第7話 一方、その頃のアルフォードたち


 

 ヴェザレート学園を卒業した者たちは、ただちに冒険者として活動できるわけではない。最初は学園が用意した長期の『クエスト』に出ることになる。

 

 これは、クエストを通して実際の冒険者の日常を体験し、冒険者としての心構えや使命感を学ばせるための措置、と言われているが、それは表向きの理由である。

 

 本当の理由は極めて単純で、冒険者を守るためだ。というのも、学園創立初期の頃には、駆け出しのルーキーが自分の実力と釣り合わない危険地帯にいきなり出向き、そのまま消息を絶つ、という事例がいくつも発生したのである。

 

 そうした事態を防ぐために、まずは学園が用意したクエストで実際の魔物に触れ、冒険者としての自分の実力を学ぶ。それは、ヴェザレート歴代最高の生徒と称されるアルフォードたちのパーティ、『夜明けのたか』も例外ではなかった。

 

 

 

 導きの森のさらに奥にある『植生獣しょくせいじゅうの森』。下級から上級のまでの魔物たちがそれぞれの生活圏を築いて暮らしている、まさしく冒険者の実力を計るにはちょうどいい魔物支配地域。

 

 「なー? どうするんだよアルフォード」

 「あ? なにがだよ」

 

 焚き火を囲みながらの朝食の一時。皿を持ち上げ、野菜のスープの残りを一気に飲み干すアルフォードを見つめながらワイズは言った。

 

 「何って、クエストのことだよ。もうそこら辺のザコをさっさと狩って村に帰ろうぜ。いい加減、ジャガイモのスープと焼肉の献立はうんざりだ」

 

 学園から与えられたクエストにはいくつかの達成条件があった。魔物産素材の調達や特定エリアの踏破とうは、調査などどれもオリエンテーション的な内容で、その中には討伐任務もある。

 

 下級の魔物を10体。あるいは中級の魔物を3体を狩る任務。

 しかし、本来なら最も簡単であるはずのそれに、アルフォードはなかなか着手しようとはしなかった。

 

 「馬鹿野郎。ずっと言ってんだろ。オレたちが狙うのは一つ。上級の魔物だってな」

 「でもよー、それって達成条件に入ってないだろ?」

 「はっ。あのなぁ、ワイズ。いつも言ってるだろ? 志を高く持て、と。オレたちはいずれこのグレートヘヴンを完全攻略する世界最高のパーティ、夜明けの鷹だ。学園が設定したおままごとで満足しちゃいけねーんだよ。目指すは最高記録だ!」

 「現在いまんところ、中級の魔物を六匹、ってのがこのクエスト達成時の歴代最高記録らしいしねー。ま、上級一匹でも狩ってくれば塗り替えることができるっしょ」

 「ああ。だから今日は、クエストで指定された地域の外まで足を延ばす。向かう場所は、上級の魔物の縄張りであるこの先の地域だ」

 「ええ……? 大丈夫かよ、そんな勝手な事して。それに、上級の魔物と戦うなんて……」

 「アルとあたしがいれば楽勝よ。アンタはどうせ料理を作るくらいしか取り柄が無いんだから、黙って従ってなさいよ」

 

 最後に話を継いだレイシアが、ギロリとワイズを睨み付けた。

 

 「おいおい。確かにおれは戦えないけどさー、おれだってパーティに役に立ってんだろ? この食材も、みんなが寝泊まりしてるこの建物も、おれのスキルで作ったモンじゃねーか。おれを、あのクズみたいに言うなよ」

 「ふん。ま、それでもパーティに貢献できるんだからまだマシでしょ? こっちには正真正銘の役立たずがいるんだから」

 

 皮肉を交えながらレイシアはその鋭い目を動かす。そうして非難の的にされたロリエッテは、ビクリと肩を震わせた。

 

 ロリエッテのスキル、『女神の癒し手』。その者に生命力さえあれば、どんな傷や病気をもたちまち治癒ちゆしてしまう冒険者には必須なユニークスキル。

 しかし、強すぎるがあまり誰も怪我を負わないパーティでは、彼女の能力も無用の長物に過ぎない。

 

 そうした経緯もあって、パーティの中で孤立気味になっている少女の前に、レイシアは叩きつけるように自分の使った食器を置いた。

 

 「エリオンがいなくなったんだから、このパーティの雑用はアンタがやるのよ。あたしたちの目を盗んでちょくちょくあいつの手伝いをしてたんだから、要領ようりょうは分かるでしょ? 知ってるんだからね、あたしたち。ホント、男なら見境みさかいないのね」

 「そ、そういうわけでは……」

 「おい、やめろ」

 「アル。でも……」

 

