第11話 真の英雄
ウリムス村に戻った俺は、逃げ惑う村人たちを
「まだ倒されてないのか……! くそ、何やってんだよアルフォードたちは……」
いくらでかいとはいえ、所詮は植物の化け物だ。活発に動き回れるわけでもない。あいつらなら簡単に倒せる相手なはずだ。なのに、未だ倒せないどころか、戦闘の気配すら感じないのはどういうわけだ?
「……いや、文句を垂れてる場合じゃねえ。とにかく、アレはアルフォードたちに任せて、俺は自分ができることをするんだ!」
いろいろと不審な点は多いが、全て後回しだ。俺は自分の役割を果たすためにひたすら進み、そして、先ほどの見捨てた女の子の所に辿り着いた。
この混乱のせいか、まだ彼女の母親は瓦礫の下敷きになったままだった。
いや、現在の状況下では要救助者ばかりで、少ない兵士では対応が間に合ってないのだ。やはり、戻ってきて正解だった!
「大丈夫か?!」
「ひっ? あ、あ。あの、おっ、お母さんが! たすけて!」
「ああ、分かってる。そのつもりで来たんだからな。もう大丈夫だ! 兄ちゃんに任せろ!」
女の子を下がらせ、まずは母親である中年の女性の状態を確かめる。気を失っているが、まだ息はあるようだ。頭から血を流している……気絶はこれが理由か?
本来なら下手に動かすべきではないだろうが、事が事だ。早く助け出して安全な場所に運ばなければならない。そのためには、木造住宅の
そこで、俺は女性の上半身を抱え、まずは力尽くで引っ張ってみた。だが、腰が梁に引っかかり、どうにも抜けそうにない。とはいえ、1人の力じゃあこの大きな柱を動かすことはできないだろう。
「キミたち! そこで何をしてるんだ?! 早く逃げなさい!」
悩んでいると、2人の兵士が場に駆けつけてくる。ナイスタイミングだ!
「ちょうど良かった! 手伝ってくれ! まだここにこの子の母親がいるんだ!」
「なんだって?! よし、分かった。おい、お前は向こうに!」
「おう!」
「いくぞ? せーのっ!」
2人と共に柱に手を掛け、腰を落として一気に持ち上げる。ギギ、と木の
「危ない!! 避けろおおおお!!」
「は?」
どこからか注意喚起の声が飛んできて、俺はとっさに上空を見上げた。
その時、俺の目に映ったのは、
「やべええ!!」
俺はすかさず女の子を抱いて、崩壊した家の影に飛び込んだ。
数秒後、大通りに木材の雨が降り注ぎ、辺り一帯は
「げほ、えほっ……あ、あぶねえ。大丈夫か?」
「ひっく……う、うん」
間一髪。さっきの喚起が無かったら、どうなっていたことやら。辛うじて家から
「くそ! これじゃあまともに救助活動ができねえ! アルフォードたちは何やってんだよ?!」
「ああ? あー、あの英雄様たちか。あいつらは使いモンにならねーよ!」
「は? 使いモンにならないって……」
「そうだよ! 酒に飲んだくれて戦えないんだとさ!! 大した英雄様だよ!」
「なんだそれ?! なにやってんだあのバカどもは!」
この状況下で酒に酔って戦えないだと?! お前たちがあの魔物を村に連れてきたんじゃねーか! なに考えてんだ?!
いや、あいつらの馬鹿さ加減はこの際、どうでもいい。問題は、あいつらが戦えない以上、暴れ続けるパライアゴスを止める手段は無い、ということだ。これじゃあ、いくら人命救助に専念したって被害者は増える一方じゃないか!
「ええい! この子と母親を任せたぞ!」
「あっ、待て坊主! そっちは危険だぞ! 戻れ!」
兵士の1人が呼び止めてくるが、無視した。俺はパライアゴスに向かって――その周りにいるアルフォードを含めた男たちに向かって通りを疾走する。
戦えない連中や野次馬がそこで棒立ちしてて、何の役に立つってんだ! だったらあいつらも救助活動に動員させるしか、もう他に方法は無い!
おそらく、この村はもうダメだろう。だが、村人たちが生きてさえいれば……助かりさえすれば、また再建することはできる! 今はとにかく人命を優先させるんだ!
「――――はぁあ?!」
そう思って人垣に近づいた俺は、人々の合間から見えた集団の前の光景に仰天する。
最初のパライアゴスの形状は、プラントタマスの腹部から噴き出すように伸びた大量の蔓が寄せ集まって、大樹のようになっていた。しかし今は、大きな球根のようになっている。
そして、蛇のようにうねる蔓が左右に分かれていき、そこにギョロリと大きな目玉が生まれた。あれがヤツの本体なのだろうか?
いや、それよりも!
俺が仰天したのは、パライアゴスの本体の前にいる2人の少女の存在。そして、今にも襲われそうになっている2人を、助けるわけでもなく、呆然と眺めているだけの大人たちの姿。
なんだこいつら? なんでどいつもこいつも
目の前の光景が見えないのか? 瓦礫の山の上で抱き合う少女たちの怯えたシルエットを!
