に死ねる毒があるのなら、何の
ただ、一つ。自分の死すらあいつらの思い通りになるのは許せなかった。
ならばせめて、誰もいない場所で、ひっそりとこの下らない
そんな虚しい決意を燃やして俺は立ち上がり、ふらふらと道を引き返していった。
◇◆◇
冒険者とは、未開の地に足を踏み入れて調査し、その実態を世間に公開する者たちのことをいう。
人類が支配していない島の中で世界最大であるここ『グレートヘヴン』は、古代から数多くの魔物たちに支配されている前人未踏の地である。その全貌は、人類が誕生してから
そこではどんな魔物が生態系を築いているのか。どんな資源が眠っているのか。
その謎を解き明かすために造られたのが、冒険者を育成するための教育施設、ヴェザレート学園。12歳になった子どもたちは全寮制であるこの学園に入学し、厳しい訓練に耐え抜いた者たちが冒険者となってグレートヘヴンに滞在することを許されるのだ。
その目的は、島の環境や地図、魔物の生態や土地資源などを調査し、最終的に人類の支配圏を確保すること。
だが、調査するにも開拓するにも、まずはその地を支配する魔物たちを一掃しなければならない。それもまた冒険者の役目であり、つまり高い戦闘能力が求められる。
そこで重要となるのが、本人の資質。全ての人間に与えられる、抗いようのない運命――すなわち、『スキル』である。
大陸からグレートヘヴンへ、さらにヴェザレート学園へと通された入学候補生たちは、
そして、アルフォード=ゼクエスは、天啓の間での儀式で『英雄の力』というスキルを発現した。スキル鑑定士が言うには、【神より選ばれし英雄。
レイシア=レッドラムは、『大賢者の知恵』というスキル。【無属性以外の系統の魔法を習得、無反動で使用できる】というもの。魔力量が小さい頃から抜きん出ていたのは、それが理由なのだろうか。
ワイズ=オズロイドは『大地の王』というスキル。【あらゆる生産業を高い確率で
キャシー=カルファンは『無限への干渉者』というスキル。『テレポート』や『創造』、『複製』など、系統魔法に属さない【無属性魔法を習得、使用できる】というものだ。主に支援などで活躍するという。
ロリエッテ=セイフィールは『女神の
一方、俺のスキルは『剣術』、『魔法使い』、『生産』、『幸運』の四つだ。
これだけ見ると、1人で四つのスキルを持っているなんてお得! なんて考えるかもしれないが、それは大きな間違いである。
なぜなら、1人の人間が複数のスキルを持った場合、それぞれの限界値は低くなることが過去の事例で明らかになっているからだ。
限界値が低い、とはすなわち、『剣術』なら属性攻撃を行えない。『魔法使い』なら上級魔法を習得できない、などである。要するに、スキルの練度を高めることで習得できる
1人につき、スキルは一つ。それが人間のありのままの形なのだろう。
大成するならば、スキルは一つであることは冒険者の常識となっている。つまり、四つも重複している俺は成長の見込みすらなく、しかもスキルは揃ってありふれたもの。これでは『クズ』だの『
「だから、俺がこんな目に遭うのも、仕方の無いこと、なのかな……」
痛む脇腹を押さえながら、たった1人で森の中をトボトボと歩く自分があまりに
考えてみれば、ヴェザレート学園に入学できたのも、冒険者として卒業できたのも全てアルフォードたちのおかげだった。きっと、俺だけだったら天啓の間での儀式で弾かれていただろう。成績優秀者である2人がずっと支えてくれ、教師陣に口利きまでしてくれたから、俺は冒険者登録まで
でも、それが俺を
「そりゃあ、イラつくよなぁ。好きでもない、むしろ嫌いでうだつが上がらないクズのフォローをしてきて。邪魔だと感じても仕方ないだろうな……でも、でもっ!」
こんな仕打ちってあるかよ!!
邪魔だったのなら、小さい頃から俺を遠ざけていればよかった。変に優しくしないで、他の皆のように俺をイジメていればよかったんだ!
そしたら俺だって、2人と一緒に冒険者になる、という身の程知らずの夢を抱かずに済んだのに……!
