第5話 訓練……訓練?


 

 新しく流れ始めた悪評にも負けず、その後も俺は訓練に励み続けた。 



 『魔法使い』――。


 

 「……………………」

 「……………………」

 「…………始める……」

 「おう」

 

 なんだ今の間は。

 

 「やることは、基本的に……剣術の時と同じ……鍛える」

 「俺の体を、ってことか?」

 「そう。だって、魔力、ないと、使えないから……魔法」

 「ああ、確かに俺は魔力量が……」

 「うん。ゴミ。カス。うんこ」

 「もっとオブラートに包めない? ってか、うんこはよせ」

 「大便」

 「そういうことを言ってるんじゃない」

 「うひっ」

 「なんなのこの子」

 

 なんかもうやめたくなってきたんだが。

 

 「……で? 魔力量を増やすにはどうすればいいんだ?」

 「三つ……ある。一つは、肉体の成長とか……鍛錬とかで伸ばす方法。でも、これはもう……」

 「ああ。キャルロットとやってるな」

 「うん……だから、残りの二つ。一つは、魔物の肉とか、魔力がふくまれてる食材を摂取すること……」

 「ああ、学園で習ったな。魔力を含んだ食材を吸収し、細胞に魔力を溜め込む一般的な増やし方」

 「うん。それに付随ふずいして、ポーションなんかで……強制的に上げるやり方。でも、これはオススメしない……」

 「なんでだ?」

 「大半が一時的なものだし……体に害が及ぶ危険性もある。いざという時じゃない限り、止めておいた方がいい……」

 

 なるほど。あくまで急場きゅうばしのぐための方法、ということか。

 

 「で、三つめが?」

 「……魔法を、魔力量の限界まで使用して鍛える」

 「魔法を限界まで?」

 「うん。考え方は……筋肉を鍛えるのと同じ。運動によって筋線維が損傷して……それが修復する際、強度を上げる……太くなるように、魔法も、限界まで使い続けることで、魔力量を……底上げする」

 「なるほど。つまり、これからやることは……」

 「とゆーわけでポーションを飲みます」

 「なんでだよ?!」

 

 話の流れからしてここは三つ目だろうが!

 

 「お前、さっき自分で言ったじゃないか! オススメしないって!」

 「うん……でも、それしか他に方法……ないし」

 「え? いや、だから、限界まで魔法を……」

 「カンタンな、魔法を、使えるほどの、魔力量すら、無いって、言ってるの」

 「………………」

 

 …………ごめんなさい。

 

 「あ、いや、でも。ほら、魔物の肉を食うとか……」

 「……魔物のお肉、高いよ? お金、あるの?」

 「………………」

 

 …………ごめんなさい。

 

 「ポーションを、飲みます」

 「はい……でも、飲むったって、どこにあるんだよ。ポーションだって金がかかるだろ?」

 「ここにある」

 

 そう言って、フローダはローブの中から一つのビンを取り出した。様々な色がマーブル状に混ぜ合わさっている、得体の知れない液体が中でゴポゴポいっている。

 

 「…………え? なにコレ?」

 「ポーション」

 「いや、これ猛がつく毒だろ。もしくは永遠にその土地をけがし続ける呪いのたぐいだろ」

 「ポーション」

 「いやいやいや! 俺、実物みたことあるけど、もっと透き通ってキレイな色をしてたぞ?!」

 「ポーション」

 

 こいつ! 壊れた人形みたいにワンフレーズだけ繰り返しやがって!

 

 「……作った」

 「え? まさか、お前が?」

 「うん。キャルロットと、訓練してる間に…………森の近くの薬草を使って。わたしにできることは、これしか……なかったから」

 「フローダ……」

 

 どこか寂しげな瞳をして、フローダは言う。そうか……彼女は彼女なりに、自分の役割を果たそうとしてくれたんだな。

 

 俺は嬉しい気持ちでいっぱいになって、フローダの頭に優しく手を置いた。

 

 「ありがとな。お前も俺のために頑張ってくれてたんだな」

 「…………別に」

 

 少しだけ頬を赤らめて、フローダはプイ、と顔を逸らしてしまう。なんだよ。ひねくれたヤツだと思ってたけど、ちゃんと優しいところもあるじゃないか。

 

 「……見た目は、ヘンになっちゃったけど……でも、味は、美味しくできたから。気にしないで、グイっといって……」

 「そうか。分かった、ありがとな」

 

 俺はもう一度、礼を述べてからポーションのビンを手に取った。せっかくフローダがここまでしてくれたんだ。ならば、その心意気に俺も応えなきゃな!


 ポン、と蓋を取る。途端、形容しがたい強烈な臭いがガツンと鼻腔びこうを突き刺した。ホントに大丈夫かコレ…………いや! 俺はフローダを信じるぜ!

