第2話 さらに3人増えた!



 無事に森を抜け出すことができた俺は、街へと続く街道かいどうの端で少女を下ろした。改めて彼女の素性を確かめたかったからだ。

 本音を言えば、早く街に戻って一息つきたかったのだが、ただでさえ悪名あくめい高い俺が、小さな女の子を担いできて誰が好意的に見てくれるだろうか。下手すりゃ誘拐犯と間違えられて監獄かんごく行きだ。

 

 「えっと、それで、もう一度確かめるけど……キミは俺の……?」

 「はい! ご主人様の才の一つです! 名は『剣術』と言います!」

 

 この子は『剣術』のスキルか。確かに、剣を持ってるもんな。

 

 「……ん? ちょっと待てよ。俺にはあと三つのスキルがあるんだが……」

 「はい! 『魔法使い』、『生産』、『幸運』の才もご主人様の中に存在しています!」

 「俺の中に……え。もしかして、その三つもキミみたいに人の姿になることができるのか?」

 「おそらくは。ご主人様がそう念じれば、呼び出すことができるでしょう」

 「マジか。ちょっとやって……いや待て、ここではまずい」

 

 街の外とはいえ、どこに人の目があるか分からない。この能力がよく分からない以上、あまり人に知られるのは得策じゃないな。

 

 「とりあえず、街に戻ろう。えっと、キミは、どうするんだ? 俺のスキルに戻ることはできるのか?」

 「はい。私の本体はそもそもご主人様の中にあります。この姿の私はその力を顕現けんげん化したものですから」

 「えっと……つまり、消えることはできる?」

 「あっ、私はいなくなった方がいいんですね。了解しました。それではまた後ほどお会いしましょう、ご主人様」

 

 鎧の少女はペコリと頭を下げると、光の粒になって消えてしまった。辺りを見回しても、この草原にたたずむのは俺1人しかいない。

 

 「本当に消えた…………夢、じゃないよな、これ……」

 

 少女の消え様があまりにあっけなさすぎて。

 

 実際に触れ、会話もしたのに、今でも少女への疑心が拭えないまま、俺はフラフラと街へ向かっていった。

 

 


 ◇◆◇


 


 グレートヘヴンへの侵攻にあたり、人類は大陸から最も近い最南東の地に港湾こうわんと、それを管理するための町を作った。

 

 そこを足掛かりに、長い年月をかけて商店街や住宅街などの施設を、魔物たちの襲撃から耐えながら形成していき、やがて大規模な街が出来上がる。

 

 この街を『エルステイン』といい、ここが冒険者たちの拠点となっている。ヴェザレート学園は街の北部に築かれており、すなわち学園は冒険者の養成所である一方、エルステインの領地を広めるための基地としての側面もあわせ持っているのだ。

 


 「はっは! そうか、パーティから追い出されたか!」

 「は、はぁ……まぁ……」

 「はっはっは! そりゃあ仕方がないことだぜエリオン! テメェみたいな半端者があのパーティに所属していること自体、天変地異みたいなモンだからな! むしろ入れてもらえただけでも感謝しねえと!」

 「そ、そうっすよね……」

 「おう! それが分かったらとっとと国に帰りな! テメェみたいな役立たずがこの街にいたってどうしようもないからな! ここは今、世界で最も注目を集めている島だ! 住んでいいのは選ばれた冒険者たちだけ! 分かったな?!」

 「あはは……わ、分かりました~……」

 

 衛兵にテキトーに相槌あいづちを打って、俺は門から街に入った。

 

 エルステインは島外からの観光客で栄える港町みなとまちと近代的な街並みが融合した複合都市である。

 門を抜けた俺は、そのまま港町の端にある小さな宿に入った。ヴェザレート学園から卒業した以上、もう寮には戻れないからこのような宿泊施設に頼るしかない。もちろん、手持ちなんてほとんどないから場末のボロ屋だ。

 

 ちなみに、学生時代ですでにいくつもの功績を上げているアルフォードは、学園にほど近い北側に邸宅と広大な土地を市から与えられている。代わりに有事の際には、その武力で奉仕しなければならない契約になっているので、一概に羨ましいとは言えないけれど。


 だけど、住む場所に困らないのはやはり、羨ましい。とても広い建物で、アルフォードだけではなく、レイシアや他のパーティメンバーもそこに居候いそうろうしている。一応、俺の部屋も用意されていたが、パーティから追放された今、そこに戻ることは二度とできないだろう。


 「はいよ、二階の一番奥の部屋ね」

 「ああ、ありがとう」

 

 受付のばあちゃんから鍵を受け取り、俺はそそくさと階段を駆け上がった。

 

 暗くて細い廊下は静けさに満ちている。どうやら俺の他に宿泊客はいないらしい。好都合だ。

 指定された部屋のドアを開け、中に入る。傷んだ床に小さなテーブルと1人用ベッドが置いてあるだけの、ひどく薄汚れた部屋。そりゃ客も来ないわけだ。

 

 そこで俺は大きく溜息を吐き出した。ようやく落ち着ける場所にやってきて、ドッと疲れが湧いて出てきたのだ。

 

 だが、まだ俺には確かめなければならないことがある。

 

 剣やその他もろもろの荷物をテーブルに置くと、おもむろにベッドに腰掛けて、そっと目を閉じた。

 

 「念じる……念じる? ん~~~~~~……」

 

 念じる、つったって、何を念じればいいのやら。スキルを呼ぶって、そもそも意味不明だしな……。

 

 「……なんだろう。呼べばいいのか? えーっと、スキルよ出てこい!」

 

 しーん。

 

 「スキルよ、人間になーれ!」

 

 しーーーん。

 

 「…………おほん。エリオン=アズロードが命じる。我が肉体の内に眠るスキルたちよ、顕現化せよ!」

 

 しーーーーーーーん。

 

 …………なんか泣きたくなってきた。

 

 え? なんで出てこないの? やっぱりさっきの夢?! 生死の境に見た妄想?! そんな馬鹿な!

