第二章 運命の出会いに導かれて

第1話 ギルドに行こう



 「でえいっ!」

 

 「てやあ!」

 

 刃と刃がぶつかり合う音が、清閑せいかんな林の中に響く。

 

 導きの森にほど近い雑木林。滅多に人が訪れないここは、4人の存在を隠しておきたい俺の絶好の特訓場所だった。

 

 「ここだぁ!」

 「くぅっ……!」

 

 剣戟けんげきの最中で見つけた小さな隙。その瞬間、俺は大きく前に踏み込みながらの右ぎを繰り出す。それはキャルロットに剣で防がれてしまったが、さらに力を込めて強引に剣を振り抜いた。

 

 成長度が俺と同等であるキャルロットとの筋力は互角。しかし、体重は俺の方に分があるため、キャルロットは耐え切れずに後ろへ弾き飛ばされる。

 

 「と、っと。やりますね! ご主人様!」

 「ああ。お前こそな、キャルロット!」

 

 互いに技術を称え合う。でもこれ、よく考えたら自画自賛じゃない?

 

 「ならば、この剣技はどうですか?!」

 「なにっ?」

 

 ロングソードを高く翳し、俺を見据えるキャルロット。剣技といえば『天竜剣』しかないが、あれは明らかに構えが違う。なにより、距離が離れすぎている。

 

 「『蒼竜閃そうりゅうせん』!」

 「のおっ?!」

 

 叫びながらキャルロットはソードを振り落とす。その瞬間、刃の軌道から青白い直線状の斬撃が発生し、俺に飛んできた!

 

 慌てて横に飛ぶことでそれを避けることに成功する。次の瞬間、ズズンと重たい物が落ちる音が聞こえ、俺はおそるおそる振り返った。

 目に飛び込んできたのは、半ばからポッキリ折れて地面に倒れている一本の木の有様。その螺旋らせん状にえぐり取られたいびつな断面は、確かに斬撃による傷痕が残されていた。

 

 「どうですか? 新たな剣技、『蒼竜閃』です! 離れた場所から敵を断つ、数少ない遠距離攻撃です!」

 「あ、ああ。恐れ入ったよ。まさかそんな剣技を覚えてるなんてな」

 

 素直にそう答えると、キャルロットは満面の笑みを浮かべた。

 

 「はい! きっと、少女たちを助けるために強敵に立ち向かったご主人様の決意の賜物たまものですね!」




 ウリムス村での事件があった翌日。

 エルステインに戻ってきた時はもう宵の口であり、さすがに疲れが残っている俺はクエストの報告を後回しにして宿屋に向かい、食事も取らずに眠りについた。

 

 そんで、今日も今日とてキャルロットとの早朝訓練だ。まだまだ未熟な俺には、休む時間など無いらしい。トホホな想いだが、これも今までアルフォードたちに甘えていたツケだ。

 

 「2人ともー。朝ごはんができたわよ~」

 

 キャルロットに手を引かれて立ち上がる。リズが俺たちを呼びに来たのはその時。早朝訓練終了の合図だ。

 

 「行くか」

 「はいっ」

 

 俺たちは並んでリズの所まで向かった。

 



 ◇◆◇




 「「「「いただきまーす」」」」

 「は~い。召し上がれ~」 

 

 5人で鍋を囲み、朝食が始まる。俺のスキルであるキャルロットたちは、別にものを食べなくても死ぬことはないが、俺1人だけの食事はなんだか寂しい。なので、用意ができる場合は、揃って食事することが俺たちの通例になっていた。


 朝食のメニューは魔物の肉で作ったサンドイッチと、野菜スープ。導きの森で倒した魔物たちから採取できたから、当面の間、肉には事欠かないだろう。

 

 「うめえうめえ」

 「うふふ。旺盛おうせいね~」

 「そりゃあ、昨日の晩から何も食ってないからな」

 「そうだったわねぇ。はい、スープもどうぞ」

 「はーい。いただきまーす」

 「……じゃあ、はい。このポーションもどうぞ……」

 「はーい。いただ……かねえよバカタレ」

 

 なぜにこの流れでポーション(という名の劇物)なんじゃバカタレ。

 

 「……なんで?」

 「なんでって、フローダよ。よく考えてみろ。こんな爽やかな朝、森林浴を浴びながら女の子たちに囲まれてうまい朝食を食べてるんだ。そんな時に、なぜ嘔吐おうとが約束されているゲテモノを飲まにゃならんのか。朝食、ぜんぶ地面にぶちまけろってのか? 魔物の肉があるだろ肉が」

