最終話 冒険者ってモンだろ?


 

 パライアゴス戦後。さすがに精根せいこん尽き果てた俺は、ウリムス村で一夜を過ごすことにした。


 各村には、冒険者のための宿泊施設がある。俺は村人たちのご厚意により、その中で最もグレードが高い(とはいえ、少し間取りが広い程度だが)部屋と、豪華な夕食を提供してもらい、さらに大浴場で疲れを癒した後、糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込み、深い眠りについた。

 

 

 そして、激動の夜が過ぎ、翌朝。

 


 いや、朝というには早すぎる、まだ空に夜の色を残す時間帯である。早朝訓練の癖で早起きしてしまった俺は、さりとて二度寝する気にもなれず、まだ人気の無い荒れ果てた町並みの中を行く当ても無くぶらついていた。

 

 明るくなると、村の惨状がより鮮明になってくる。特にパライアゴスが暴れた村の中心部はほぼ壊滅状態で、こりゃあ復興には時間が掛かりそうだ。冒険者の拠点としての機能も、しばらくは果たすことができないだろう。

 

 だが、あれだけの大事件だったのに、重傷者はいても死者が1人も出なかったのはまさしく奇跡だ。それだけが唯一、救いというかなんというか。

 

 

 「エリオンさん」

 


 そうして人通りの無い道に出た時だった。せずして誰かに呼ばれ、俺は咄嗟に振り返る。

 

 「ロリエッテ……」

 「お、おはよう、ございます……」

 

 道端にいたのはロリエッテ。どうして彼女がこんな所に?

 

 「まだ……この村にいたのか。もうとっくにエルステインに向かったと思っていたが……」

 「はい。初めはすぐにこの村を去るつもりでしたけど……さすがにまだ酒が残った状態で夜の森に入るわけにはいきませんでしたので。ですが、もうつつもりです」

 「そうか……で? お前はどうしてここに?」

 「あ、あの、村を出る前に、どうしてもエリオンさんに言っておきたくて。助けていただき、ありがとうございました」

 

 ロリエッテは深く頭を下げる。そうか、俺に礼を言うために、こんな早朝に村を歩き回っていたのか。相変わらず礼儀正しいというか……律儀なモンだな。

 

 「別にいいよ。俺も、2人を助けたおかげで助かったというか……」

 「え?」

 「ああ、いや。こっちの話。それよりも、もう用は済んだろ? だったら早くパーティに戻りな」

 

 こんな所、アルフォードたちに見られたらまずいだろうしな。

 

 「え、ええ。それは、そうなんですけど……」

 

 しかし、ロリエッテはなかなか動き出そうとはしなかった。指をもじもじと遊ばせ、不安げな瞳を泳がしている。

 

 そうして長い間、何かを躊躇ためらっていたロリエッテは、なぜか突然、もう一度俺に深く頭を下げた。

 

 「それと、申し訳ありませんでした! あの時、あなたを森の中に置き去りにしてしまって!」

 「ロリエッテ……」

 「ごめんなさい…………謝って済む問題じゃないけど。でも……どうしてもあなたに謝りたかったんです。本当に……ごめんなさい」

 「………………」

 

 なるほど。その問題がまだ残ってたな。

 

 だが、それはもう、すでに俺の中で決着がついてる事柄だ。俺はもう、あいつらと決別する道を選んだんだから。あいつらに追放されたことなど、今となってはどうでもいい話だ。

 

 だが、ロリエッテからすれば、未だに納得できない…………終わったことと捨て切ることのできない問題なんだろう。

 多分、俺を追放する、というアルフォードたちの企みを、彼女はあの直前まで知らされてなかったはずだ。心優しく、嘘をつけない性格の彼女が、俺の前でそれを隠し通せるとは思えないからな。

 

 だからこそ…………ずっと、疑問に思っていたことがある。

 

 「どうしてあんな男についていくんだ?」

 「え?」

 「アルフォードのことだよ。知らされてなかったんだろ? 俺をパーティから追放するって話を、お前は」

 「は、はい……知りませんでした。だから、あの時は私もビックリして……だ、だって、アルフォード様はずっと、エリオンさんのことを親友だとおっしゃってましたから……」

 「ああ。俺もまんまと騙されたよ。まあ……それはもういいんだけどさ。分からないのはお前だ。今回の事で、あいつの本性が分かっただろう。それなのに、あいつについていこうとしているお前の行動が気になったんだ」

 

 ロリエッテは優しい人間だ。人々の力になることを喜びとし、嘘や騙し事、人を傷付ける行為を嫌う。

 そんな彼女が、なぜ、村人に追い払われるアルフォードたちを追いかけていったのか……あの時、リタに見せた不出来な笑顔が、ずっと心に引っかかっていた。


 「そ、それは、えっと……」

 「……まだ、あの男のことが好きなのか?」

 「えっ?」

 「アルフォードのことだよ。あいつに惚れてんだろ?」

 「ふえぇっ? な、なんでその事を?!」

 