 

 「出てこいよさっきの女の子!! 女の子!! 女の子!! 女の子!!」

 「お客さーん! 自分だけだからってちょっと騒ぎすぎよー! 外まで聞こえてるよ声ー! みんな見てるよー!」

 「あっ、すんませーん! 外の皆さんもすんまっせーん!」

 「女の子と遊びたいならイイ店しょーかいしてあげるからー。まったく、近頃の若いモンはぁ……」

 「……………………」

 

 いかがわしい恰好をした女の子がいっぱいってるチラシをゲットだぜ!

 

 ビリッ。

 

 「…………え? いや、なんで出てこないの? え……本当に夢? マジで? 病んでね? おれヤバくね? いやまあ、あれだけの事があったらそりゃ病んでもおかしくないけどさ……」

 

 あかん。本格的に自分が怖くなってきた。やっぱり、スキルが実体化するなんて有り得ないことなのかな……。

 

 「ええいっ! もう! とにかく誰でもいいから出てきてくれよお!!」

 

 もうやけっぱちの想いで、俺は泣き叫ぶように怒鳴った。

 

 その瞬間、俺の全身が強く光り、四つの光の筋が放たれる。それは空中でみるみるうちに人の形を作り、間も無く見目麗しい少女たちが目の前に降り立った。

 

 「ただいま参上しました、ご主人様!」

 

 俺の前にひざまずくは、先ほどの鎧の少女。

 

 「………………」

 

 その隣でジッと俺を見つめるのは、分厚くて大きな本を持つ、紺色のローブを頭から被ったダウナー系の少女。

 

 「はぁ~い、ボクちゃん。お姉さんが来ましたよぉ~」


 そんで、俺の隣に腰掛けているのは、圧倒的胸部を閉じ込めるピチピチと白シャツと、赤と黒のチェック柄のスカートを着用した色気ムンムンのお姉さん。

 

 「ようやくお外に出られたのですー。んふ~」

 

 最後に、天使のような小さな羽をパタパタと羽ばたかせて宙に浮いている、金髪の美幼女。

 

 「………………」

 

 出てきおった。

 夢じゃなかった。夢のようだけど、夢じゃなかった。

 

 出てきてくれた。

 

 「ご主人様? どうされました?」

 「…………いや、ん、ちょっと、いろいろと感情が入り混じってて……」

 

 嬉しような、ホッとしたような、腹が立つような、泣きたいような。

 

 「とりあえず……いろいろと聞きたいことがあるんだけど、まず。なんですぐに出てきてくれなかったの?」

 「はい?」

 「いや、俺、呼んでたじゃん。キミたちのこと。呼んでたじゃん外にも聞こえるほどの声で」

 「そうねぇ。一生懸命、まるでママとはぐれちゃった子どもみたいに。あの時のボク、とってもカワイかったわ~」

 「でもでも、騒ぎすぎてお宿の人から怒られてたのですねー」

 「その上……外の連中からわらわれて…………くく、無様」

 

 キョトンする鎧の少女の周りで、なんか生暖かい眼差しを向けてくる3人。誰のせいでそうなったと思ってるんだ、こいつら。っていうか、俺が呼んでたことを知ってんじゃねえか!


 「あ、あの、私はその、切羽詰まった感情が届いて。その、実は声は聞こえていましたが、あの……事前に『念じる』と説明した手前、声で出てくるのは約束が違うのではないかと……」

 「真面目か! いーよそんな気遣い! そのせいでむしろ恥かいたわ!」

 「も、申し訳ありません! ご主人様に恥をかかせるとは一生の不覚! かくなる上はこの命をもってお詫びを!」

 

 と、鎧を外してインナーをめくり上げる黒髪の少女。つるんとしたおなかと包帯で巻かれた膨らみかけの胸が露になる……ってそれどころじゃねえ!

 

 「いや待て! そこまでしなくていいから! ほら、剣を放しなさい!」

 「い~え~! 仕える主人の顔に泥を塗るなど騎士として~!」

 「おバカ! そんなプライドなんかで命を粗末にするんじゃありません!」

 「あうぅっ」

 

 無理やり黒髪の少女からロングソードを奪い取り、そして俺は他の3人に振り返る。

 

 「はぁ……はぁ……で? お前らは?」

 「ごめんなさい。必死なボクがかわいくて」

 「1人っきりで奇妙な言動をする姿がおかしくて」

 「どのくらいで心が折れるかな~、って見てみたくて」

 「お前らは死ね。今すぐ死んで詫びろ」

 

 

 呼び出しておいてアレだが、とっとと消えてくれねえかな、この3人。

 

 

 

 

 

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