第4話 英雄とは
発着場に現れたイッシンは俺たちの輪の中に入ってきた。
「アンデッド……とはどういう意味だ? イッシン=ゼンドウよ」
そうして俺の隣に座り込むイッシンに、ミーティア村長が訊ねる。イッシンは冷たく引き締めた表情を上げて、彼に答えた。
「話はさっきから聞いていた。あの魔法陣を維持するための魔力のことについて悩んでいたんだろう?」
「その答えがアンデッドだというのか?」
「ああ」と返事をするイッシン。
「俺とエリオンがエルステインから脱出し、人類支配圏を逃走していた時のことだ。俺たちはヘラクレイオンを構成する
「アンデッドたちが?」
「そうだ。その時は魔物支配圏に近いこともあり、特に不思議に思っていなかったが……しかし、ベンジャミンが
「ああ……媒体を守るために、ベンジャミンが
俺がそう答えると、イッシンはあけすけに顔を険しくした。
「あの霧が発生している時点で誰も媒体には近づけない。そんな場所にわざわざ守衛を置く必要は無いだろ」
「あっ……それもそうか。だったら、あいつらをあそこに配置した理由は……」
「……ネクロマンサー……発動者はベンジャミン……そうか。ヤツらこそがヘラクレイオンの維持させている要素なのだな?」
小首を傾げる俺の傍で、ミーティア村長が理解の言葉を呟く。そんな彼を見上げ、イッシンは満足げに頷いた。
「今回の事件の中で活性化したアンデッドは全て、ベンジャミンの能力によって作られたものだ。そして、その原動力は言わずもがな、ヤツの魔力だ」
「なるほど……セレナーデが宝石や木片に魔力を込めたように、ベンジャミンは己の魔力を込めたアンデッドを利用した……すなわち、バッテリーとして用意しておいた、というわけだな? そいつらが常に媒体に魔力を供給しているので、こうして長時間のヘラクレイオンの維持が可能になった……」
「もっと言えば、あの魔法陣の中には大量のアンデッドが発生しているんだろう? そいつらも利用できると考えれば、魔力切れでヘラクレイオンが消失する、という可能性は無いと考えておくべきだ」
「ふぅむ……確かにな」
皴だらけの顔をさらにクシャクシャにして、ミーティア村長は黙り込む。その様を見て、俺はどうしようもない閉塞感を覚えずにはいられなかった。
「じゃあ、どうすればいいんだ? ヘラクレイオンがある限り、エルステインには入れない。でも、魔法陣を消そうにも、媒体に近づくことはできないし、魔力切れを起こすことも無い。だとしたら、もうエルヴィスたちの要求を聞き入れるしかできない、ってことか?! 本当に何もかもが手遅れなのか?!」
イッシンと、ミーティア村長を交互に見回しながら俺は訴える。そのうち、イッシンは渋い顔でそっぽを向いたが、ミーティア村長は俺から背かず、返した。
「いや……実は、もうすでにヘラクレイオンを消失させる方法を一つ、思い付いている」
「えっ? 本当ですか?!」
ミーティア村長の発言に、その場にいる全員がざわついた。「うむ」と彼は重く頷き、さらに言った。
「媒体の一つでも破壊することができれば、魔法陣は効果を失う。今すぐ、というわけではないが……ある者の協力を得ることができればそれも可能だろう。問題は、その後の事だ」
「その後?」
「
「ああ……確かに。でも、アンデッドの大群くらい、それこそ各村に留まっている冒険者たちを全員あつめて、みんなで一斉に戦えばなんとかなるんじゃ……」
不幸中の幸いと言うべきか、エルヴィスたちの計画のおかげでエルステインの外にはたくさんの冒険者やフォルミスの団員がいる。それに加え俺とイッシンに、頼りたくは無いが、一応、アルフォードたちもいるのだ。これだけのメンバーが揃えば、どんなにアンデッドの数が多くてもなんとかなると思うが。
だが、そんな予想は楽観だと言わんばかりに、ミーティア村長は悩ましげに頭を掻いた。
「ふぅむ……それができれば申し分ないのだが……残念ながらそうはいかない事情がある。というのも、現在、各村は魔物による攻撃を受けておるのだ」
「はあ? 魔物による攻撃?!」
「左様だ。しかし、これは恐らく、ベンジャミンたちが意図したものではない。ただ、ヘラクレイオン発動時における
