第3話 やってやるよ馬鹿野郎!



 「では、改めまして自己紹介を。私はエリオン様のスキル『剣術』であります」

 

 しばらく慰めて、ようやく気持ちを落ち着けてくれた鎧の少女が、毅然きぜんとした面持ちで言った。俺は頷き、隣のダウナー系少女に視線を移す。


 「……これ見て、分かるでしょ……『魔法使い』……」

 

 手持ちの分厚い本を見せつけながら、ダウナー系少女がつまらなそうに訴えてくる。その表紙には『魔法の書』と書かれていた。確かに見れば一目瞭然だが、自己紹介くらいちゃんとできないものか。どうもこいつはひねくれた性格をしているな。

 

 「はいは~い。お姉さんは『生産』よ~。よろしくねぇ~」

 

 少しだけピリついた空気を和ませるように、明るい調子でお姉さんが言った。少しだけジャンプし、その拍子でたわわな果実がバルンと弾む。ヤバい。ヤベェな。

 

 「あわわわ。とってもエッチなお目目なのです」

 「いやいや、そんなことはないぞ。それよりも、ということはお前が?」

 「はぁ~い。わたしが『幸運』なのですよー。あなたには縁遠い存在なのですから、存分にあがたてまつればいいのです~」

 

 ふわふわと空中を飛び回りながら舌鋒ぜっぽうふるう金髪の美幼女。可愛い顔をして言うことがえげつないな、この子。

 

 「まあ、いいや。……ところで、お前らに名前はないのか?」

 

 スキルとはいえ、全員が見目麗しい乙女の姿だ。『剣術』や『魔法使い』と呼ぶのは少し味気ないように感じる。


 「いえ、ありません。私たちはあくまでご主人様の才の一つなので」

 「気になるんだったら、ボクがお姉さんたちのお名前を考えてみたら?」

 「俺が?」

 

 自分を指差すと、全員が一様に頷いた。まあ、本来は俺のスキルだし、俺しかいないわな。

 

 「んじゃあ考えるけど……そんな期待とかしないでくれよ?」

 

 なにせ、人の名前を考えるなんて初めてだからな。子どもができたわけでもないし。それ以前に恋人すらできたことねーし。ってか、レイシアとロリエッテ以外の女の子とまともにおしゃべりした記憶すらないなぁ。

 

 「ご、ご主人様? なぜ目から涙が?!」

 「は? 泣いてねーし。これはアレだし。大切なものを守り抜いた男の勲章だし」

 「何か大切なものを守り抜いたのですね?! さすがはご主人様です!」

 「守り抜いたというか……攻め込まれなかったというか……」

 「攻め込んだことがない、の間違いじゃないですかー?」

 「攻め込む相手すら見つけられなかったものね~」

 「もはや戦う相手すらいないのですね?! さすがはご主人様です!」

 「やめて。ホントにもうやめて。心がもたへん」

 

 マジで容赦ないなこいつら?!

 

 これ以上、無駄話を続けて心がえぐられる前に、俺は急いで名前決めの思案に入った。

 そして、約30分の協議の末、『剣術』はキャルロット、『魔法使い』はフローダ、『生産』はリズ、『幸運』はララキア、ということで決着がついた。

 

 「さて、名前が決まったところで……本題に行こう。そもそも、お前らはなんなんだ?」

 

 4人をベッドに並べて座らせて、俺はその前に立ち、訊ねる。

 

 「なんなんだ、と申されましても……私たちはご主人様の才です。スキルです」

 「それは分かる。いや、ぶっちゃけ意味わからんが、ここは呑み込んでおく。だが、スキルが人間になって外に出てくるなんて聞いたことがないぞ」

 「そう言われてもねぇ。みんな、こうして現に実体化してるわけだから。ほら、触ってみて?」

 

 ぐい、と胸を突き出してウィンクするリズ。ふっ、誰がそんな安っぽい挑発に乗るものか。

 

 「……ヘンタイ」

 「はっ、体が勝手に?!」

 「もはや条件反射ですねー。よっぽど女の子にえているのですー」

 

 フローダの軽蔑の眼差しを浴びて、俺は無意識にリズへと伸ばしていた右手を引っ込めた。「あらあら」と微笑むリズは、少し残念そう。

 

