第2話 運命の人



 冒険者派遣仲介所――通称『ギルド』。国や市、民間企業、個人などが要請した依頼、すなわちクエストを冒険者に紹介する市立機関のことである。

 

 グレートヘヴンはまだ8割以上が人類未到達の地である、魔物の独壇場だ。故に、独自の生態系や新種の生物、希少価値の高い素材や未知なる資源など、科学の発展や人類の進歩に繋がる大発見がこの地に眠っていると、世界中の人たちが信じている。

 

 だけど、グレートヘヴンを開拓するのには、一つの大きな問題があった。それは、この島が公海こうかいにあるどこの国にも属さない無人島である、ということだ。どの国も領有権を持たないため、勝手に調査をすることは許されなかった。

 

 そのため、世界の主要国は『グレートヘヴン条約』という多国間条約を締結した。この条約は要するに、グレートヘヴンの調査や開拓は各国が勝手にするのではなく、それぞれで資金を出し合って拠点や冒険者の養成施設、そして冒険者たちの組織を作り、その人たちにやってもらいましょう、というものだ。

 

 で、その冒険者たちの組織ってのが『ギルド』になる。

 

 ギルドには毎日のように100件以上にも及ぶ様々なクエストが舞い込んでくる。そのほとんどが現地住民の依頼や要請だが、中には国や大企業からの依頼もあり、その場合は最高難易度であることが常だ。


 なぜなら、そのクエストが達成された時の獲得・発見した全てのものは依頼者に所有権が発生するからだ。たとえば、未到達の場所を調査して地図を作成し、それが認められれば、その土地の所有権を依頼者は手に入れることができる。

 

 どの国も、グレートヘヴンに眠る資源の確保や、歴史に名を遺すことを求めているので必死だ。中には冒険者を消耗品としか考えてない依頼内容のものもある。

 

 とはいえ、クエストを達成した時の報酬が生計の種になっているので、ギルドは冒険者にとって必要不可欠の存在だ。

 

 今回、俺がギルドに出向くことになったのもひとえに、金が尽きかけているからだ。

 

 「ずっと宿屋暮らしな上に、鍛錬ばかりで冒険者としての活動をしてこなかったからなぁ……。当然、収入はゼロ……早く仕事を見つけないと路頭ろとうに迷う羽目はめになっちまうぜ」

 

 ヴェザレート学園を卒業した際、冒険者には当座の活動資金として一律いちりつ10万ジエルが給付される。都市部の一般家庭が1か月、生活するには十分な額だ。

 だが、それもこの一か月でほとんど使い果たしてしまった。

 

 「冒険者を続けるにしても何にしても、当分は金稼ぎをしなきゃな……まあ、いいか。なんたって今日のめちゃくちゃ俺はツいてるんだしな」

 

 自分を鼓舞こぶするためにも、あえて俺はそれを口にする。


 というのも、ヴェザレート学園がある都市部の方に近づくほど、俺の悪評が強くなってくるからだ。それに加え、金欠のことを考えると本当に憂鬱ゆううつな気分になってくる。正直、ララキアの話だけが今の俺の心の支えだ。

 

 「もしかしたら一気に金持ちになれちゃうクエストがあったりするのかなー? それとも可愛い女の子とお近づきになれたりするのかなー。おっ、話をすれば、ちょうどあそこに女の子が」

 

 期待に胸を躍らせながら整備された歩道を進んでいると、前方に女の子らしき後姿を発見する。ノースリーブのへそ出しジャケットと大きなベルトを通したホットパンツ、ニーソックスという、なかなか露出度が高い恰好。両手につけているゴツめのグローブからして、もしかしてあの子も冒険者なのか?

 

 ……って、アレ?

 

 「なんか、様子がヘンだなあの子……」

 

 歩道を右に左に、まるで酔っているような酷く覚束おぼつかない足取り。

 そして、その子はそのままフラフラと、導かれるように車道に出ていった。

 

 さらに、後ろからは車道を速いスピードで駆ける馬車が!


