第4話 訓練開始!(訓練です。いかがわしいシーンではありません)



 『スキル』……人のいわゆる『運命』というくさりにその名を付けたのは、世界唯一ゆいいつの宗教組織、『ドーミナス教』の教祖だという。

 

 いわく、人には決められた役割があり、それを全うする事こそが神の大いなる意志なのだとか。スキルとは、その役割を形式化したものであり、『ノーマルスキル』、『レアスキル』、そして『ユニークスキル』の三段階におおむね分けられる。

 

 ノーマルスキルは一般的なスキルだ。俺が持っている四つがまさしくそれで、個性的でもなんでもない。スキルが複数持ちの場合は、全てがノーマルスキルであるのが通常だ。


 レアスキルは、ノーマルスキルから進化した、強化したものと考えればいい。例えば『剣術』なら『剣士』や『騎士』、さらに『聖騎士』とか『双剣使い』とかになる。これは訓練によってノーマルスキルから変化することもあれば、最初からレアスキルを持っている場合もある。

 

 そして、ユニークスキル。これは、世界でたった1人しか持っていない固有のスキルだ。アルフォードの『英雄の力』やレイシアの『大賢者の知恵』などがそれに当たる。どれも強力なスキルで、その保有者は冒険者にかかわらず、あらゆる面で優遇される。

 

 ここまで説明してなんとなく分かってきたと思うが、この三つの区別の仕方は、人々の間でどのくらい重複ちょうふくしているかによる。要するに、ノーマルスキル、レアスキル、ユニークスキルの順で、それを持っている人間が少なくなる、ということだ。

 

 そして、スキルが四つもある俺が、『半端はんぱ者』と馬鹿にされている理由はここにある。


 スキルとはその者が全うすべき運命。それがドーミナス教の教理きょうりだ。

 スキルが複数ある、ということは、その者が果たすべき役割が定まっていない――世界にとって必要かどうか分からない、という評価になる。だから半端者なのだ。それも、二つとかならまだ救いようはあるが、俺の場合は四つ。完全にいらない子である。

 

 つくづく、スキルというものは1人に一つ、というのが世界の絶対的な道理なのだろう。

 

 で、俺は今からそのスキルたちを育てようというのだ。

 はてさて、どうなることやら。

 

 

 

 ◇◆◇




 まずは『剣術』――。

 

 

 「剣技けんぎを覚える前に、ご主人様は基本的な身体作りができていません。だから、まずは基礎体力作りから始めましょう!」


 翌日の早朝。俺の体から現れたキャルロットは、東の空に浮かぶ真っ白な太陽に負けないほどに溌溂はつらつと輝いていた。朝っぱらから元気な事だ。

 

 「おー! ……と言いたいところだが、キャルロットよ。いくつか質問があるんだが」

 「なんですか?」

 「ああ。お前は昨日、俺が頑張らないと自分は強くなれない、みたいなことを言っていたが、それは具体的にどういうことなんだ? 俺が体をきたえることがなんでお前の成長に繋がるのか」

 「それが分からない、ということですね。申し訳ありません。説明が不足していました」

 

 キャルロットは小さく頭を下げると、おもむろに自分の胸に手を添えた。


 「まず、私は人の形をしていますが、人間ではありません。あくまでスキルが顕現化したもの。故に、一般的な鍛錬では自身を成長させることができません」

 「要するに、筋トレしても筋肉はつかない、ということか?」

 「はい。どれだけ筋肉を酷使しようが、食物を摂取しようが、肉体はこの形を維持し続けます。ですが、剣技自体は私の中にすでにあるのです」

 

 剣技がキャルロットの中に?

 

 「どういうことだ? 剣術のスキルで覚えられる技を、キャルロットはすでに習得している、ってことか?」

 「私、というより、全てのスキルがそのようになっています。スキルの中にはあらかじめ使用可能なスキルが定められており、その者の肉体や魔力量、精神の成長に応じて順次に解放していくのです」

 「なるほど、そういうことか」

 

 キャルロットの説明に合点がいったところがあり、俺は大きく頷いた。

 

 人は、体術にしても魔法にしても、それを習得する際は、突如としたインスピレーションが働くという。本能的にこれは自分が使える術技だと、そんなハッとした感覚を得て、実際に使用できるようになるらしい。残念ながら、俺はまだ一度も経験したことないが。

 

 その現象は、よく『神が降りてきた』とか、『天から与えられた』などと表現されるのだが……そもそもスキルの中に記されていた技術だったのか。そんなこと、学園では教わらなかったな…………何気にこれ、すごい情報なんじゃないか?