 まあ、とにかく、話を聞いた限りでは、彼女たちもどうして自分たちが顕現けんげん化したのか分かってないようだ。

 

 「もしかしたら、それこそがご主人様の真の能力なのではないでしょうか?」

 「俺の真の能力?」

 

 そんなことがありえるのか? だとすると、俺のスキル名は『顕現化』とか『擬人化』のようになるはずだし、第一、スキル鑑定士が見逃すはずがない。


 まあ、仮にそれが俺の能力だとしても、一つ、疑問が残る。

 

 「じゃあ、どうして発現したのが今日なんだ?」

 

 スキルが発現するのは学園入学前の、天啓の間での儀式だ。だとすれば、在学中になんらかのスキル発動のきざしがあってもおかしくないはずなのに。

 

 「それは恐らく、状況のせいだと考えられます」

 「状況?」

 「はい。思い出してください。私が初めて顕現化した、あの時のことを」

 

 キャルロットが顕現化した時……?

 

 言われるままに、俺は約二時間前の森での出来事を思い返す。ジャイアントベアに襲われ、絶体絶命になったあの瞬間。

 

 「私はあの時、ご主人様の強い意志を感じて、この世界に導かれました。きっとその想いが理由なんだと思います」

 「想い……俺は、あの時……」

 

 ジャイアントベアが飛び掛かってきて、初めて【死】というものに直面した。

 


 ――ああ、そうか。


 

 その瞬間、なんとなく全てがに落ちたような気がして、俺は自然と皮肉ひにく染みた笑みを浮かべる。

 

 考えてみれば、パーティではずっと、戦闘はアルフォードやレイシアに任せっきりだった。俺はと言えば、その後ろの安全な場所で彼らの背中を眺めているだけで……本気で戦ったことはなかった。真剣に何かと向き合うことなんて、一度も無かった。

 

 でも、独りになって。初めての戦闘に追い立てられて。

 そこで俺は覚悟を決めたんだ。ジャイアントベアと戦うことを。誰かが決めたこの下らない運命に立ち向かおうと、心を燃やしたんだ。

 

 「そういうことだったのか……」

 

 だけど、その事実は、俺に深い失望感を与えた。途端に体から力が失われていき、俺は後ろの壁にもたれかかった後、ズルズルと腰を落としていく。

 

 「俺はずっと、アルフォードたちに守られていて……あいつらからしたら、安全地帯でのうのうと過ごす俺を目障りに感じてたのかもしれない。俺が少しでも努力をしていたら……守られるだけじゃなくて、一緒に戦う道を選んでいたら……もしかしたら、少なくとも、あんな別れ方にならずに済んだのかもな……」

 「…………何を言い出すかと思えば、まだあんな連中に未練があるの? バカ?」

 「こちらがどうあろうと、向こうは初めからあなたを見捨てるつもりだったのです。そもそも仲間だとすら思ってなかったのですよー」

 「2人とも、やめてあげなさい。あの人たちはエリオン様の大切な人たちだったんですもの。ほぉら、ボク。こっちにおいで~」

 「おぅふ」

 

 リズに手を取られ、急に引っ張られたかと思うと、俺の顔はその豊満すぎる乳房ちぶさの中に放り込まれた。

 さらにリズは腕に力を込め、俺の頭をどんどん谷間に埋もれさせていく。

 

 「辛かったねぇ。悲しかったねぇ。大丈夫。お姉さんがぜぇんぶ受け止めてあげるから。ほら、いい子いい子~」

 「ああぁ~」

 

 優しく語り掛け、とどめとばかりにナデナデまでしてくれる。シャツ越しから感じる人肌の温かさと、ほのかに汗が混じる甘い匂い。そして、程よい弾力と柔らかさが共存する蠱惑こわく的な感触に、頭部を往復する優しい手付き。その心地良さに、胸に巣食すくっていた悲しみとか虚しさがゆっくりと溶けていく。

 

 なんという極楽。ここをアヴァロンと名付けよう。

 

 「だったら、これから頑張りましょう!」

 「え?」

 

 そうしてリズの抱擁に甘えていると、キャルロットが急にそんなことを言い出した。

 

 「これまでの自分に悔いがあるのなら、これからそれを挽回ばんかいしましょう! そして、ご主人様を傷付けたあの人たちを見返してやりましょう!」

 「……無理だよ、そんなの」

 

