第12話 堕ちた英雄



 「な、なんだったんだ。今のは……」


 まだ爆発の轟音ごうおんが空の中に遠く響く中。

 

 体に幾重いくえにも巻かれたつるがクッションになってくれたおかげで、なんとか無事に地上へ生還することができた俺は、火の粉が踊る爆心地を見つめて呆然としていた。

 

 大爆発にさらされたパライアゴスは、大きな音を立てて地面に崩れ落ちた後、ピクリともしなくなった。蔓のほとんどが炭と化し、完全に潰れた目玉からは大量の紫色の体液が流れ出ている。

 どこをどう見ても死んでるとしか思えない状態。

 

 ……………………うん。死んでる、よな。間違いなく。


 そんで……あれ、俺が……やったんだよな? 俺の魔法でああなったんだよな?


 いやでも、さっきの魔法の威力はなんなんだ? 俺が使ったのは下級魔法だ。なのに、今の爆発は上級魔法レベルの威力だった。そんな魔法なんて覚えてない……第一、魔力がぜんぜん足りないはずだ。

 

 一体、俺の体に何が起こってるんだ……?

 

 パライアゴスという強敵を倒したものの、その実感が湧かず、俺は地面に座り込んだまま、しばらく放心状態で過ごしていた。

 

 そんな時である。

 



 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!




 「わあっ?」


 村中で沸き起こる、突如とした歓声。

 思わず振り返ると、そこには俺に向かって全力疾走してくる村人たちの姿が!


 「え? なに、何事?!」

 

 大声を上げて押し寄せてくる村人たちの群れ。わけが分からず俺は立ち上がり、逃げ出そうとしたが――遅かった。完全に取り囲まれてしまう。

 

 なんなんだろう? パライアゴスを絶命させるほどの大爆発。当然、村人たちにも何かしらの被害があったはずだ。その事について文句を言いに来たのか……もしかして俺、今からリンチされちゃうの?!

 

 ずっと冷遇さえていた経験から、ついそんなネガティブな発想が頭にポンと浮かんでしまう。

 

 「ありがとう!!!!!」

 「ぅえっ?」

 

 しかし、身構えていた俺に送られたのは、まさかの感謝の言葉だった。


 ありがとう? 想像の範疇はんちゅうに無かった言葉。理解できずにキョトンとしていると、周囲の村人たちは立て続けに言った。

 

 「本当にありがとうございます! あなたのおかげで村は救われました!」

 「アンタすげえよ! あんな化け物を倒しちまうなんて!」

 「アンタはこの村の救世主だ! いや、アンタこそが本物の英雄だよ!」

 「ありがとうございます。リタを、娘を助けていただいて、感謝してもし切れません! 本当にありがとうございました!」

 「おにいちゃんありがとーっ」

 

 「え? は? おれ……が?」

 

 本来なら、俺も村人と一緒になって飛び跳ね、喜ぶべきなんだろうが。


 しかし、度重なる予想外の出来事によって、俺の脳は完全に思考停止。村人たちの成すがまま、俺はしばらく彼らにもみくちゃにされていた。

 

 


 「ちょっと待てよおおおおおおおおお!!!!!」


 


 その時、歓喜を声を切り裂く、猛然たる怒号が響く。

 

 そして、周囲の人たちが逃げるようにしてほつれていき、そのスペースに踏み込んできたのはアルフォード。その後ろにはレイシアとワイズ、キャシーも続いていた。

 

 「アルフォード……」

 「……エリオン。生きていたのか、テメェ……」

 「……ああ。おかげさまでな」

 

 当て付けのように言うと、アルフォードはこの場にいる全員に聞こえるほどに大きな舌打ちをした。そして、なぜか余裕ぶった笑みを浮かべる。

 

 「はっ。テメェみたいなクズがよくあの森から生きて帰れたモンだな。驚いたぜ」

 「ああ。喜んでくれたようでなによりだよ。こうしてお前と再会した意味もあったってモンだ」

 