なんてこった……まさか、そんな事態になっていたなんて。
そういえば、前にも似たようなことがあったな。アリエルたちと共同クエストに出た時、エンシェントドラゴンから発せられた魔力のせいで興奮状態になったバブーンたちに襲われたんだっけ。
「ただ、人類支配圏で起こる魔物の被害だ。そもそも件数が少ないので、数倍といっても大したことは無い。皮肉というべきか、村にいる冒険者たちで十分、対処可能だ。この村も昨晩の激しい戦闘のせいで魔物たちは遠くに逃げていったので、今のところ被害は出ていない……しかし、今後はどうなるか分からない」
「だから、安易に冒険者たちを招集することはできない、というわけですね?」
「その通りだ。しかし……実は、私の不安はそこではないのだ」
「不安?」と俺は眉を
「エルステインを
「……市民の大多数が……ですか。とんでもない被害者数になりそうだ……でも、確かに、アンデッドに殺された人間はアンデッドとして復活しやすい、ってのは有名ですからね」
「うむ。無論、その事は知っているが……しかし、それにしても増加のスピードが早すぎる。エルステインの人口はおよそ10万弱。その大多数がたった一晩でアンデッドに変貌してしまうなど、通常の増え方ではまずありえない。恐らくだが、ベンジャミンは爆発的にアンデッドを増やす手段を編み出しているのではないだろうか? もし、そうだとしたら、
「……なるほど。そういうことですか」
ミーティア村長が口にした「不安」の意味を悟り、俺が
もしかして、俺たちがそれに気付くことまでベンジャミンは計算していたのか? そうしてヘラクレイオンの除去に
「じゃあ、やっぱりヘラクレイオンは消すことができない、と?」
「いや、そういうことではない。ヘラクレイオンを除去するには、その危険性を排除しなければならない、ということだ。その手段がどのようなものかは
「……つまり、魔法陣の媒体の破壊作業と、ベンジャミンの殺害を同時進行で行う必要がある、ということだな」
イッシンが言うと、ミーティア村長は「左様」と首肯した。
「ここにいる者の中で潜入チームを結成し、ヤツらがいる客船の中に侵入して、ベンジャミンを暗殺する。それと同時に魔法陣を破壊すれば、ヘラクレイオンが消失したとて、アンデッドたちは脅威ではなくなるはず」
「そうすれば、後はアンデッドたちを倒しつつ人質の救助に向かえばいいだけですね! 人質さえいなくなれば、アリエルを助け出して、エルヴィスたちをやっつけるだけだ!」
「うむ。しかし……一つ、懸念がある。夜明けの鷹の面々から聞いた話では、エルステインには特別警戒体制が施行され、上流階級の者たちは皆、ギルドに避難したらしい。つまり、人質たちはそこにいると思われるが……間違いなく、ベンジャミンたちの仲間もそこで人質たちを見張っているはずだ。ヘラクレイオンが消えた時、切羽詰まったその者たちが凶行に及ばんとも限らん。これに関しては、外にいる我々にはどうしようもできない」
「……そうですね。中と連絡する手段も無い以上、エスティアさんたちに計画を伝えることも、注意を促すこともできませんし…………でも、このまま何もしなければ全てが終わってしまう……一体、どうすれば……」
ミーティア村長の不安を継いで、ロリエッテが沈んだ声で零した。それに影響されてか、その場にいる全員が暗い面持ちで閉口する。
「……大丈夫だよ、きっと!」
だからこそ、俺は呑気に笑った。楽観的な言葉を
「エルステインにはエスティアたちがいる。それに、イスズたちもいる。エンシェントドラゴンを倒し、メロリアンレースに優勝するようなヤツらが残ってるんだぜ? 何を不安になってんだよ! あいつらが大人しく連中の言いなりになってるわけねぇだろ? きっと今頃、ベンジャミンの仲間たちを叩きのめして人質を助け出す作戦を考えているはずだ! いいや、もしかしたらもう、一仕事終えて、俺たちがヘラクレイオンを消すのを紅茶でも飲みながら優雅に待ってるんじゃねーかなぁ?」
ありえない、と分かりきっていることをおどけた調子で並べ立て、少しずつ頬の強張りを解いていく人たちに向かって必死に呼びかける!