 

 「よーし! それじゃあいっただきまーぶええええええええええ!!!」

 「ちっ。やっぱりダメだったか!」

 

 無理! 無理! こんなの人が飲むモンじゃない! 街の外にいて魔物を寄せ付けなくするためのものだ!

 

 「やっぱり効果を高めるあまりに魔物のふんを入れたのが失敗だったか……一応、沸騰ふっとうさせたんだけど……」

 

 糞?! 糞っつったこの子?! 魔物の糞の混入物をポーションとかのたまったの馬鹿じゃねえの?!

 

 「……まあいいや。これも一つのデータ。どうせ飲むの、わたしじゃないし……」

 「コルァァアアアアア!!!」

 「なによ……うるさい。騒がないで」

 「返せ!! さっきの俺の嬉しい気持ちとか信じる心とか返せ!!」

 「知らないよ……それよりもほら、残り、飲んで」

 「これを?! この毒物を性懲しょうこりも無くまだ飲めと?!」

 「ポーション」

 「やかましいわ!!」

 「まだ後100本あるから早く」

 「死んでしまうわ!!!」

 

 



 

 『幸運』――。

 

 

 「くさっ」

 「おい」

 「冗談なのですよー。でもあんまり喋らないでほしいのですー」

 

 まったく冗談になってねえ。

 

 「……というか、幸運を鍛える、って何をするんだ? そもそも、幸運ってスキルはなんなんだよ」

 「あー、まずはそこから説明しないといけないのですねー。んに~、まったく手間のかかるご主人様なのです~」

 

 ぷっくりと頬を膨らませたララキアは、文句を言いながら俺の頭上でひるがえった。その際、純白のワンピースの裾からフカフカのドロワーズがチラリと顔を出す。スキルも一応、下着を着てるんだな。

 

 「なぜ見えたのでしょうか?」

 「は?」

 「ご主人様が今晩のために必死になって記憶に焼き付けようとしたララキアの大事なところのことなのですー」

 

 なんじゃその質問。ってか、そんなに必死になってないわ。

 

 「そりゃあ、お前が俺の頭の上で一回転したからだろ」

 「そうですね~。でも、スカートのめくれ具合によっては見えなかったかもしれませんね~?」

 「そうだな。……まさか、お前の下着を見れたことが幸運だとでも?」

 「そうではなくー、ご主人様がララキアのパンツを見たこの現実こそに『運』という要素が深く影響している、ということなのです」

 

 ……よく意味が分からん。


 ララキアは音もなく床に舞い降り、ベッドに座る俺の膝の上にトスンと腰を落ち着けた。

 

 「運というものは、あらゆる要素を決定づける根本的要素のことなのです。ものすごく極端なことを言えば、運を支配することができれば、ご主人様はこの世界の王になることだってできるのですー」

 「そりゃあ極端だな」

 「ええ、極端ですから。幸運のスキルは、その人物……つまりはご主人様が行う様々な物事の成功率に影響するのです。剣術ならば、テキトーに振った剣が敵の急所に当たったり、剣技の威力が上がったりとか。生産ならば、作物の成長や品質、出来高。天候の巡り合わせとか」

 「なるほど。幸運というスキルは、単体ではなく、他のスキルの補助機能と考えるべきなんだな」

 「そう考えてもらって構いません。中でも魔法との関係が特に深いのです。魔法を構成する要素はたくさんあるけど、運はその中で群を抜きますので~」

 

 なるほど。魔法と幸運は相性が良いんだな…………どおりでフローダとララキア、どっちも性根がアレというか……いててっ!

 

 「何かシツレイなこと考えてませんか~?」

 

 俺の胸元に後頭部を預けるララキアが、顔を上げつつ俺の太ももをギリギリと抓っていた。そのくせ、ニッコリと天使の微笑みを浮かべているから余計に質が悪い。

 

 「いや、何も。それで、じゃあ幸運を鍛えるにはどうしたらいいんだ?」

 「鍛える、という言い方は相応しくありませんねー。幸運ララキアは他の三つの人たちと本質が違いますので~」

 

 そう答えながら、ララキアは小さな両手を前に広げた。すると、ララキアの目の前に青白く光る四角の空間が発生する。

 

 「幸運は『貯める』と考えるのが分かりやすいのですー。徳を積み、運気を上昇させる。ここに書かれているのはそのための項目なのですよ」

 「項目?」

 

 確かに、四角の空間には何やら10個くらいの項目が記されていた。

 

