第7話 過去編 ~執行人の正体~



 「この研究施設を利用できる者には条件がある」

 

 水槽の中に漂う全裸の子どもを眺めながら、ベンジャミンは言った。


 「第一条件に、教団の暗部に属すること。これはお前も知っているだろう? 手術を受けるためには教団への忠誠を誓う必要があるからな。その際、外部に情報を漏らすことを防ぐために秘匿の魔法を受けることになる。これも、実際に受けたのだから知っているな? そして、条件には他に、教団への貢献を目的とした研究であることも含まれる」

 「ふ~ん……で? これがその貢献、ってのか?」

 

 水槽を親指で示しながら言うと、ベンジャミンは振り向き、「ああ」と頷いた。

 

 「あの御方のおかげで、私の死霊使いネクロマンサーはユニークスキルすらしのぐ力へと昇華した。今のわたしがあるのは全て、あの御方のおぼしによるもの。ならば、この力は全て、あの御方のために使うのが道理……しかし、どれほどの魔力量を備えようと、能力を高めようと、所詮しょせんは死体を操るだけのスキル。一応、人々を疑似的なアンデッド……すなわち、『ゾンビ』として操る手法を編み出したものの……それは教団には相応しくない力だ」

 「確かにな……聖なる存在である教団とは対極に位置するモンだからな」

 「何より、我が野望を叶えるにはあまりに使い勝手が悪すぎる。アンデッドの強みは数による人海戦術であり、単体の弱さは言うに及ばず。そもそもが死体なので自律的な行動は限られ、脳が腐っているので緻密な命令も与えられない。自力で魔力も生成できないので、すぐに機能を停止してしまう。だからこそ、私にはアンデッド以外の方法を模索する必要があったのだ。この子は、私がようやく見つけた一縷いちるの希望だ」

 

 そして、もう一度、水槽に目を向けたベンジャミンは、近くのテーブルへと向かっていく。

 

 「その子がグランドブレスにやってきたのは今から三か月前。とある田舎の教会から移送されてきた。非情に稀な難病を抱えていて、その教会では対処しきれず、こちらに回してきたわけだ」

 「難病?」

 「これが運ばれてきた当時の写真だ」

 

 ベンジャミンはテーブルに積まれたファイルのうちの一つを抜き取り、そこに挟まれている写真をエルヴィスに手渡した。それは、異様に腹部が膨れ上がった、年端も行かない女の子の全身を写したものである。

 

 「なんだこりゃ? 妊婦か、ってくらいに腹が膨れてるな」

 「寄生性双生児バニシングツインと言ってな、母体に宿った双子のうちの片方が死亡し、もう片方に吸収される現象のことをいう。それが本人の成長と共に大きくなっていたのだ。ただちに手術によって腫瘍を取り除き、この子は一命を取り留めた。これが摘出てきしゅつした腫瘍の中にあったものだ」

 

 言いながらベンジャミンは新たな写真をファイルから取り出した。今度は、溶液に満たされた大きなフラスコの中に漂う、人間のものらしき臓器群が写されている。

 

 「腫瘍の中にあったのは死んだ胎児の構成物。髪の毛や歯、目や腕の一部などだ。驚きなのは脳のかなりの部分があり、しかも当時は神経系の働きも確認されたことだ」

 「なんだそりゃ? つまり、生きていた、ってことか?」

 「脳波を生命の証明と考えるのなら、そうなるのかもしれん。なので、貴重なサンプルとして保存しておいたのだ」

 「ふーん……それは分かるが、どうしてこのガキまでここにいるんだ? 手術して治ったんだろ? 親元に返さなかったのか? 被検体、ってことは研究材料としてここにあるわけだよな?」

 「うむ。実は、この子は母子家庭だったそうだが、母親は地元の教会に連れていった時点でこの子の親権を放棄したらしい。だから、訃報ふほうを送っても大した反応を見せず、死体の処理に関してもこちらに一任した。なので、問題なく研究材料として引き取ることができたのだ」


 なぜか誇らしげに語るベンジャミン。だが、エルヴィスは納得できず、いぶかしげに表情を険しくする。


 「親権を放棄した? そりゃまたなぜ?」

 「ふむ……理由の一つは無知ゆえの恐怖、というところか。人は未知なるものに恐れを抱く生き物。初潮しょちょうにも至らないのに日増しに腹部が膨れていく我が子を、面倒見切れない、と手放したのだ。だが、それにはもう一つ、大きな理由がある。実は彼女は、よわい10歳にしてユニークスキルを発現していたのだ」