 俺が指摘すると、ロリエッテは瞬く間に顔を真っ赤にして慌て始める。そんなんだから一目瞭然なんだよなぁ。ってか、同級生なら全員知ってる、と教えたら彼女はどうなってしまうんだろうか。

 

 そうやってあわあわと取り乱すロリエッテの反応を微笑ましく眺めていると、俺の視線に気付いた彼女は悔しそうに、それでいて恥ずかしそうに唇を噛み締め、目には涙を溜める。それから長く溜息を吐いた後、小さくこぼした。

 

 「わ……笑いま、せんか?」

 「は? ああ、別に笑うつもりなんてないが」


 とりあえず返事をする。ってか、笑える理由なのか? 想像もつかん。

 

 俺の答えを聞いたロリエッテは、そこで一呼吸を挟むと、非常にか細い、虫の羽音のような声量で言った。

 

 「は、初恋……だからです」

 「……は? なに、初恋?」

 「ふぎゅっ。お、大きな声で言わないでくださいっ」

 「お、おお、悪い。しかし、初恋って……」

 

 また、ベタというか、乙女っぽいというか……。

 

 「や、やっぱり、おかしいですよね。でも……でも、私、憧れてたんです。初恋の人と結ばれることを。治癒の力を持つ私は、小さい頃から教会で暮らしてて……異性の方と出会う機会がなかったんです。だから、ずっと恋愛というものに憧れてて……だから、ずっと思ってたんです。私の旦那様になる人は、どんな人だろう? 素敵な人と出会いたい。初めての恋は大切にしたい、って……」

 「……それが、アルフォードだったのか?」

 「はい。田舎から出てきて、初めての船に乗って……周りには知らない人たちばかりで。不安で不安で仕方ない時、あの方は優しく私に声を掛けてくれました。ずっと傍にいてくれました。だから……」

 

 と、ほんのりと頬を赤らめるロリエッテ。

 

 ……ああ。そういえばあいつ、グレートヘヴンに向かう船の中でそんな事してたな。持ち前のイケメンスマイルを振り撒いて、とにかくいろんな人たちと関りを持とうとしていた。

 今思えばそれも、ヤツが英雄になるための下準備…………周りに良い印象を与え、自分の賛同者を増やすための工作だったんだな。優しさは、ヤツにとっては投資みたいなモンだし。それにロリエッテはまんまと引っかかってしまったのだ。

 

 そう思ってロリエッテに目をやった時、彼女の顔からはすでに恋の温かさは消え失せていた。その代わり、そこを彩るのは、まるで何かを悔いているかのような、切実な表情。

 

 「それに……私は、ユニークスキル持ちですから」

 「ユニークスキル持ち、だから?」

 

 「はい」と頷くロリエッテ。

 

 「人には決められた『スキル運命』がある。私がこのユニークスキルを手に入れたのは、英雄であられるアルフォード様を支えるため。神に選ばれし彼と、その彼が選んだ者たちと共に、この島に人々の安寧をもたらす。それが、【女神のいやし手】というスキルを与えられた私の運命なんです」

 「――――っ」

 

 そうか。それこそが、ロリエッテがアルフォードから離れられない真の理由か。

 

 スキル……神から定められた人の役割。教会で暮らしていた彼女は、誰よりもドーミナス教の教えに従い、その人生を捧げようとしているのだ。

 

 そのためならば、本人の気持ちや意思など容易に捨て去るのだろう。


 たとえ、信じていた英雄がとんでもない外道であっても。己の信条にそぐわない人間であっても。夢に描いていた未来とどんなにかけ離れていても。


 神に与えられた使命を果たすため。彼女はアルフォードの欲望のおもむくままにその身を犠牲にしていくのだろう。

 

 「そんな運命なんて、クソくらえだ」

 「え?」

 

 脳裏をかすめた、ロリエッテに待ち受ける未来の光景。それは、1人の男のかたよった妄想に過ぎないのかもしれない。

 だけど、同郷の幼馴染の人生を自分の出世のために犠牲にするヤツが、彼女を犠牲にしない、なんて保障はどこにもないんだ!