 ヤツの皮肉に、さらに皮肉を返すと、アルフォードの表情は分かりやすく不機嫌に歪んだ。

 

 「……ちぃっ。誰がテメェなんかと再会できて喜ぶかよ。それよりも今の魔法。あれは完全に上級魔法クラスの威力だった。いつの間にあんな魔法を覚えやがったんだ? それも、たったの一か月程度で、あんな!」

 「違うわ、アル」

 

 激昂するアルフォードに反論したのは俺ではなく、意外なことにレイシアだった。

 

 だが、俺をフォローするつもりなど毛頭、無いのだろう。うっとおしそうに俺を睨み付けて、彼女は続ける。

 

 「魔法使いのあたしには分かる。さっき、そいつが使った魔法は上級魔法じゃないわ。第一、魔力量がぜんぜん違う」

 「はあ? じゃあ、今のはなんだってんだよ?!」

 「……『星回ほしまわり現象』よ」

 「なんだそりゃ?!」

 

 なんだそりゃ?

 ……いかん。アルフォードと言葉が被ってしまった。

 

 「星回り……すなわち、運の巡り合わせ。魔法を構成する要素はたくさんあるけど、特に大きく影響を及ぼすのが運なのよ。術者の技術や術式、精神状況、魔力量。それを土台に発動する際の環境や時間、気温、月や星々の位置。さらにその場にいる人の数や、その関係、感情など。あらゆる要素に運が関与する。そして、全ての要素が偶発的にうまく噛み合った時、通常の何十倍もの威力を発揮することがある」

 「それが星回り現象? それが、あの土壇場で都合良く発動したってのか……? ありえねえだろ、そんなこと!」

 「ええ。星回り現象は魔法使いの中では有名な話よ。でも、あなたの言うとおり、そう簡単には起こらない。高名な魔法使いでも、生涯に一度、起こせるかどうかの奇跡。余程の運がなければ起こらない現象だわ」

 「……っ、ふざけ、やがって……!」

 

 俺が放った高威力の魔法。その正体が運という掴みどころのないものだと知り、アルフォードは子どものように地団駄じだんだを踏む。


 「運……?」

 

 だが、そんなヤツの見苦しい姿は、俺の目には入ってこなかった。頭の中が、ある人物のことでいっぱいだったからだ。

 

 そう……今のレイシアの説明と似たような話をしてくれた、ララキアのことで。

 

 「運って……そうか。さっきの威力は運によって……でも、どうして?」


 この一か月間、ほとんどが基礎体力作りと魔力量を増やすことに費やして、幸運にまで手は回らなかった。当然、幸運値も低いままだ。


 それをたった一日で、俺の運勢を星回り現象を起こせるほどにまで劇的に上げる、そんなきっかけなんて…………。

 

 「…………いや、待てよ。確か、あの項目には……!」

 

 俺はハッとして顔を上げる。

 ララキアに提示された、俺の幸運値を変動させる10個の項目。その一番下、最も大きい運の振れ幅を持つ『大』の項目には、確かこう書かれていた。

 


 〝人の命を救う〟――と。


 

 「……まさ、か」

 

 俺はゆっくりと横に顔を動かす。母親と手を繋ぐ、リタという女の子がそこにいた。

 俺が守った……パライアゴスの魔の手からロリエッテと共に救った、小さな命。

 

 「俺は……知らない間に、その項目を達成していた……?」

 

 いや、それだけじゃない。『大』の項目はもう一つあった。

 そう――〝鍛錬をする〟という項目。



 この奇跡は、単なる偶然が度重なった〝結果〟じゃない。 



 あいつらと共に歩んだ一か月。毎日まいにちヘトヘトになるまで走り続け、レーウッドさんに叩きのめされ、何度も何度も失敗しながら技や術をみがき続けた日々。

 

 その一つ一つの努力の全てが、この〝未来〟を紡いだんだ!