「だから、信じようぜ! 中にいる人たちの力を! そいつらだけじゃない。捕らわれているとはいえ、ギルド長もいる! イワンさんもいる! 俺たちが助け出さなくても、自力でどうにかしちまうような人たちがあそこにはいるんだ! そんな人たちを気遣って何もしないで、それであいつらが喜んでくれると思うか? どうしてやるべきことをしなかった?! 冒険者ならば、自分の役割をしっかりと果たせ! そう俺たちを叱り飛ばすはずだ! そうだろ?!」
「そ、そうだ。ランドレッドさんならきっとそうやって皆を勇気付けてくれるはずだ!」
「それに、エルステインにはコルネリアルもオムニス・フローラリアのメイドたちもいる!」
「ははっ、なんだよ! アレコレ策を講じても、まだまだ重要な戦力が街には残ってるじゃねーか!」
「終わってない……おれたちはまだ終わってない!」
「そうだ! 俺たちはまだ終わっちゃいねえ! ここから始まるんだ! 思い知らせてやろうぜ! テメェらが一体、誰にケンカを売ったのかを! エルステインの王様になりたい、なんてガキでも抱かない妄想に取り憑かれた哀れな中年に、現実ってモンを叩きつけてやろうじゃねえか!!」
「「「「「おおおおおーーーーっっっ!!!」」」」」
俺の呼びかけに合わせて大声をハモらせ、拳を高く突き上げる冒険者たち。今までの湿っぽい空気はどこへやら、意気揚々と声を弾ませて仲間同士で鼓舞し合い、打倒ベンジャミンたちに向けて気持ちを昂らせていく。よし、これなら大丈夫そうだな。
「ふぉっふぉっふぉ……こうも見事に人々の心を奮わせるか。メロリアンレースの時といい、やはり貴公には人を魅了する特別な力があるようだ」
何やら意味深なことを言いながらミーティア村長は朗らかに笑い、そして俺に視線を落としてきた。
「さて……それでは潜入チームを決めようと思うが……無論、貴公は参加するのだろう?」
「ああ、もちろんだ。アリエルは必ず俺が助ける。それに……ヴェラのことも放ってはおけないしな」
「うむ。では、他にチームに加わる者は……」
「俺だ」
俺に次いで参加を表明したのはイッシンだ。
「イッシン……」
「……今回の事件の首謀者、その1人であるエルヴィス=アシュクロフトは俺の元パーティメンバーだ。だから、ヤツの不始末は、この俺が責任を取る……この刀に懸けてな」
「イッシン……大丈夫か? だって……」
「……心配ない。確かに、俺は一度、ヤツに後れを取った……だが、それは刀に迷いがあったからだ。裏切りの事実に心を揺すぶられ、ヤツを殺す覚悟も無いまま刀を振るった。その一刀に斬れるものなどあるはずがない。だが、もう大丈夫だ。迷いは断った……今度こそ、ヤツをこの手で
吐き捨てるようにイッシンは言い、俺から離れていった。その言葉はきっと、1人になった時間の中で、自分の中のあらゆる感情や思い出と向き合い、ようやく折り合いをつけた末に生み出したものなのだろう。
「よかろう……貴公の参加も認めよう。さて、他には?」
「わ、私もっ」
ミーティア村長の問いかけに挙手して応えたのはロリエッテである。しかし、ミーティア村長はすぐさま頭を左右に振った。
「残念ながら、潜入チームに貴公の力が役立つ時は無いだろう。それよりも、貴公はここに残り、人質たちを救出した際の怪我人の治療に当たってほしい」
「そ、そんな……」
「ロリエッテ、俺も村長と同じ意見だ。戦闘能力の無いお前には潜入は危険すぎる。大人しくここで俺たちの帰りを待っていてくれ。女神様の幸運を持つお前が祈っててくれるなら、きっと俺たちは無事に帰ってこられるはずだからな」
「……はい。分かりました……」
俺の説得を受けて、ロリエッテは渋々といった調子で頷いた。
その後、ロリエッテに続いて冒険者たちが次々に潜入チームへ名乗りを挙げるが、ミーティア村長はそれら申し出を片っ端から断っていく。
「貴公らの意思は尊重したいが、潜入チームは少数精鋭が望ましい。
