第10話 アルフォードの大誤算



 「くそぉ! なんらって、パライアゴひゅがっ、寄生、してるんだよぉ?!」

 

 村を破壊し尽くしていくつるの塊となった化け物を見上げ、アルフォードは叫んだ。

 

 動物に寄生し、死後、その養分を吸って成長する寄生植物、パライアゴス。しかし、所詮しょせんは他者の肉体を間借りし、その死骸をむさぼるだけの矮小わいしょうな生物。本来は中型程度のサイズにしかならない魔物――のはずだった。

 

 しかし、今回は苗床なえどこがプラントタマスだったせいか、上級の魔物レベルの規模サイズまで成長してしまっている。


 だが、それでもパライアゴス自体は大した魔物ではない。圧倒的な質量を持っているがために蔓の量と、その太さも比例して大きくなっているだけで、脅威は中級の魔物レベル。アルフォードたちが本来の実力を発揮できれば、難なく打ち破れる相手である。

 

 だが、残念なことに、アルフォードたちは宴会えんかいの主役として大いに酒を飲んでしまった。そのせいで戦うどころか、まともに動くことすらも難しい状態におちいっている。

 それはレイシアやキャシーも同様で、ワイズに至っては村の隅っこでダウンしていた。

 

 まともに動けるのは、目立つ場に慣れず、酒をほとんど飲まなかったロリエッテだけだ。しかし、戦闘能力の無い彼女では、アルフォードのサポートなどできるはずもない。

 村には駐在ちゅうざいしている用心棒の兵士たちがいるが、彼らは村人の救助や誘導で手一杯だ。

 

 つまり、アルフォード1人だけでこの状況を切り抜けるしかない。

 

 「どうひろって言うんだよ……ぅっく」

 「アルフォード様! 早くあの化け物を退治してください! このままでは村が無くなってしまいます!!」

 「わたしの子が見つからないんです! どうか、アルフォード様!」

 「お、おれの家も潰されちまう! なんとかしてくれよ、アンタ英雄だろ?! ヴェザレート学園が輩出はいしゅつした史上最高の冒険者なんだろお?!」

 「ええいっ、うるひゃいうるひゃい! おまえりゃが酒お飲まひたせいだゃろうが! おぉれのせいにすりゅんじゃひゃいぃ!!」

 「そ、そんな! あの魔物を持ってきたのはあなたたちじゃないですか!!」

 「だみゃれええええええ!!!」

 

 すがってくる村人たちを乱暴に振り払い、アルフォードは強く舌打ちする。

 

 パライアゴスによって破壊されていく町並みを、ただ指をくわえて見ていることしかできない歯痒さ。それは、エリート街道を歩いてきたアルフォードにとっては初めての経験であり、それ故に行き場の無い苛立ちをどんどん募らせていた。

 

 (まずい……早くなんとかしないと。このままじゃあ、ウリムス村が壊滅しちまう。そうなったら全てオレたちの責任……初のクエストで失態を犯すなんて……そんなのイヤだ! オレは神に選ばれた英雄なんだ! こんなところでつまづいていい人間じゃないんだ!!)


 そして、何よりも心をはやらせるのは、おごり高ぶった自尊心と保身。

 

 (くっそぉぉぉ……! こうなるんだったら生け捕りなんかするんじゃなかった。ってか、レイシアたちも止めろよ! ワイズだって、不満があるなら朝の時にちゃんとオレを止めてればよかったんだ! いや、それ以前に、ロリエッテの幸運はどうした?! あいつのスキルでオレたちのパーティは常に運に恵まれるはずだ! こんな事態は起こらなかったはずなのに…………ああっ、馬鹿共! オレのパーティには役立たずしかいねえ! クソッタレが!!)

 

 自分のことを棚に上げて、ひたすら心の中でメンバーたちを罵倒するアルフォード。

 

 そんな彼の心の声を切り落とすかのように、アルフォードの前に蔓の束が叩きつけられる!