 ・知人と接触する     微

 ・掃除をする       微

 ・外に出かける      小

 ・初対面の人と出会う   小

 ・異性と出会う      小

 ・街を探索する      中

 ・人助けをする      中

 ・恋人を作る       中

 ・鍛錬をする       大

 ・人の命を救う      大

 

 ってカンジだ。

 さらに、上には俺の名前と、その隣には『32』という数値がある。

 

 「なんか……普通の内容だな。主に人と何かをする、ってのが多いが」

 「人の運は、他の人との関係に大きく左右されるのですー。この島で、特に親しい人物がいないご主人様ではこのような内容になってしまうのです」

 「ぐ……なるほど。本番はちゃんと人間関係を築けてから……ってことか。で、横にある『大』とか『小』は?」

 「この項目を達成したことによる運の振れ幅を意味します。気を付けなければならないのは、必ずしも幸福に振れるわけではない、ということなのです」

 「ふむ……その結果が幸福に繋がるかもしれないし、不幸に繋がるかもしれない、ってことか。じゃあ、俺の名前の横にある数値は?」

 「現在の幸運値……つまり、ララキアの力となりますー。この数値が高ければ高いほどご主人様の幸福に繋がるのですよー」

 「おおっ! なるほど、これを見れば現在の俺の運勢がどうなってるか分かるのか……ちなみに、これがゼロになったらどうなるんだ?」

 「とてつもない事が起こります」

 「え?」

 「と・て・つ・も・な・い・事が起こります。なのでく・れ・ぐ・れ・も運の管理には気を付けてくださいね~」

 「う、うっす……」


 多くは語らない、このプレッシャー。

 その瞳に何も言えず、俺はただ頷くことしかできなかった。

 

 「まあ、よっぽどバチ当たりなことをしない限り、運気はそう落ちないのです。それよりも、せっかくですから何かチャレンジしてみませんか?」

 「そ、そうだな! よし、さっそく外に出てみるか! もしかしたら可愛い女の子と知り合えるかもしれないしな!」

 「妄想だけならタダなのですー。頑張ってくださ~い」

 

 不穏な捨て台詞を残してララキアはサッと消えてしまう。なんて失礼なヤツだ。それでも俺の幸運か。

 まあいい。あんな根腐れ幼女のことなんか放っておけ。それよりも新しい出会いの方が先だ!

 

 幸運の話を聞かなければ、まず思い付かなかった考え。他人との関係構築で運気を変える。忌み嫌われている立場にずっと置かれていたから自然と人との交流を避けていたけど、それがダメだったんだ! この灰色の人生を変えたいのなら、むしろ積極的に人と関わるべきだったんだな!


 よし! やってやる! 目指せ友達100人! そして、初めて恋人!

 

 俺は期待に胸を躍らせて外の世界へと駆け出した――。



 「うわ見てエリオンよヒソヒソ!」

 「小さな女の子を連れ込んでヒソヒソ!」

 「毎晩のようにあーんな事やこーんな事をヒソヒソ!」

 「私たちにも変なことしてくるかもヒソヒソ!」

 「早く向こうに行きましょうヒソヒソ!」

 「っていうかなんかウンコ臭くないヒソヒソ!」

 


 「………………………………………………………………」



 俺は泣きながら部屋に引き籠った。






 『生産』――。

 

 

 「それでね、街の人たちがね、俺をね、犯罪者みたいな目でね」

 「うんうん。それは辛かったわねぇ~」

 「ただね、筋トレしてるだけなのにね、子どもにね、イタズラしてるとかね」

 「ちゃんと窓を閉めてからするべきだったねぇ~」

 「宿屋のね、オバちゃんもね、俺がね、廊下を歩くたびにね、通報の構えを見せるようになってきてね」

 「要注意人物として認識されちゃったのね~」

 「もうね、13回もね、自警団の人にね、職質されててね」

 「そういえば近所のパトロールを強化するようになったらしいわねぇ~」

 「街の人だけじゃなくてね、キャルロットとかもね、鍛錬の内容がね、超人レベルで要求してくるようになってきてね」

 「キャルロットちゃんはこころざしが高いからね~」

 「フローダのバカはね、もはやね、俺をね、人体実験の道具としか見てなくてね」

 「フローダちゃんは知的好奇心が強いからね~」

 「ララキアに至ってはね、幸運どころかもう不幸の権化ごんげみたいになってきてね」

 「ララキアちゃんは……ララキアちゃんは、ん~~~~~~……」

 


 「よしよし! 何があっても大丈夫。ボクにはお姉さんがいるからね~」

 「ああぁ~」

 

 

 

 

 ――そうして俺は、数々の過酷な訓練を耐え抜き、確実に冒険者として成長していった。

 

 

 「最後のはむしろご褒美なのですー」

 

 

 うっさいわ、不幸の権化め。

 

 


 

 

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