 「そんな下級の肉じゃ……あんまり効果ないよ。量も……少ないし」

 「だからって、なんで朝っぱらからなんだよ。それ飲んだら丸一日は口臭が下水道みたいになるんだぞ。また街の人から逃げられちゃうだろ」

 「……臭い、関係ある? それ」

 「まるで臭いが無ければ皆と仲良くできる、みたいな言い方なのですね~」

 「最近は外に出歩くだけで街の人たちが自然と避けていきますものね! さすがはご主人様です!」

 「さすがって何? なんか風格的なモンを出してると思ってるの違うからねそれむしろ逆だからね!」

 

 お前までそっち側に回らないでくれキャルロット。そこの馬鹿2人に染まるな。純粋なままのキミでいて。

 

 「でも、最初の頃に比べると、ボクの魔力量は増えたわよね~。これもフローダちゃんのおかげね」

 「そう……エリオンは、わたしに感謝すべき。パライアゴスを倒せたのも、わたしのおかげ……!」

 

 リズに褒められたフローダは、どうだと言わんばかりに胸を張る。その得意げな顏があまりに生意気だったので、とりあえず額にデコピンを見舞ってやった。

 

 あっ、そうだ。パライアゴスと言えば……。

 

 「なあ、ララキア。確かめておきたいことがあるんだが」

 「なんですか~? ああ、心配しなくてもご主人様の言い付けどおり、今日も白のドロワーズを穿いているのですよー」

 「出してないわそんな命令」

 

 ってか、そんな話じゃないわ。

 

 「そうじゃなく、俺がパライアゴスを倒した時のこと。あの魔法の桁外れな威力は、やっぱりレイシアが言ってたとおり星回ほしまわり現象によるものなのか?」

 「そうですね~。ただ、それだけが理由ではないのですー」

 「それだけじゃない? 他に魔法の威力が増した理由が?」

 「ああ、いえ。魔法ではなくー、星回り現象を引き起こせるほどの幸運を呼び寄せた理由のことなのです。何より大きかったのは、あのロリエッテという冒険者の命を救ったことなのですよー」

 

 ロリエッテ? 彼女と言えば……そうか!

 

 「【女神のいやし手】のことだな?」

 「ピンポーン! なのです。女神から寵愛ちょうあいされし幸運のスキル。彼女を救ったことでご主人様の幸運値が瞬間的に跳ね上がり――」

 「――あの大爆発に繋がった、ってわけか」

 「その通りです~。そのため、現在のご主人様の幸運値はすごいことになってるのですよー?」

 「え? そうなの?」

 「ええ。こちらをご覧あれ~」

 

 そう言って俺の膝の上に座っているララキアは両手を広げた。すると、彼女の目の前に青白い四角の空間が生まれる。俺の幸運ステータス表だ。

 

 いつもと変わらず、主に対人関係における項目が10個程度、提示されており、そして名前の横にある幸運値は…………83っ?!


 「え?! 高っ! え、これって上限は100だよな?!」

 「そうなのですよー。新記録達成なのですパチパチパチ~」

 「へぇ……いや、でも。星回り現象が発生しただろ?!」

 

 ロリエッテを助けたことで上がった幸運値は、それでチャラになるんじゃないのか?! 運って、そういう浮き沈みするモンだろ?

 

 「んぬ~。そもそも『運』の捉え方を間違えているのです。運とは巡り合わせのことであり、幸運が発生したからといって消費されるわけではありませんー。一度、幸運にかたよった針は緩やかに平均値に戻り始めますが、依然として幸運は続いていくのですー」

 「そ、そういうモンなのか?」

 「ええ。運に浮き沈みがあるように錯覚するのは、幸運不運に際して、人々が普段と異なる行動を取るからなのですー。それが真逆の結果を生んだ時、強烈に記憶に残るだけなのですよー」

 「そ、そういうモンなのか。確かに……不幸な出来事って立て続けに起こることが多いな……良い事が起こったら、浮かれて普段やらない事にチャレンジして、その結果、失敗することになるし……」

 「運は持続するものであり、その人の行動が振れ幅を生むのですー。だからこそ、今が行動のチャンスなのですよー」

 

 行動のチャンス?

 

 「高い幸運値の状態で行う選択や判断は、ご主人様に好ましい形で成就する確率が高くなるのですー。無論、行動次第では不運に偏ることにもなりえますがー」

 「そ、そうなのか。ということは、今日は積極的に街に繰り出すべきなんだな! よっしゃー! ちょうどいいぜ!」

 

 俺は思わず大声を出し、天に向かってガッツポーズをした。

 

 「おや? もしかして、今日は街に向かう予定があったのですか~?」

 

 少し驚いた様子で見上げてくるララキアの頭を撫でて、俺は頷いた。


 

 「ああ! なんたって今日は『ギルド』に行かなきゃならない日だったからな!」



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る