 

 「うおおおっ?!」

 「きゃあああ?!」

 「うわあ! おれの家があああ!!」


 その一撃は大地を砕き、強烈な突風を生んだ。もはや半壊状態になっていた周辺の平屋群は、それによって崩壊し、瓦礫となって上空に吹き飛んでいく。


 「ひゃああっ!」

 

 その時、風の爆音と瓦礫がぶつかり合う音の中に、瑞々みずみずしい悲鳴が混じった。


 その声の主は、巻き上げられる瓦礫の中に混じる小さな女の子である。親からはぐれて家の中に隠れていたのか。

 

 「リタ! ああっ、リタあああああ!!!」

 

 すると、アルフォードに縋っていた若い女性が叫びながら走り出した。あの子が、見つからないと言っていた彼女の子どもか。


 しかし、前に並ぶ村人や兵士たちによって女性は止められてしまった。

 

 「よせ! いま行くのは危険だ!」

 「でも! リタがっ、わたしの子どもなんです! お願いします!!」

 「あの子が?! だが、しかし……っ」

 

 男たちは振り返る。

 

 女の子は瓦礫もろとも地面に落下してしまった。だが、幸いにも木材がクッションになってくれたようで、彼女は間も無くムクリと体を起こす。

 だが、そこから女の子は動こうとしない。見れば、足が木材の隙間すきまに挟まってしまっていた。必死に足を引っ張るも、ビクともしない様子だ。


 ――そして、そんな彼女に迫る、パライアゴスの影。

 

 「アルフォード様! あそこに子どもが!」

 

 たまらずロリエッテが叫ぶが、アルフォードはそんな彼女を威圧するように睨み返した。

 

 「ああっ?! ひょんなの放っちぇおけ! 逃げ遅れひゃヤツが悪いぃ!」

 「で、でも……」

 「アルフォード様!! 英雄様!! どうかウチの子を、リタをお助けください!! お願いします!」

 「ふざけりゅな! お前がガキと一緒にいなかっひゃのが悪い!! ぅっく、あのガキが死にゅのはお前の責任だ。オレの知ったことではない!!」

 「そ、そんな……! ひどいっ、リタ。リタあああああ!!!」

 

 母親は再度、アルフォードに懇願するも、手ひどく拒絶されてしまう。そうして泣き崩れる母親を、めんどくさそうに見下ろす彼の姿は、周囲の人間の目にどう映ったことだろう。

 

 「…………っ、だったら、私が行きます!」

 「あっ、バカ! 戻っひぇこいロリエッテ!!」

 

 アルフォードを見つめ、さらに泣き叫ぶ母親に視線を移し、ロリエッテは強く唇を噛み締める。そして、覚悟を決めたかのように目を見開くと、アルフォードの脇を抜けて走り出した。

 

 そのままアルフォードの抑止の声を無視して瓦礫の山に登ったロリエッテは、木材をどかして子どもを救出し、その胸に抱きしめる。

 

 「うわああああんっっ」

 「怖かったね。もう大丈夫だよ。さあ、お姉ちゃんといっしょ――」

 

 

 ズゥン!!!

 

 

 「――――っ」

 

 ガラガラと瓦礫の山が端から崩れていく。なにか大きくて重たい物が、すぐ傍に落ちてきたからだ。

 

 何が? そんなの、決まっている。

 

 ロリエッテはゆっくりと振り返る。蛇のようにウネウネと動くつるの塊が、目と鼻の先でうごめいていた。

 

 やがて、大量の蔓が左右に分かれていく。そうして露出したパライアゴスの中心部に、ギョロリと大きな目玉が出現した。

 

 「ひぃっ……」

 

 これが、パライアゴスの本体なのか。

 目玉は大きく一周し、そしてその黒目が、目下にいるロリエッテと女の子を確実に捉えた。

 

 「まずい! 早く逃げろ!!」

 「だ、誰か助けに行かねえと!」

 「誰かって、誰だよ……!」

 

 雄々しい言葉を叫ぶものの、誰もがその使命をなすり付けるように互いの顔を見合い、けれど一歩も動こうとしなかった。それどころか、尻込みする人間たちの壁はジリジリと後退を始めていく。

 

 

 そうして罪無き子どもと、その子を助けようと向かった勇敢な少女を見捨てようとする人間たちで出来た横一列のライン。

 


 「どけええええええええええ!!!」


 

 ――それを今、1人の男が駆け抜けていった!

 

 

 

 

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