1人はこの村の住民らしき小さな女の子。そして、その子を庇うように抱き締めるロリエッテ。パーティにいた頃から、何かと俺を気遣ってくれた優しい彼女のことだ。きっと、逃げ遅れたあの子を助けるために、無理を承知であの場へと向かったのだろう。
だと言うのに他の連中は見てるだけかよ?! どうして誰も助けに行かない?! どうして皆して、あの2人が殺されるのを黙って眺めているんだ?!
俺よりも力があって。年齢が上で。優れたスキルのあるヤツらが、どうして?!
――黙って見てるだけなんだよ?!
「クソがあああああああああああああああ!!!!!」
怒りの感情を爆発させた俺は、走る勢いそのままに人垣の中へ突入した。何の役にも立たない
「どけええええええええええ!!!」
「ぐあっ?!」
先頭にいるアルフォードの背中を突き飛ばして、集団を突破して全力で駆ける!
「なっ?! エリオン?!」
遅れてアルフォードの驚いたような声が聞こえてくるが、もうどうでもいい。剣を
「きゃあっ?! あ、あなたは……エリオンさん?!」
「立て!! その子を連れて逃げろ! 早く!!」
今は再会の感動に浸ってる場合じゃないんでな!
「ギィィィイイイイイイ!!!」
突如として現れた俺を敵と認識したのか、パライアゴスは鉄板がこすれ合うような不協和音を歌いながら大量の蔓を発生させた。そして、俺たちを目がけて振り落としてくる!
「伏せてろ!!」
俺はロリエッテに指示を飛ばし、剣を後ろに低く構えた。
視界を埋め尽くす大量の蔓。まだ早い。もっと引き寄せるんだ。ビビるな! 目をしっかり開けて好機を待て! ここまで来たらやるしかないんだ! お前が
恐怖に
共に鍛錬に励み、成長を分かち合ってきた。そうして会得した、たった一つの剣技。何度も何度も反復練習を繰り返し、何十何百と見たあの動作を今、この体で再現する!
「いやああああああ!!!」
四方を取り囲むように飛んでくる蔓の鞭。ロリエッテの悲鳴が響く中、俺は限界までそれらを自身に引き寄せてから、
「天!」
女の子を守るように体を伏せるロリエッテの頭上を、剣の軌道が通過するように横回転。
「竜!」
その軌道に乗って発生した光の渦が、太い蔓をズタズタにしながら一か所へと押し詰めて、
「けえええええぇぇんんっっっ!!!」
密集した蔓の群れを、飛び上がりながらの斬り上げ一閃。全て、一本も逃すことなく斬り落とした!
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
「すげえ! やりやがったぞあの坊主!」
「いきなり飛び出したかと思ったら! あの2人を助けやがった!」
「何モンだあの男?! 只者じゃねえぞ!!」
「誰だっていいよ! 今のうちに2人を……って、ああ! 危ねえ!」
「っ! ぐうっ!!」
天竜剣はうまくいった。2人を守ることはできた。
だが、その後のことを考えていなかった。空中に飛んだ俺は絶好の的であり、そして、パライアゴスの蔓はまだふんだんに残っている。
すなわち、パライアゴスから放たれた蔓の第二波を、俺はどうすることもできなかった。全身を拘束されて、俺は逆さのまま宙ぶらりんの状態になってしまう。
「ああっ! エリオンさん!」
逆さになった世界で、ロリエッテが叫ぶ。あいつ、まだそこから動いてないのか?!
「早く、逃げろ!! 俺のことはいいからその子を安全な場所に!!」
「は……はいっ!」
ハッと目を覚ましたように立ち上がったロリエッテは、女の子を胸に抱いたまま瓦礫の山から下りていった。よかった……これで、あの2人は大丈夫だ。
「ギイィ……キィイイイィィイ……!」
安堵したのも束の間、耳障りな音が近くで響いた。
振り返れば、無作法に蔓で全身を巻かれた、間抜けな格好の俺を映す黒目が。
「なに、見てんだよ……この、目ん玉野郎が……!」
それが、オモチャを手に入れた子どものように思えて、イラつかずにはいられない。
だけど、全身の自由を奪われた今、俺に出来ることは……。
「これしか、ねえよな」
蔓の抵抗に逆らいながら、俺はゆっくりと右腕を目玉に
どうせ、森での戦闘で魔力はほとんど残ってないんだ。だったら、ありったけをここに注いでやる。
「ギイイイィ!」
「ぐう……っ?」
魔力の流れを感じ取ったのか、俺の全身を縛る蔓の力が強くなっていく。反撃させる前に絞め殺すつもりか?
だが、残念だったな。もう……遅ぇよ!
「喰らい、やがれっ。『
そして、俺の右腕から炎の弾丸が撃ち出され、
それはひゅるひゅると宙を走り…………パライアゴスの目玉に着弾した。
――ドオオオオオオオオオォォォォォォンンンッッッ!!!!!
「はああああああ?!」
「きゃあああああ?!」
「「「「「うわああああああああああああああ?!」」」」」
「ギイィヤアアアアアアアアアアアアアアアアア?!?!?!」
次の瞬間、上級魔法としか思えない規模の大爆発がパライアゴスの目玉で発生する!
その破壊力はすさまじく、蔓に巻かれていた俺は空中に高く投げ出され、ロリエッテら地上の連中も爆風に呑まれて吹き飛んでいった。
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