そう理由を述べた後、彼は視線を動かし、離れた場所に座るアルフォードに目を向けた。
「アルフォード=ゼクエス。貴公こそ、ここで名乗りを上げるべきではないのかな?」
「はァ? オレがだと? ざっけんな」
指名されたアルフォードは、ケンカ腰に答えながら立ち上がり、さらに俺を指差して吠える。
「そこのゴミカスと一緒に仲良く戦えってのか? 冗談じゃねえ! なんでオレがンなチームに参加しなきゃならねえんだよ!」
「貴公が英雄として人々から
「……っ」
が、ミーティア村長に容易く論破されて言葉に
……しょうがねえ。
「いーぜ、別に参加しなくても。怖がるヤツを無理やり連れていっても可哀想だからな」
「はァ?! 誰が怖がってるって言った?! 腰ぎんちゃく野郎が!!」
後頭部で手を組みながら挑発的な言葉を零すと、案の定、アルフォードが噛みついてくる。その単細胞具合にもはや哀れみすら感じつつ、表面上は陽気に続けた。
「もちろん、お前のことだよアルフォード。俺と一緒に
「ふざけんな! あんなカス連中に誰がビビるってんだ?! ってか、オレがお前らよりも弱いだと?! 一回、まぐれで勝ったくらいで調子に乗ってんじゃねえぞコラァ!!」
「いーよいーよ、強がらなくても。お前はここで大人しくお留守番してな。お前の分も俺がしっかりと戦ってくるからさ。そんで事件の後は、俺がお前に取って代わる新しい英雄として頑張っていくからよ」
「テメェ……!」
俺の絶え間ない口撃に、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。アルフォードが早足で歩き出し、一気に接近して俺の胸倉を掴んだ。
周りの高揚した雰囲気を切り裂く、一触即発の予感。ロリエッテが口を押さえ、皆が
「悔しくねえのかよ?」
「ああっ?!」
「あいつらの
「…………」
「正直、俺だってお前と一緒に戦うなんて真っ平ごめんだよ。だけどな、そんなことはどうでもいい、と思えるくらいに今はあいつらにムカついてんだよ。お前は違うのか? 高みの見物を気取ってられるほど冷静なのか? 違うよな? 今だって、腹が立って仕方ないくらいにブチ切れてる。でも、俺がチームにいるから意地を張って名乗り出ることができなかった。そうなんだろ?」
「…………テメェ……!」
アルフォードの
「俺とか、英雄とか、この際どうでもいい。お前はお前の苛立ちをぶつけに行けよ。結果、それで英雄としての務めを果たせたら万々歳じゃねえか。それとも、本当にビビってて、チームに参加したくないからあーだこーだ言い訳を付けてた、ってのか?」
「……っ! ざっけんな! オレがビビってるわけねーだろうが! ああ、いーよ! やってやるよ! テメェらなんか必要ねえ! オレがあのゴミ共全員、ぶっ殺してやるぁ!!」
怒声を撒き散らし、俺の手を振り払うようにして胸倉を放したアルフォードは、床板を軋ませる乱暴な歩き方で元の場所に引き返していった。
「……では、アルフォード=ゼクエスよ。貴公も参加で構わないな?」
「……好きにしろよ」
「ふむ……アルフォード=ゼクエスよ。貴公に一つ、忠告しておこう。英雄とは、自ら認めるものではない。他者から認められるものなのだ。自尊心を誇るがあまり、大切なことを見落としてはならぬぞ?」
「うっせえ!」
ミーティア村長にさえ牙を剥き、アルフォードはドッカリと座り込んで以後、押し黙ってしまう。森の賢者にすらあんな態度を取れるなんて、ある意味、最強だよなあいつは。
「……ふむ。では、他にチームに相応しい人員は……」
が、ミーティア村長はそんな無礼を
そうして様々な協議の末、俺とイッシンとアルフォード、さらにレイシアとキャシーの5人が潜入チームとして選出されたのだった。
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