ガサ――と草むらが揺れる。
「あっ」
気付いた時にはもう、遅かった。
森の中から現れたジャイアントベアが、四足歩行でゆっくりと俺の前に立ち塞がった。
「く、そ……」
ウジウジと考えながら歩いている間に、接近を許してしまったのか。それとも、こいつの縄張りに知らないうちに入り込んでしまったのか。
ジャイアントベア。魔力によって体格が大きく成長した魔物。
しかし、実際はただ熊が一回り大きくなった程度の脅威であり、ヴェザレート学園を卒業した者なら容易く攻略できる魔物だ。
だが、何度も言うが、俺はアルフォードたちのパーティメンバーだったから卒業することができたのだ。アルフォードとレイシアに守られながらのうのうと生きてきた俺に、まともな戦闘経験などありはしない。
ど、どうすればいい? 逃げるか、それとも……戦うか?
混乱しながらも俺は、腰のベルトに帯刀している剣を
「ガアアアア!!」
「ひっ……!」
だが、それは逆効果だったようだ。
俺が剣を向けると、ジャイアントベアはあからさまに警戒態勢に入る。刃物を目にしたことでヤツの獣としての本能が動かされたか!
「ヴオォオオッ!」
「おわあ!」
ジャイアントベアは駆け出し、俺は
次の瞬間、固い物が砕ける音が響き、目の前の木がメキメキと地面に倒れていった。ジャイアントベアが繰り出した爪の一撃によるものだ。
ダメだ、こんなのに勝てるはずがない。
だからといって、逃げるには距離が近すぎる。
「クソッタレぇ……! こんなところで終わるのかよ……結局、運命からは逃れられないのかよ……!」
そして、ジャイアントベアが
「……イヤだ。あいつらの思い通りになるなんて死んでも御免だ! やってやるよ! かかってこいよちくしょおおおおおおお!!!」
勝てる見込みなんて無い。作戦なんてありはしない。破れかぶれ、自暴自棄と言ってもいい。それでも俺は、この運命に歯向かいたかったんだ!
迫りくる巨体を前に、俺は剣の柄を強く握り締めた。
その瞬間である。
突然、俺の体が急に光り始めたかと思うと――
「てやああっ!!」
「ガウゥ?!」
俺の体から何かが飛び出して、ジャイアントベアの牙をキィンと弾き返した。
ジャイアントベアはその反撃によって後ろに軽く吹っ飛び、そして、俺の顔の前には、
「な、な……?」
「大丈夫ですか?! ご主人様!」
さらに長い黒髪を
手甲や胸当てなど、部分的な鎧を纏った小さな女の子だった。
「は、え……は? き、キミは……?」
「私はあなたが持つ才の化身! ご安心ください! 私があなたをお守りします!」
仰天する俺にそんな頼もしい返答をした少女は、態勢を戻し、不釣り合いなほどに長いロングソードを構えた。
なんだこれは?! 何がどうなってる?! どうして俺の体から女の子が?!
待て、焦るな、冷静になれ。俺の才の化身って言ってたな……? つまり、スキルってことか? いやでもっ、スキルが人間になるなんて、そんな現象は聞いたことないぞ?!
「も、もしかして、俺のスキルって、実はスゴかったり……?」
目の前で何が起こっているの理解不能だが、とにかく、何かとんでもないことが俺の身に起こっていることは確かだ!
これってアレじゃない? 実は俺も、アルフォードやレイシアと引けを取らないとんでもスキル持ちだったりするんじゃないの?
「ご主人様の命を脅かす敵め! 覚悟ぉ!!」
そして、密かに俺の期待を背負う鎧の少女は、ジャイアントベアに向かって走り出した。出来たばかりの切り株を踏み台にして飛び上がり、ロングソードを振り下ろす!
「たああああ!!!」
「よし! いっけえええ!!」
俺の声援を浴びたその一撃はジャイアントベアを見事に切り裂いた――なんてことはなく。
簡単に爪で防がれて。
さらにその前脚で軽く振り払われて。
「ぴゃああっ」
少女はクルクルと回転しながら俺の前に落っこちた。
「……いや、負けるのかよ!」
は?! え?! 弱ッ!! いや、俺が言えることではないが! ってか、俺のスキルだから弱いのか?!
「あうぅ……申し訳ありません……」
勇ましかった先ほどの姿はどこへやら。地面に
だが、彼女の特攻は決して無駄ではない。なぜなら、ジャイアントベアは明らかに動揺しているからだ。
ヤツもこの奇想天外な状況に混乱しているのだろう。こちらをジッと睨み付けながらも、その場で足踏みを繰り返している。逃げるなら今しかない!
「と、とりあえず逃げるぞ!」
「ふえっ」
俺は半泣きの少女を肩に担ぐと、一目散に走り出した。鎧やロングソードもあるのに、彼女の体重がまるで苦に思えないのは、やはり彼女が俺のスキルだからか。
幸い、ジャイアントベアが追ってくる気配は感じられなかった。
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