第9話 過去編 ~一つの家族~



 『村』――未開地を開拓し、支配圏を広げる目的で築かれた人類の拠点。グレートヘヴンに降り立った人類は、魔物を排除しながら少しずつ森を切り開き、そこに生活基盤を形成していった。そうしてエルステインの原型となる町を造ると、その地を発展させつつ周囲に勢力を伸ばし、勝ち取った地域に村を開いていく。それを続けて、人類は着実に支配権を拡大させてきた。

 

 ナナルル村もまた、そのような目的で造られた振興村しんこうそんだった。冒険者による魔物の排除と地域調査・地図作成作業で裏付けされた、ツリーアレストより西側に進んだ地帯に位置する人類支配圏の最前線。

 

 通常、村が新たにおこると、まずは『先住組』という農家と冒険者たちで構成される100人規模の集団で生活を営むことになる。要するに、その地域は本当に拠点とするには相応しい場所なのかを確かめる試金石しきんせきだ。

 そして、一か月間程度の経過観察を経てギルドから安全だと判断されたら、一週間に約10人くらいのペースで人口を増やしていく。


 開かれて二か月が経過しているナナルル村にはすでに人口増加の波が訪れており、始めは寂しかった振興村は、週を追うごとにその賑やかさを高まらせていく真っ最中だった。

 



 「パパ! ママ! こっちこっちーっ」

 

 ナナルル村近くの森の中。無邪気に走る女の子を先頭にして、とある親子が草むらを掻き分けて進んでいた。薬草や食用の野草などを回収し、村に持ち帰るためだ。

 

 家族での外出が嬉しいのか、獣道けものみちすらない茂みの中を、女の子は縦横無尽に駆け回っている。

 

 「こらこらー。あんまり離れないようなー。迷子になっても知らないぞー?」

 「戻ってきなさいアイリ。ほら、危ないでしょう? こけちゃって怪我したらどうするの」

 「だいじょーぶだもんっ! アイリはもう6歳なんだから! ケガなんてそんな――きゃあっ」

 

 振り返り、両親に言い返しながら女の子――アイリが後ずさりしていた時である。何かがかかとに引っ掛かり、後ろにひっくり返った彼女の小柄は草むらの向こうに消えてしまった。

 

 「アイラっ」

 「あーもう、だから言ったでしょうがー」

 

 その一部始終を見ていた父親は今までのにこやかな笑みを消して大声を放ち、母親は呆れた口調で娘のドジっぷりを嘆いた。

 

 「パパ! ママ! たいへんっ! 早くこっちに来てー!」

 

 次の瞬間である。アイリの悲鳴のような呼び声が草の向こうから響いてきた。それを受けて、両親は一度、顔を見合わせると、少しだけ歩調を早めて動き出す。

 

 「ああ、今すぐ行くよ!」

 「やっぱり怪我したんだろう? だから戻ってきなさいって言ったのに」

 

 それぞれの反応を見せながら2人はアイリが消えた草むらの前に立ち、腰を折ってその向こうを覗き込む。

 

 そうして2人が目にしたのは、地面にうずくまるアイリの傍で倒れている、ボロきれを纏った全身傷だらけの少女の姿だった。

 

 「な、なんだこれは?!」

 「こっちに来なさいアイリ!」


 それを視認した瞬間、父親は叫び、母親は急いで娘を呼び寄せた。

 その後、妻と娘を退避させた父親は、恐る恐るといった調子で少女に近づき、口元に手を添えてみる。てのひらに感じるかすかな吐息。泥にまみれた頬に手を当てると、かなり頼りないが、存命を証明する温もりが伝わってくる。


 「ど、どうなの? その子……もしかして……!」

 「……いや、生きている。かなり弱っているが、この子はまだ死んじゃいない。しかし……一体、何があったんだ? こんなに傷だらけで……そもそもどこから来たんだ?」

 「きっと他の近くの村からよ。私たちのように森の中を散策してて、魔物か何かに襲われたんだわ。それよりも、生きてるなら早く治療してあげないと!」

 「パパ!」

 「ああ、分かってる。早く村に連れていこう。僕が担いでいくから2人は先に村に帰って警備の人たちを呼んできてくれないか? もしかしたら、まだ近くに魔物がいるかもしれない」

 「分かったわ。さあ、行きましょうアイリ」

 「ぱ、パパ、頑張ってね! 気をつけてね!」

 「ああ。ほら、行きなさい」

 

 父親は娘に答えると、未だ目覚めない少女の体を優しく抱き上げた。そして、駆け足で村へと向かう2人に続くように森の中を引き返していった。




 ◇◆◇




 「…………」

 

 意識を取り戻した時、目の前に広がっているのは安っぽい茅葺かやぶき屋根の天井だった。

 

 「…………、あ、ぃ……っ」

 