 

 「お前には悪いが、俺は運命なんて信じないことにしたんだ。自分が歩む道は、神様に決められるモンじゃない。自分で切り開いていくものだと、俺は信じている」

 「そ、そんな! ドーミナス教を否定するおつもりですか?!」

 「ああ。俺は神なんて信じない。俺はこれから自分のしたいように生きる! そう決めたんだ!」

 

 そして、俺はロリエッテに近づき、問う。

 

 「お前はどうなんだ? ロリエッテ」

 「え?」

 「このままでいいのか? 本当にあの男についていって後悔はしないのか?」

 「そ、それは……」

 「本当はお前も疑問に思ってるんだろう? 俺を危険な地に追放し、ウリムス村を壊滅させるところだったあいつの異常な行動を。本当にアルフォードは自分が仕えるべき英雄なのか……そんなことを考えているんじゃないのか?」

 「ち、違います! わたしは……」

 「おい! 何をやっているロリエッテ!」

 

 ロリエッテの反論は、無人の通りに響く怒声に掻き消される。振り返れば、村の門近くには、アルフォードら『夜明けの鷹』の面々が集まっていた。

 

 「早く来い! そのクズみたいにお前も置いていかれたいのか?!」

 

 こんな早朝にもかかわらず、アルフォードは騒音ばりの怒鳴り声を張り上げる。まだ村人たちは寝ているだろうに……どこまでも自分の事しか考えられないヤツだ。

 

 「……それでは、これで失礼します。助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 ロリエッテは最後にもう一度、俺に頭を下げると、トタトタとアルフォードの許へと駆けていった。


 そうしてロリエッテを迎え入れたアルフォードは、最後に俺を憎々しそうに睨み付けると、そのまま門を通って森の方に歩いていく。


 「……ロリエッテ……」


 俺は、その姿が森の中に消えるまで、パーティに遅れてトボトボと歩く今にも壊れそうな背中を見つめ続けていた。



 

 ◇◆◇



 

 「もう行ってしまわれるのですか?」

 「ああ。クエストをやれるような状況でもないからな」

 

 村長に答えて、俺は門の前で振り返った。

 

 目の前には、ずらりと並ぶ村人たち。みんな、復興作業を一時中断して見送りに来てくれたんだ。

 

 俺はそんな彼らに頭を下げると、門衛の兵士たちに導かれて門の外に出た。


 「助けてくれてありがとーっ!」

 「また来いよーっ! 待ってるからなー!」

 「次はぜひ、わたしのお店にも来てねー! サービスしちゃうよー!」

 「立派な冒険者になってねー! みんな、応援してるからねー!」

 「ばいばーい! おにいちゃーん!」

 

 「ありがとー! さようならー! みんな、復興がんばってー!」

 

 いつまでも声援を送り続ける村人たちに、俺もまたいつまでも手を振り続けた。

 



 そうして導きの森の中に足を踏み入れた俺は、村人たちの目が届かない場所まで進んだところで、4人を体の中から呼び出した。

 

 そのまま、5人並んで歩く(1人は飛んでるが)森の道。爽やかな朝の空気もあって、気分はさながらピクニックだ。

 

 「それで、これからご主人様はどーするのですか~?」

 

 魔物の気配に注意しつつ、この5人で歩く道のりを楽しんでいると、不意にララキアが訊ねてきた。

 

 「もうあの方たちとはすっぱり縁を切るんですよね~? だったら、これから何を目標にしていくのですか~?」

 

 続くララキアの問いかけに、他の3人も一斉にこちらに振り返った。どうやら彼女たちも、俺が考える今後の展望について興味があるようだ。

 

 「どうもしないさ。大した目標も使命も無い。俺は俺の道を行く。『運命』に定められたレールを歩くなんてまっぴらごめんだ。自分の思うように進み、困難があれば乗り越え、様々な景色をこの目で見て、したいように動く。そうして未来を開拓していくのが、冒険者ってモンだろ?」

 

 だが、悪いな。まだ何にも考えていないんだよ。

 だけど、どうにかなると思ってる。何があっても俺たちは進んでいけると確信している。

 

 「なるほど~。要は行き当たりばったりと、ってことなのですね~?」

 「うふふ。ボクらしいというかなんというか」

 「そんなんで……大丈夫なの?」

 「きっと大丈夫さ」

 

 俺は断言する。なぜなら……。



 ――俺にはお前たちがいるんだからな。

 

 

 この想いがあるから。

 まあ、面と向かって言うには恥ずかしいから、心の中で唱えるだけなんだけどな。

 

 「はい! みんなで頑張っていきましょう! 私たちならきっと大丈夫です!」

 「ははは。キャルロットは相変わらず勇敢だな」

 「ええ! だって私はご主人様なんですから!」

 


 そんな俺の心を知ってか知らずか。

 

 元気いっぱいで俺を見つめるキャルロットの瞳は、いつもと変わらず希望に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 ※あとがき

 

 星をくれた方。フォローをしてくれた方。応援してくれた方。

 

 なにより、読んでくれた方。ここまでエピソードを追ってくれた方。

 

 あなたたちのおかげで、ここまで書き続けることができました。本当にありがとうございます。

 

 こんな拙い物語ですが、もう少し続きますので、これからもエリオンたちの冒険を応援してくれると幸いです。

 

 

 

 

 


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