 不満げに頬を膨らませるレイシアだが、アルフォードは構わずに続ける。

 

 「オレたちはパーティ。互いの背中を守り合う仲間だ。余計な問題を起こして仲間割れを誘うような真似はするな」

 「……ちっ」

 

 アルフォードに注意されたレイシアは、ロリエッテを強く睨み付けた後、自分の食器を持って近くの川へと向かっていった。

 

 「キャシー」

 「はいはい。フォローね分かってます。あー、メンドくさ」

 

 ワイズの目配せを受けたキャシーもまた自分の食器を抱え、レイシアの後を追うように川の方へ駆けていく。

 そうして足音が茂みの向こうに消えていった後、ワイズは重たく嘆息した。

 

 「ふぅ……しんど。お前、よくあんなのと付き合ってるよな。確かに顔はいいかもしれねえけどさぁ……性格がキツすぎるって、マジで」

 「ま、一応、幼馴染だしな。オレには従順だし、何よりスキルが優秀だ。近くに置いておきたい、と思うのがフツーだろ?」

 「あ、あの」

 

 2人でヒソヒソと話し合ってると、向かいに座るロリエッテが話しかけてくる。

 

 「ありがとうございました、アルフォード様。庇っていただいて……」

 「いいさ。ロリエッテは大切なオレの仲間だからな。困った事があったらいつでも頼ってくれ」

 「は、はい」

 

 ロリエッテはほんのりと顔を赤らめる。そんな彼女をアルフォードたちがニヤニヤと眺めていると、さらに頬を真っ赤にしたロリエッテは飛び跳ねるように立ち上がった。

 

 「あ、あの、私も食器を洗ってきますね。アルフォード様とワイズさんの分も一緒に!」

 「いや、レイシアの言うことは気にしないでいいよ。オレたちの分はオレたちで洗うから」

 「い、いえ……レイシアさんのおっしゃることはごもっともですから。私は、このパーティであまり貢献できる機会はありません。ですから、せめてこのくらいの事はさせてください」

 

 そうして2人の食器を自分の食器に重ねたロリエッテはペコリと頭を下げ、トタトタと可愛らしい挙動で森の中に消えていった。

 

 「…………なあ。ロリエッテちゃんとはどーなってるのよ?」

 「あん?」

 「とぼけるなって。ありゃあ、完全にお前に惚れてるよな。いいよなー、可愛い上に性格まで良くて。オレだったら完全にロリエッテちゃんだわ。まあ、ちょっと背が小さくて子どもっぽいところもアレだけど」

 「そうは言うがな、お前。大人しい顔してるけど、あいつ、けっこう立派なモン持ってるからな?」

 

 と、胸の前で手をおわん型に動かすアルフォード。

 

 「え? まさか、もう?」

 「いや。何度か部屋に行こうとしたけど、その度にレイシアに邪魔されてな。そーいう感が鋭いんだ、あいつ」

 「マジかよ。まあ、レイシアがロリエッテちゃんにキツく当たってんのも、それが理由だろうしなぁ」

 「あと、自分の胸が貧相だからひがんでる、ってこともあるんじゃねーの? ま、いつか食ってやるよ。ああいう何も知らない純朴な子を自分好みに調教するってのが一番、興奮するぜ」

 「あー、分かるわ。いいなぁ……アルフォード様! どうかおれにもおこぼれを一つ!」

 「あー? しょうがねえな……分かったよ。調教がうまくいって、オレの言うことをなんでも聞くようになったらお前にも抱かせてやるわ」

 「マジっすか?! あざます! 一生ついていくっすアルフォードの兄貴!」

 「ひひひ、兄貴って。まあ、あいつが密かにエリオンを手伝ってたのは、オレも少なからずムカついてたからな」

 「へえ。そーいえばエリオンのヤツ、どーなったかな?」

 「すでに魔物の胃の中だろ。そのために森の中に置き去りにしたんだからよ。生きてエルステインに戻られちゃあ、いろいろと迷惑だ」

 「だったらあの場で殺しときゃあよかったのに」

 「ンなことしたら一瞬で終わっちまうだろ? 信じてた親友や幼馴染に裏切られ、魔物がいる危険な場所に置き去りにされて、恐怖や絶望を味わいながら死んでいく。その姿を想像するだけで……くくっ、今でも笑えてくらぁ。だからあいつには雑用だけさせて、訓練とかさせなかったんだからな」

 「ひゃははは! 性格ワリー!」

 「それに付き合ってたお前らも同じだろうが! ぎゃははははは!!!」

 

 

 アルフォードとワイズ。

 人の命や尊厳など微塵みじんも尊重しない狂った笑い声は、いつまでも森の中に響いていた――。

 


 

 

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