 

 「なるほどな……例えば、魔法使いの中でも、火系を扱う魔法使いは、水系の魔法を自力で覚えることができない。どんなに魔力量があり、どれほど魔術書を読んで練習しても発動できない……出来たとしても、非常に弱いものだ。だからこそ、スキルは人の運命である、という裏付けになるんだが」

 「それは、その魔法使いのスキルに水系の魔法が定められてないからです。ご主人様の言うとおり、書物で勉強したり、人から教えをうことで技を習得できることもありますが、それには技を体に定着させるための反復練習が必要です」

 「そこがインスピレーションとの違いだな」

 「ご主人様が鍛錬によって強靭きょうじんな肉体を手に入れれば、それに準じて私の性能も強化され、さらに使用可能な剣技を発揮することができます。そうすればご主人様もその剣技を扱えるようになるでしょう」

 「なるほど……そのための基礎体力作り、か。確かに、自分は戦闘しないからと雑用ばかりで、体力作りなんてほとんどしてこなかったもんな……よし! やってみるか!」

 「はい! まずは外に出る前に準備体操と、部屋の中で軽く筋肉トレーニングをしましょう!」

 

 キャルロットに促されるまま俺はベッドを動かしてスペースを作ると、伸脚運動や前屈などで全身の筋肉を十分に伸ばした後、さっそく腕立て伏せを始めた。

 

 「ふっ、ふっ……やっぱ、久々だと、けっこう、キツいな」

 「残念ながらご主人様の筋肉量は成人男性とほぼ変わりません。ですが、裏を返せばそれは、成長の余地がたくさんある、ということです!」

 「そうだな。今までの分を取り戻すんだから、頑張らないとな……!」

 

 と意気込んだはいいものの、やはり日頃から鍛えてない体はすぐに限界を迎え、キャルロットが設定したノルマに辿り着けない日々が長く続いた。


 それでも鍛錬の効果は着実に出てきて、二週間を超えてくると、一般的な筋トレはほとんど苦ではなくなってくる。

 

 「ふんふんふんふんふん!」

 「いい調子ですご主人様! 最初の頃とは見違えるようです!」

 「まだまだまだまだまだ!」

 「なんと驚異的なペース! それなのに息切れをほとんど起こさないとは……成長しましたねご主人様!」

 「せいせいせいせいせい!」

 「でも、早さだけではダメです! もっとフォームを意識して! どこの筋肉を使っているか考えて!」

 「はあ、はあ……! どうした俺の筋肉たち?! まだまだこんなモンじゃないだろう! もっとやればできるはずだ! そうさ! 限界は常に打ち破るために存在するんだから!」

 「ああっ、聞こえる。喜びに打ち震えるご主人様の筋肉たちの声が! 見える。ご主人様の期待に応えようとする筋肉たちの躍動が!!」

 「もっとだ! もっともっともっと! キャルロットに力をおおおぉぉ!」

 「んんっ! す、すごいですご主人様! どんどん私の中に(力が)入ってくるのが分かります!」

 「まだだ! この程度で終わると思ってるのか……キャルロット?」

 「そ、そんな! これ以上だなんて……! 私っ、どうなっちゃうの?!」

 「ほらほらほらほら! どうだ?! どんなカンジだキャルロット!」

 「あっ! やっ、んんぅ! こ、こんなの、初めて……っ!」

 「へっへっへっ。どうやらイイ具合のようだな。ならば、本気でイかせてもらうぜえ!」

 「ええっ?! ウソ、これが全力じゃないなんて……ま、待って! 待ってくださいご主人様!」

 「だが待たない! せい! せい! せあああああ!!!」

 「きゃあああっ! し、知らない! こんな(に強くなれる)自分がいるなんて、わたし知らないっ!」

 「どうだ? もうそろそろ(剣技を覚えられる段階に)イっちゃうんじゃないか?!」

 「ご主人様! 私っ、もぉ! (剣技を覚えられる段階に)イっちゃいそうです!」

 「ああ! 好きなだけ(剣技を覚えられる段階に)イくといいさ! 我慢しないでほら!」

 「あっ、やあ! あああああああああああ!!!」

 

 

 「ほら、見てごらんキャルロット。俺のここがほら、こんなに硬く」

 「ああ……なんてたくましい……」

 


 「ちょっとお客さーん?! 朝っぱらから中で何やってるの?! 小さい女の子の声がしてるけど?! そんなお店紹介してないよアタシわあ! 自警団の人よぶよー!!」

 



 次の日から、エリオンが宿屋の部屋に子どもを連れ込んでる、という噂が立ち始めた。





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