 俺は、希望に満ち溢れた瞳から顔を向けた。

 

 「お前も俺のスキルなら分かってるはずだ。複数のスキルがあった場合、どうあがいても強さには限界がある、と。それが分かってたから……戦闘じゃ役に立たないから、だから俺は少しでも役に立とうと、パーティの雑用を買って出るようにしたんじゃないか」

 「で、でも、ご主人様だって努力をすればきっと……」

 「無意味なんだよ! お前だってジャイアントベアに歯が立たなかっただろ?! 結局、それが俺の実力なんだよ! もう身の程知らずの夢に憧れるのはやめて、現実を見ろ!!」

 

 俺はたまらず吠えた。よりにもよって俺のスキルでありながら、その俺を諦めようとしない無責任さに。

 他ならぬ、自分自身に言い聞かせるために。

 

 キャルロットからの反論はやってこない。やっと諦めてくれたのか。もしくは、俺に幻滅げんめつしてしまったのか。ちょっと可哀想なことしちゃったかな…………いや! このくらい言わないとダメなんだ!

 

 「う……ひっく、うぅ……」

 「え?」

 

 と思った矢先、すすり泣く声が聞こえて俺はおそるおそる振り返った。

 

 必死に両手で顔を拭いながら、キャルロットが号泣していた。

 

 「え?! 泣きっ、えっ? ちょ、キャルロット?!」

 「わ、わだじがっ、弱かったかりゃっ、ごしゅ、ご主人ザまにめーわぐおっ!」

 「ちがうちがうちがう! キャルロットは悪くない! みーぃんな俺が悪いの! ごめん! ごめんな!」

 「ちがいまずぅ! キャルロットのせいでえぇっ」

 「あーあ……泣かした……」

 「スケベでヘタレの上に子どもまで泣かせるなんて。ララキアたちのご主人様は大したお方なのです~」

 「うぐぐぐぐ……っ!」

 

 野次やじを飛ばしてくる外野2人を無視して、俺は泣きじゃくるキャルロットをリズと協力してなぐさめる。

 リズの胸(アヴァロン)の中に運ばれたキャルロットは、優しく背中を叩かれて徐々に落ち着きを取り戻していく。やがて、まだ瞳に涙を溜めながらも、れぼったい顔で俺を見上げた。

 

 「キャルロットは、強く、なりたいです……強くなって、ご主人様のお役に立ちたいです……!」

 「キャルロット……」

 「……でも、キャルロットは所詮、スキルだから……私だけではどうにもなりません。ご主人様じゃないと……」

 「………………」

 

 涙に濡れて、それでも強烈な光を宿す二つの目。この意志、この想いに、俺はどう言葉を飾れば、全てをうやむやにできるだろう。

 

 ――そうじゃねえだろ!

 

 もう傷つきたくない。そう願うか弱い俺を、誰かが激しく叱咤しったする。無駄だ。分不相応な夢は持つな。やらない根拠をいくら探しても、この瞳を曇らせなければならない理由になりはしない。

 

 「……何をすればいいんだ?」

 「えっ?」

 「俺が何をすれば、キャルロットを強くしてあげられるんだ?」

 「ご主人様……!」

 

 俺が言うと、キャルロットは赤くなったほっぺを大きく実らせた。

 

 「へえ……やる気になったんだ……」

 「ヘタレのご主人様にできますかね~?」

 

 すると、端から見ていた2人が意地悪く笑う。

 

 「うっせえよ。自分のスキルにここまで言われて、ご主人様が諦めてる場合じゃねえだろ。いいよ、やってやるよ。こうなったらトコトン、自分に納得が行くまでやってやろうじゃねえか馬鹿野郎!!」

 「はい! やってやりましょうご主人様!!」

 「おうよ! で? 何をすればいいんだ?!」

 「そうですね、まずは……」

 

 「腕立て伏せ1000回と腹筋500回と反復横跳び100往復とマラソン20kmと水泳10kmと剣の素振り1万回と、それから実践訓練として下級の魔物10匹討伐から始めましょう」

 「ふおぉぉ……」


 


 「……ホントにできますかね~?」

 「さあ?」

 

 フローダの呆れたような溜息が転がった。





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