 「10歳でユニークスキル……? ごく稀に現れる、先天的にユニークスキルを持って生まれた子どもか」

 「そう。恐らく、バニシングツインのせいで生命の危機に晒されたことで、才能が開花したのだ。起爆性のある黒い棒を魔力で生み出す特異な能力。まだ名前は付いていないが、ユニークスキルで間違いない」

 「なるほどな……それなら放棄したのも納得だ。難病を抱えた上に、ユニークスキルまで発現したガキなんて、どんな親でも手に余る。碌に訓練してない子どもに扱える力じゃないからな。病気の苦しみから、能力を暴発させる可能性もある」

 「くく……しかし、実際はそうならなかったのだよ」

 

 エルヴィスの意見に対して、ベンジャミンは不気味に笑いながら否定の言葉を述べた。

 

 「実は、この子には自覚症状が無かったのだ。これだけ腹が膨れ、生命活動に異常をきたしていても、本人はケロリとしていた。がんのように、まるで痛みや苦しみを感じてはいなかった。その点も親を怖がらせる一因だったのかもしれん」

 「なんだそりゃ? そんなことがありえるのか?」

 

 「原因はこれだ」と言ってベンジャミンはエルヴィスが持っている写真をかすめ取った。つまり、円柱水槽にて眠る少女から摘出された胎児のことを指しているのだ。


 「先ほど、胎児はある意味、生きていた、と言ったな? それを示すかのように、摘出された当初、その子にもスキルらしき能力が確認されたのだ。すぐに脳死判定が下されたからどのようなものであったかは定かではないが、恐らく、『憑依ひょうい』や『同化』など、他者の何かしらに寄生・依存する能力だったのだろう」

 「胎児がスキルを獲得? そんな事例、聞いたことがねえぞ?」

 「まさしく、人体の神秘と言う他無い。多分だが、この少女がユニークスキルを開眼したと同時に、この胎児もスキルを獲得したのだ。しかも、バニシングツインという異常な状態を成立させ、自分と、宿主である少女を生存させるような能力を。だからこの子に自覚症状が無かった……と推察される。私が研究材料としてこの子を手に入れたのも、それが理由だ」

 

 説明を続けながら写真をファイルに戻し、それをテーブルに置いたベンジャミンは、再び水槽へと引き返していく。そして、淡く少女が映るガラスに手を添え、彼は言った。


 「例え改造手術を受けたとしても、そもそもが下級の魔物であるアンデッドにしか活用できないスキルの脆弱さ。この子は、私が直面するその問題に、一つの道筋を示してくれる唯一の希望なのだ」

 「どういうことだ? さっき言ってた、アンデッド以外の方法を模索する、ってことか?」

 「その通りだ。ネクロマンサーで操ることができる、魔力を自己回復できる完全自律型の傀儡くぐつ。私が長年、思い抱いていた理想形をついに体現することができる逸材がこの子だったのだ」

 「傀儡……たって、そいつはまだ生きてるんだろ? どうやってネクロマンサーで操るってんだ?」

 「厳密に言えば、操るのはこの子ではない。この子に移植したもう1人の方だ」

 

 頭だけで振り向いたベンジャミンは、トントン、とひたいを人差し指で小突きながらエルヴィスに答える。

 

 「もう1人……? まさか……!」

 「そう。あの胎児のこと。私が現在、行っている研究とは、死者の一部を利用して生者を操る、というネクロマンサーの概念を超えた試みなのだよ」

 

 そして、完全に体を返したベンジャミンは、後ろの少女をひけらかすように大きく両手を広げて言い放った。


 「死者の一部を利用して使って生者を操る……? 要するに、移植した死者をアンテナにして生者を操作する……ってカンジか? 確かに、胎児は死んでるからネクロマンサーの能力の範疇だろうが……できるのか、そんなこと」

 「無論、他者同士では不可能だろう。実際、過去の被験体は皆、拒絶反応を起こして死亡した。だが、この子と胎児は一卵性双生児の間柄。つまり、同一の遺伝子情報を持つ。肉体的に適合しないはずが無い」