 現状が理解できず、ぼんやりとかすみがかった視界の中を彷徨っていると、ズキンと脳内に重たい痛みが走った。さらに、全身を包み込む倦怠けんたい感とかゆみをともなうずきがやってくる。思わず声を漏らすと、傍に人の気配が生まれた。

 

 「おや、目が覚めたかね」

 「え……?」

 

 それは、眼鏡をかけた初老の男性だった。床に敷かれた藁のベッドの中で横になっている少女の隣に座り、優しい口調で問いかけてくる。

 

 「おはよう。わたしはこの村の医師だ。キミは森の近くで倒れているところを発見され、ここに連れてこられたんだ。覚えているかね?」

 「……たお、れて……?」

 

 頭痛に苛まれる少女は、その問いかけにうまく答えることができない。すると、医師は「ふむ……」といぶかしげにあごを指でさすり、もう一度、質問を繰り出す。

 

 「では、キミの名前を教えてくれるかい? それと、どこの村の出身なのかも」

 「な、まえ……?」

 「そう。名前と村。キミのことについて話してほしいんだよ」

 「……わたし、の、こと……? あうぅっ」

 

 医師から促され、少女は記憶の糸を辿り始める。しかし、その途端、頭痛が激しさを増して思考を完全に阻んだ。思い出せない、ではない。思い出してはならない――そんな強迫観念に近い壮絶な悪寒が彼女の本能に訴えかけているのだ。

 

 「だ、大丈夫かい? 頭が痛むのか?」

 「……分か、らない……」

 「分からない? ……もしかして、自分のことを思い出せないのかい?」

 

 頭を抱えて身悶える少女を見かねて、医師は優しく頭を撫でてくる。そんな彼に対し、少女はかすかに頷くことしかできなかった。

 

 「先生、もしかしてその子は……」

 

 その時、別の男性の声が意識の外からやってくる。頭痛に耐えながら目を薄く開くと、壁際に並んで座っている男性と女性、そして2人の子どもらしき小さな女の子を発見した。

 一見すると、彼らは親子なのだろう。医師は、何やら悲壮感を漂わせるその3人に深く頷いて応える。

 

 「うむ……どうやら記憶を失っているようだ。村どころか、自分の名前すら忘れてしまっているらしい」

 「そんな……」

 

 医師の返答に、男性がガクリと肩を落とす。先ほどの声の主はどうやらこの人のようだ。


 「おーい、マイルズせんせー!」

 

 その時、部屋の外から若い男性の声が届いた。次いで、ドタドタと慌ただしい足音が響いて、暖簾を掛けた通路の口から青年がひょっこりと顔を出す。

 

 「おお、リースか。どうだった?」

 「ダメだったよー。周辺の村に確認してみたけど、行方不明者は何人か出ているみたいだけど、この子に該当する情報は無かったよ。あっ、てか目が覚めたんだね」

 「うむ、ちょっと前にな。しかし……どこに住んでいたのかも分からない、か。困ったな……これではこの子の素性を知りようがない。親元に送ろうにもこれでは……」

 

 少女を一瞥いちべつし、医師――マイルズは額に手を置いて悩み始める。少女の処遇について考えているのだろう。

 そうして彼の答えを静かに待つ神妙しんみょうな空気の中、完全に室内に入ってきたリースと呼ばれた青年が、親子の隣に腰を下ろしながら言う。

 

 「というか、おかしくない? 近隣の村じゃない、ってことは、この子はどこから来たの、って話じゃない? もしかして、島の外から来てたり?」

 「いや……確かに、稀に定期船に密航して島にやってくる者はいるが、ウリムス村とかならともかく、エルステインの北西に位置するこの村まで、しかも幼い子が来るなんてありえない。もしかして……この子は闇っ子なのではないだろうか?」

 

 「闇っ子?」とリース。

 

 「そうだ。偶にいるのだ。誕生を役所に届けず、周囲に存在を隠されながら育てられる、そのような戸籍の無い子どもが。子ども同士で性行為をしたり、名家の御曹司が他所よそで女を作ったりしたりして、望まない子が産まれると……な」

 「なるほど……子どもを産んだなんてバレたら評判が悪いから、世間体を守るために存在ごと隠しましょ、ってことか。自分たちで作っておいてムナクソ悪いな」

 「それでも、ちゃんと育てるならまだいい。しかし、周囲の人間にひた隠し、それ故に誰にも悩みを打ち明けられず、ストレスを溜め込みやすい環境のため、育児放棄したり、虐待行為に走る親も出てくるのだ」

 「彼女もそうだった、ということですか?」

 

 男性の方が訊ねると、マイルズは「うむ」と首肯して、ベッドに横たわる少女の体を優しく抱き締め、ゆっくりと引き上げていった。

 

 その結果、起き上がった彼女の体から毛布がずれ落ち、包帯まみれの痛々しい容態ようだいあらわになる。


 「彼女の体……一見すると重体のようだが、しかし、傷はどれも浅く、致命的なものは無い。その中には日常的に付けられているようなあざもいくつか見つけられた。魔物相手の怪我ならこうはならん。人為的なものを感じる」