 「おい……おいおいおい! なにやってんだよ?!」

 

 俺は慌てて走り出し、彼女の手を掴むと、大きく自身に引き寄せながら歩道側に倒れ込んだ。

 

 一秒後、女の子がいた場所を馬車が変わらない速度で駆け抜けていく。

 

 「危ねえだろバカヤロー!」

 

 御者ぎょしゃの怒鳴り声を置き去りにして、馬車はそのまま車道の彼方へと走り去ってしまった。

 

 「……ふぅ。間一髪だったぜ。おい、大丈夫か?」

 「う……うん。ありがとう……」

 

 突然のことでビックリしているのか、震える声で言い、女の子はぎこちなく顔を上げた。

 

 おおっ、カワイイ。

 

 成り行きで助けた女の子は、美少女と言っても差し支えない容姿をしていた。大きな瞳にプルンとした唇。全体的に少し童顔だが、将来に期待ができる整った顔立ちだ。長い髪を後ろで纏めてアップ髪にしているのも、活発な雰囲気を持つ彼女によく似合っている。

 

 さすが幸運値83! 街に出て、もうこんな出会いがあるとは!

 

 「怪我は無いかい、お嬢さん。立てますか?」

 

 さっそく俺はイケメンフェイスとイケメンボイスでイケメンムーブをかます。救出による相乗効果で一気に彼女のハートをゲットだぜ!

 

 「………………」

 

 が、女の子は何も答えない。まだ死にかけたことへの恐怖で頭が混乱しているのかな?

 

 「怖かったね。もう大丈夫。馬車は行ったから。もう怖がらなくていいんだよ」

 「………………」

 「とりあえず、お名前を教えてくれるかい? 僕はエリオン。キミは?」

 「………………………………」

 「……えっと。あっ、おウチはどこだい? なにやら体調が悪そうだから、僕が家まで連れていってあげよう。さあ、立って。ほら」

 「…………………………………………………………」

 

 …………あれー?

 

 なんでこの子は何も言わないの? なんで立とうとしないの? なんでジッと俺の顔を凝視しているの?


 ……なんか、おかしくない? この子。


 「え、え~っと……お嬢さん?」

 「……………………」

 

 ちょっともぉヤダー。ここまで来るともう混乱してるとかそんなんで片付けられる次元じゃないんですけどヤダー。

 

 ……って、ふざけてる場合じゃねえ。ヤバい。本気で怖くなってきた。

 

 「あ、ああー! いけない、もうこんな時間だー。こいつは困ったぞー!」

 

 言い様の無い恐怖心に駆られた俺は、近くに立っている柱に埋め込まれた時計盤をこれ見よがしに指差すと、ふところに抱いていた女の子を放し、すぐに立ち上がった。

 

 「僕はちょっとこれから行かなきゃならないところがあるんだ。ごめんな、ここでさよならさせてもらうよ。それじゃあ!」

 

 軽く手を振り、女の子の返事を待たずしてそそくさと歩き出す。

 

 ――で、十分に距離を開けたところで、「はあ」と大きく溜息をついた。

 

 「なんだったんだ、今の子は……」

 

 この出会いは外れだったのか? せっかく、可愛い女の子と知り合えたかと思ったのに。俺の行動が間違ってたのか?

 でも、人を助けることで運の針が不幸に傾くなんてことは考え辛いしなぁ……。

 

 「ったく、話が違うじゃねえかよぉ。ララキアさんよぉ」

 

 考えても答えは出ず、胸に溜まった不満をここにはいない幼女にぶつけながら、俺はトボトボとギルドへの道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 だから、俺は気付くことができなかった。

 

 

 「………………やっと見つけた。僕の、運命の人……」

 


 道端みちばたに置き去りにしたその子が、ジッと俺の背中を見つめ続けていることなど。

 

 その瞳が、恋する乙女と言うにはあまりに鋭く、桃色ににごっていることなど。

 

 俺は、知る由も無かった。





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