 

 「――――っっ!!」


 無駄じゃなかった……! 

  

 俺が今までやってきたことは無駄じゃなかったんだ!!!

 


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 体の奥から湧き上がってくる激情げきじょうのままに、俺は空へ雄叫おたけびを歌う。

 

 全ての努力が報われたこと。あの情けない自分から変わることができたこと。

 なにより、あいつらとの日々が実を結んだことが本当に嬉しくて。


 俺は人目もはばからず泣き喚いた。地面にうずくまり、この喜びに打ち震えた。

 

 


 「余計な事しやがって!!!」


 


 けれど、冷や水のような罵声がやってきて、俺は顔を上げる。


 その声を主はアルフォード。顔を真っ赤にし、何度も俺に人差し指を突き付けてヤツは叫んだ。

  

 「オレだけで十分だったんだ! お前なんて来なくても! お前が余計な事をしなけりゃもっと早く、簡単に倒すことができたんだ!! 勘違いするなよ馬鹿が! お前があの魔物を倒したんじゃない! ただオレの邪魔をしただけなんだよ!!」

 

 ……………………。

 

 ……は?

 …………こいつは、言うに事欠いて、何をまくし立てているんだろうか?

 

 「はあ? ふざけんなよ! お前は村が壊されてくのをただボケーっと見てただけだろうが!」


 唖然となっている俺に代わって、村人の1人がそうアルフォードに言い返してくれた。

 すると今度は、アルフォードは村人たちに向き直り、また叫んだ。

 

 「お前らはこいつの事を知らないんだ! こいつはなぁ、学園で一番の落ちこぼれだったんだよ! オレたちがいないと何も出来ないクズ野郎! 冒険者になれたのだって……いや、そもそも入園すらできないゴミカスなんだよ!」

 「そ、そうよ! 小さい頃からずっとそう! こいつはただあたしたちの後ろに隠れていただけ! 自分で出来たことなんて一つも無い! それは学園のみんなが知ってることよ! みんな、こいつのことがだいっ嫌いなんだから!」

 

 さらにレイシアがアルフォードに続く。さらにワイズやキャシーも、その言い訳にもならない見苦しい弁舌を続けていった。ロリエッテだけは参加せず、離れたところで恥ずかしそうに俯いていたが。

 

 ああ。俺は確かにクズだったさ。アルフォードとレイシア。2人の背中に守られて、のうのうと暮らしていた腰ぎんちゃく野郎。それは疑いようのない事実だ。

 

 だからって、それをここで話して何になる? だから、今回の騒動の責任は俺にある、とでも言いたいのか?

 

 村人たちを見ろ。みんな、どんどん表情が強張っていくのが分からないのか? どうして素直に頭を下げることができないんだ。

 

 

 「…………馬鹿らしい」

 

 

 その時、俺の中で何かが弾けた気がした。俺はおもむろに立ち上がると、未だに村人に向かってわめいているアルフォードに近づいていく。

 

 「おい」

 「あ? なんだよクソやぎゃあっ?!」

 「きゃあっ?! アルぅ!!」


 肩を叩き、そして振り返ったヤツの顔面に、思いっきり右のストレートを叩き込んでやった。


 さすがのヤツも、この不意打ちは避けきれなかったようだ。変な声を上げながらみっともなく地面に転がった。その顔面はすでに血で染まっており、見れば、鼻は潰れ、前歯も数本、折れているようだった。

 

 そりゃそうだろう。一切の手加減なくぶん殴ったんだから。俺の右手だって、人差し指と中指の皮がめくれ上がり、そこから血が滲み出ている。

 

 「ようやく……! 一か月も掛かっちまったぜ」


 だが、その拳を握り締め、俺はレイシアの膝に抱えられるアルフォードに強く笑った。

 

 「ひゃ、ひゃにおぉ……?」

 「ちょっとエリオン! アルにこんなことして、ただじゃ――ひっ?」


 かしましいレイシアには、素早く抜いた剣の切っ先をその喉元に突き付けて、黙らせる。ついでにワイズたちに睨みをかせて動きを封じた。

 

