第8話 悪運に導かれし者



 グレートヘヴンには、エルステインの他に『村』という人間の拠点地がいくつか存在する。

 

 魔物たちが支配する危険地域の前や山の中腹などに設けられ、戦いの準備や休憩場所として利用する中継地だ。大体、人口が100人程度の小さな村で、数人の用心棒たちがそこを守っている。

 

 「やっと……着いた。ここが『ウリムス村』か……」

 

 導きの森を超えた先にある中継地、『ウリムス村』。あの後もいくつかの戦闘と休憩を挟み、村に辿り着いた頃にはもう、空は黄昏たそがれ色に染まっていた。

 

 ちなみに、キャルロットたちは森を抜ける前に全員、消えてもらっている。やはり彼女たちを人目に触れるのはあまり好ましくない、という判断の上でだ。

 

 「おや、冒険者の人かい? 長旅ご苦労様。ウリムスへようこそ」

 

 疲労困憊こんぱいの体を引きずるようにして歩く俺を、村の簡素な門の前にたたずむ兵士2人が迎えてくれる。だが、その表情はどこか浮かれているような……それでいて困っているような、微妙な顏だ。

 

 「それにしても、タイミングが悪いというか……いや、むしろ良いというべきなのかな、この場合は」

 「はい? 一体、なんの話を……?」

 「いやな。ちょっと前に魔物の討伐のクエストで森に入っていったパーティが数週間、帰ってこなかったのよ。で、そろそろ捜索隊を組もうか、って時に、つい一時間前だよ。彼らが戻ってきたんだ。それも、とんでもないモノと一緒にね」


 とんでもないもの?

 というか、そのパーティってまさか……!

 

 「まあ、実際に見てきなよ。ホントに腰を抜かすよ、アレ」

 

 と言って、兵士たちはすんなりと俺を村の中に通してくれた。


 森の中にポツンと存在するウリムス。そのこじんまりとした町並みにしては、なにやらひどく騒がしい。たくさんの人が通りに出て、競い合うかのように皆、どこかへ向かっていく。

 

 俺は胸中にざわつきを感じながら、彼らを追いかけて大通りを少し歩いた。果たして、その理由はすぐに目の前に現れる。

 

 村の中央にあたる開かれた空間。そこには、見上げるほどに大きい生物が寝かされていた。至る所に凄惨せいさんな傷が付けられて、ほぼ全身が血に染まっている状態だ。

 村の賑わいは、その周りを埋め尽くす人だかりのものである。

 

 「あ、アレは……」

 「おや、もしかしてアンタも冒険者かい?」

 

 人の輪から外れて、呆然とその生物を見つめていると、近くを通り過ぎた中年の女性が話しかけてくる。

 

 「あ、ああ。そうです……」

 「へえ! これはこれは、ずいぶんと良いタイミングで訪れたモンだね。ほら、見てごらんよアレ。すごいでしょ? 『プラントタマス』っていう上級の魔物よ」

 

 女性が自分のことのように喜びながら指し示すのは、やはりあの巨大な生物。そのつるんとした血塗ちまみれの体表には、こけや花、植物の蔓らしきものが無数に生えていた。

 この森に住む魔物は、独自の進化により植物との共生を実現していると前に学んだことがあるが……アレがそうなのか?

 

 そして、よく見ると、プラントタマスの横っ腹が微かに上下している。つまり、あいつはまだ生きてるんだ。

 

 「あそこにいる人たちが生け捕りにしてきたんだ。すごいねえ。この村に住み始めて早10年。いろんな冒険者さんたちを見送ってきたけど、あんな大物を仕留めてくる人たちは初めてだ! さすがは英雄様たちだねえ」

 

 言いながら女性は、腕をわずかに下ろす。横たわるプラントタマスのお膝元ひざもとに設けられたステージの上には、アルフォードたち『夜明けの鷹』のメンバーが座っていた。その前には豪華な食事や酒類などが並べられており、彼らは村長らしき老人を始めとするたくさんの村人たちから手厚いもてなしを受けている。

 

 「今回の魔物のサイズは、約20数年ぶりの新記録なんだってさ! それもあって村はお祭り状態なんだよ! お兄さんも今日はクエストは止めて、お祭りに参加しな!」

 「あ、ああ……」

 「それじゃあね! お兄さんも頑張るんだよ!」

 

 俺の背中をパンと叩いて、その女性は人の輪の中に溶け込んでいった。

 

 

 そうして盛り上がるお祭りの光景を、俺は1人、離れた場所で呆然と眺めていた。

 


 認めさせてやろうと思った。アルフォードと、レイシアに。もうあの頃の自分じゃない。俺だって冒険者になれる……そう胸を張ってやろうと思った。

 

 でも、それが一体、何になるのか。

 俺がどれだけ鍛錬しようと、志を抱こうと、彼らは遥か高みにいる。俺の一歩なんて、彼らからすれば蟻の一歩にも満たないほどに小さなものだろう。そんな彼らに、ジャイアントベア一匹すら倒すことのできない俺が、何を認めさせるというのか。

 

 

 ――だったら、俺がこれまで積み上げてきたものは、一体なんだったんだ?