 「そりゃあ、肉体的にはそうかもしれねえが……しかし、移植したってどこにだ? それらしい傷跡や体の膨らみは見当たらねえが……」

 

 円柱水槽の周りを歩いて、エルヴィスはあらゆる方向から少女の裸体を観察した。しかし、先ほどの写真で見たような胎児の内容物が詰められている割には、少女の体はどこもスリムで、腹部以外の手術跡も見つからない。

 

 「ああ、言葉が足りなかった。移植したのは彼女の体にではない。彼女の魔力回路だ」

 「魔力回路だと?」

 「そうだ。もっと厳密に言えば、その中核。ある外部刺激により生じる魔力回路の変化の余地――すなわち、スキルそのものに移植したのだ」

 「スキルに胎児を移植したぁ?! ウソだろ、どうやって?!」

 「もちろん、そのままでは不可能だ。だが、胎児を抽象ちゅうしょう化し、一種の魔法として付与すればそれも可能。人や物体に魔力を纏わせて様々な効果を与えるエンチャントを想像すれば分かりやすいだろう」

 「エンチャント……確かに、そういう魔法もあるが……でも、胎児を抽象化だと? つまり、実物を架空の存在に変化させたわけか……?」

 「そうだ。しかし、その手法は、私が自力で編み出したものではない。ヒントは、あの御方が作り出した星のしずくにあった。星回り現象から核を抽出し、具象化するやり方。それは言い換えれば、無から有を作り出す術式。ならば、その逆も可能なはずだ」

 「その逆……有から無へ。つまり、胎児の抽象化、ってことか」

 「何も無い状態から有形を生み出すのには、途方もないエネルギーがかかる。あの御方しか成し得ない所業だ。しかし、有から無は、熱処理さえうまく行けば、そう難しいものではない。それに加えて、胎児には他者を依代よりしろとするスキルを保有していた。極め付きには、ユニークスキルという巨大な魔力の受け皿。全ての要素が、私の研究を成功へと導いた」

 

 そして、再び水槽に振り返るベンジャミン。ガラスに両手を添え、顔をギリギリまで近づけ、固く目を閉じる少女のあどけない寝顔を仰ぎ見る。

 

 「現在は、移植後の休眠期間に入っている。あと数か月、この高濃度培養液の中で肉体の成長を促進させ、それにともない胎児を完全に定着させるのだ。ふふふ……楽しみだ。目覚めた時、この研究がどのような結末をもたらすのか。想像するだけで興奮が止まらない」

 「……ンだよ。なんだかんだ言って結局、自分のためなんじゃねえか。その研究も。そして……お前が以前、俺に打ち明けたあの計画のことも」

 

 水槽にへばりつくその後姿に呆れた視線を送りつつ、エルヴィスは指摘した。すると、ベンジャミンは肩を揺らしながら静かに笑い始め、やがてそれは部屋中に響き渡るほどの狂気の声へと拡大していく。

 

 「何を馬鹿な言っている! この研究も、そしてお前に打ち明けた私の野望も! エルステインを独立国とし、私が王として君臨くんりんすること! 何もかもがドーミナス教団のため! いてはあの御方のためだ!! 私があの愚か者共に取って代わり、あの島を制覇する! それこそが全人類の宿願! すなわち、教団の存在意義! さらに、その富も名誉も全てドーミナス教団へと献上する! 私以上に教団に貢献する者などいない! この私の偉業に誰もが敬服し、ひざまずくだろう! この33号の完成は、その第一歩なのだ!!」

 

 口早にまくし立て、ベンジャミンはまるでアンデッドのように部屋中をうろつきながら度を越えた笑い声を落としていく。

 

 そんな彼を眺めるエルヴィスは、ふとした瞬間、「くっ」と苦笑いを噛み締めた。

 

 「……ったく。どいつもこいつも良い具合に狂ってんなぁ……まあ、そこに片足を突っ込んでるオレも大概たいがいか。こうなりゃあ、トコトンちていってやろうじゃねえか。たった一度の人生……歩くならせめて楽しく、な」

 

 

 水槽に顔を向け、そこに眠る少女に呼びかけるように独白するエルヴィス。その鋭い目は、ベンジャミンとは色の違う野心に満ち満ちていた。

 

 



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