 「つまり、日常的に虐待をされていた、と?」

 「その可能性が高い。それに……見なさい。この子の様子を」

 

 男性に答えた医師は、背中に添えていた手を少女の頭に持っていった。そうして優しい手付きで髪をくように撫でてみるが、彼女は一切の反応を示さない。

 

 「傷だらけの体。目が覚めて、知らない人ばかりの状況。自分のことも、村の事も思い出すことができない現実……それなのに、涙どころか表情一つさえ変えない。感情を失っているんだ。よほど辛いことが……トラウマになるようなことがなければ、こうはならない。記憶を失ったのも、それが原因かもしれない」

 「じゃあ、あそこに倒れていたのは……」

 「……もしかしたら、親から殺されそうになり、逃げ出したのかもしれないな。それだったら、周辺の村からの失踪届しっそうとどけが出てないのも頷ける」

 「可哀想に……自分が腹を痛めて産んだ子だってのに、虐待だなんて。信じられないよ……全く」

 

 その時、それまで黙って話を聞いていた母親が、怒りを孕んだ言葉を落としながらゆっくりと立ち上がる。そして、マイルズとは反対側から少女へと歩み寄り、その包帯だらけの体をギュッと抱き締めた。

 

 「今まで……辛かったね。よく頑張ったね。もう大丈夫。ここにはアンタをイジメるヤツなんかいないよ。もし、そんなヤツが出てきたらアタシがぶっ飛ばしてあげるからね。だから、安心しなさい」

 

 さらに、母親は少女の頭を撫でながら温かい言葉を送った。涙に潤む瞳に、溢れんばかりの母性を宿らせて。

 

 「お、おい、お前……まさか……」

 

 そんな母親の発言と態度を見て、何かを悟ったらしい父親が表情を引きつらせる。続いて、父親の反応を目にした医師も遅れてその意味を理解し、腕を組んだ。

 

 「ふむ……ということは、この子をこの村で預かる……いや、このウォーカー家で引き取る、ということでよろしいかな?」

 「ああ。村長への口利きは任せたよ、マイルズさん」

 「おいおいおい。本気か、ナンシー?」


 その決定に、慌てて口を挟んだのは父親だ。自分を無視して取り決められていく口約束を我慢できなかったのだろう。

 すると、母親は非難染みた眼差しでジロリと父親を睨みつける。

 

 「なに? もしかして反対する気? アンタはこの子を放っておける、っていうの?」

 「い、いや、そういうわけではないよ……僕だってなんとかしてやりたいと思っているし」

 「だったらいいじゃない。アタシたちもこの村に移り住んでまだ日が浅いんだから。この子も含めて、本当の意味での新生活を始めていけば、さ」

 「そうかもしれないけど……でも、子どもがいないならまだしも、僕たちにはアイリがいるんだからさ」

 「あーら、子どもを盾に取るつもり? それじゃあ、どうするかアイリに決めてもらいましょうか? アイリー、ちょっと来てごらんーっ」

 

 不満げに頬を膨らませ、それからなぜか勝ち誇った顔をする母親は、父親の隣に座っているアイリを手招きした。そうしてトテトテと歩み寄ってきた娘を膝の上に誘導し、少女と対面するように座らせる。

 

 「はーい、アイリ。今日からこの子があなたのお姉ちゃんになりまーす」

 

 そして、両手で少女を示しながら、アイリに言った。

 

 「お姉ちゃん?」

 「そ、お姉ちゃん。アンタ、ずっとお姉ちゃんが欲しかったもんねー?」

 「うんっ。あのね、友達のジェシカちゃんのお姉ちゃんがキレイで優しくてっ、だからアイリもお姉ちゃん欲しかったの! アイリにお姉ちゃんができるのっ?!」

 「うん。この子がそうだよ」

 「やったー! よろしくねお姉ちゃーんっ!!」

 

 改めて母親が少女を紹介すると、アイリは喜びを爆発させて彼女の腹に思いっきり抱き着いた。それも束の間、飛び跳ねるように立ち上がると、呆然としている少女の両手を掴んで、よく分からない歌を歌いながら体全体を使って踊り回る。

 

 その喜びようを見て、さすがに反論する気も失せたのか、父親は苦笑ながら2人の不格好なダンスを眺め、

 

 成り行きを見守っていたマイルズとリースもまた、アイリの歌声に快活かいかつな笑い声を重ね、

 

 

 この日、

 森の中で行き倒れていた名も無き少女に、一つの家族ができた。


 

 


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スキルが美少女になりまして ~俺を裏切り、パーティから追放した親友と幼馴染たちを見返してやるために、目覚めた『スキルを擬人化する』能力で生まれた女の子たちと冒険へ出かけます~ @uruu

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