 「どうした? ただじゃ……なんだって? 言ってみろよ、レイシア」

 「え、エリオン。ちょっと、これ……」

 「なんだ? まるで、俺が反抗したことが信じられない……といった顔だな?」

 「そ、そんなこと……や、やめてよ。剣、下ろしてよ。あっ、あたしは、アンタの大切な幼馴染でしょ?」

 「はっ。幼馴染ね……」

 

 笑ってしまう。

 その俺をアルフォードと一緒になって裏切り、魔物が蔓延はびこる森の中に置き去りにしたくせに。どの口がそんな世迷言よまいごとを吐くのか。

 

 「お前らに、認めさせてやろうと思っていた」

 「ひぇ?」

 「俺を嘲笑あざわらい、切り捨てていったお前らに……俺だって強くなれると。一人前の冒険者になることができると、そう認めさせてやろうと思っていた。だけど……もうそんな事はどうでもよくなった」

 「ひゃっ……」

 

 そして、ゆっくりと剣をさやに戻した俺は、決別の意を込めてヤツらに背を向ける。


 「お前らにそんな価値は無い。とっとと俺の前から消え失せろ、クズ野郎共が」


 こいつらに認めてもらう――その考え自体、俺がまだアルフォードたちにこだわっている……どこかで憧れている証だ。


 だが、もうよく分かった。こいつらに、目標にするだけの価値なんて無い。こんな連中に認めてもらおうなどと考えていた自分が本気で馬鹿らしく思えてくる。

 

 「く、くずゅ? おへが、くずゅ野郎だとおおおおおおおお?!」

 

 だが、俺の心に吹き荒ぶこの虚しさなど、アルフォードは少しも理解しないだろう。俺に言われたことに腹を立てたヤツは剣を抜きながら立ち上がり、それを構えて走り出した。この馬鹿! まだこの村で迷惑を起こさないと気が済まないのかよ?!

 

 「ひぎゃっ?!」

 

 だが、俺に斬りかかる前に、どこからか飛んできた岩が顔面に当たり、アルフォードは地面にひっくり返った。潰れた鼻にさらなる追撃。相当、痛いのだろう。か細い悲鳴を上げて地面をのたうち回っている。

 

 「きゃあ?!」

 「うわあ!」

 

 さらに石や木材の雨はレイシアたちにも降り注いだ。村人たちが、地面にある建物の残骸を彼らに投擲とうてきしているのだ。

 

 「帰れえええ!! お前らなんか村から出ていけえええ!!」

 「何が英雄だ! この疫病神どもが!」

 「わけ分からねえことをベラベラと! さっさと帰れ! 二度とそのツラを見せるな!!」


 「わっ。いたっ! ちょ、ヤバ! シャレになんないってコレぇ!」

 「きゃあっ! うわ、臭いっ。もぉおやだぁ! やめてえええっっ!!」

 「に、逃げろ! ほら、立てよアルフォード!」

 「く、くひょお! なんでオレがあ! オレは神にえりゃばれた英雄だぞょ! お前ら全員、許ひゃないからなあ! 覚えてぇろおおおお!!!」

 

 さんざん罵倒され、最終的には汚水まで浴びせられたアルフォードたちは、逃げるようにしてこの場から逃げ出していった。


 その後を、小走りで追いかけていくロリエッテ。

 

 「あっ。おねえちゃーん! おねえちゃんも助けてくれてありがとーっ!」

 

 けれど、彼女だけは、罵詈雑言や瓦礫のたぐいではなく、リタからの感謝の言葉が送られて。

 


 その想いが、どれだけ今の彼女をなぐさめたことだろう。

 


 悲しみや罪悪感を押し殺し、強張った笑顔でリタに振り返ったロリエッテは、さらに俺に小さく頭を下げた後、アルフォードたちを追いかけて街角に消えていった。





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