 

 「ご主人様ー」

 「っ、ララキア?」


 呆然と立ち尽くしていると、すぐ近くで声が立った。振り向くと、ララキアが俺の隣に立っている。

 

 「お前、呼んでもないのにどうして……って、村の人の前で……っ」

 「ご主人様のことなんて誰も注目していないのです~。それよりも、ご主人様。ちょ~っとまずい状況になりそうなので、早くこの場から逃げた方がいいのですよ~」

 「逃げた方がいい? まずい状況って……どういうことだ?」

 

 訊ねると、ララキアは一直線にプラントタマスの方を指し示した。

 

 「あそこから尋常ではない負のオーラが溢れ出ているのです。プラントタマスを生け捕りにしたのが彼らの最大の失敗でしたね~。人間への怒りや憎しみ、底知れない殺意。そういった邪悪な念が、アルフォード一行の悪意や功名心、優越感といったよこしまな私欲と混ざり合い、さらに周囲の人間たちによってどんどん増幅されていっているのです。なにより、あの冒険者」

 

 ララキアは腕を動かす。そうして指し示したのは、隅っこの方で縮こまっているロリエッテだ。

 

 「あの人が良くない。いや、あの人本人ではなく、あの人を取り巻いている環境が非常に悪いのです」

 「ロリエッテが? でも、『女神の癒し手』のスキルを持つ彼女は、人よりも高い幸運値を備えていたはずだが」

 「だからなのです。運とはただ幸運ばかりに傾くものではない。人との恵まれない関係は、逆に大いなる災いを招いてしまうことになるのですー」

 「大いなる、災い?」

 

 そういえば、似たようなことをララキアは言っていたな。俺の幸運値がゼロになった時、とてつもない事が起こると。


 まさか……今からそれが?


 俺は思わずプラントタマスに目を向けた。その時、半分まで開いていたプラントタマスの目が、ゆっくりと、静かに閉じていったのを、俺は確認した。

 

 

 ブチブチブチッッッ!!!

 

 

 プラントタマスの死――それを認識した、次の瞬間。

 

 プラントタマスの腹から突然、植物が芽吹いたかと思うと、それは見る見るうちに成長して巨大な植物の化け物に変貌へんぼうした!

 

 

 「キィエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 

 「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!?!?!」」」」」

 

 

 さらに、金切り声を上げる植物の化け物から伸びた無数の蔓が激しく空を切り、周囲にある建物や人々を地面ごと吹き飛ばしていく!

 

 「なんだアレは?!」

 「『パライアゴス』」

 

 その声は、ララキアの逆の方から。すかさず振り返ると、フローダがそこに顕現していた。今はその理由を問うまい。


 「パライアゴス? なんだそれは?!」

 「魔物に寄生する……植物の魔物。でも、あんなサイズは見たことない……恐らく、養分としてる、プラントタマスの魔力と、さらにその憎悪を吸収して……成長した」

 「そんなことが有り得るのか?!」

 「そもそも……魔物というのは、魔力を得て、動物が進化した姿。魔力は意思に強く反応する……魔法もまた、思念イメージの顕現化だから」

 「そんな……っ、うわあ?!」


 会話の最中、瓦礫がすぐ近くに落下してくる。パライアゴスの蔓に破壊された建物の一部か?!

 

 見上げれば、瓦礫や人などの様々なものが雨あられのように頭上を埋め尽くし、辺り一帯に降り注いでいた!

 

 「逃げろおおお!! 全員、この村から逃げるんだあああああ!!!」

 「――っ!」

 

 後ろからは、先ほど俺を迎え入れてくれた門番の兵士たち。この騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。

 俺は、その声に従い、この場から逃げようときびすを返した。

 

 その時、通りの隅っこに座り込んでいる5歳くらいの女の子を発見する。その近くに倒れているのは……さっきの中年の女性だ! 彼女の下半身は崩壊した建物の瓦礫に埋もれている。まさか、そのせいで動けないのか?!

 

 「だ、大丈夫か?! いま……うわっ?!」

 

 駆けつけようとしたその足を阻むように、またもや大きな瓦礫が。

 

 見れば、パライアゴスはどんどんこちらに近づいていた。逃げている人間を追いかけているのか? このままここにいたらまずい!

 

 でも、あそこには女の子が……!

 

 「ごめん……っ」

 

 だけど、俺にはどうすることもできない。

 そうさ。所詮、俺は何の力も無い…………特別な運命スキルも持ってない、ただの役立たずなんだから。

 

 そうした言い訳を心中で唱えながら、俺は女の子から目を背け、森に向かって走り出した。

 


 


 

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