26 最下層の1歩手前で(※ガイウスサイド)

 水場のある小部屋のすぐ近くに、冷気が吹きあがってくる階段があった。恐らく、この下が最下層だろう。


 ミリアは今、天幕の中で身体を拭いている。この程度の時間一人で見張りをするのは苦にならないガイウスだが、女性は気を遣うんだな、などと呑気なことを考えている間にミリアが汚れた水と手ぬぐい、桶を持って天幕から出て来た。


 水場は小さな洗面台のようなところに、獅子の口から水が出て、下に排水溝がある造りになっている。その排水溝に水を捨てたミリアはまた桶に水を汲んで手ぬぐいを綺麗に洗い、硬く絞って、水を捨て、また水を汲んだ。


 横目でそれをぼんやりながめていたガイウスに対して、ミリアはにっこりと笑ってその桶と手拭いを差し出してきた。


「はい、ガイウスさんの番です」

「え? いや、俺は……」

「臭いです」

「え……」

「臭います。ハーフアンデッドのせいだと思いますけれど、流石に3日間、体を拭いもしないのは衛生的に問題です。あと、臭いです」


 そこまで臭いだろうか、と思ったが、服の感触もたしかにちょっとどろどろしているし、今までは自分と他の4人、という考え方だったので気にもしていなかったが、ミリアと二人で今はダンジョン攻略中だ。


 ガイウスにそこまで何かを求める人というのはいなかった。ガイウス自身もだ。自分のことを後回しにしてきていたツケが、こんな所にまであったのか、と少し茫然としつつ桶と手ぬぐいを受け取って天幕の中に入った。


「魔法で服を洗浄するので、脱いだものを隙間から出して貰えますか?」

「あ、あぁ、わかった」


 洗濯までしていたのか、と驚いたが、たしかに天幕から出て来たミリアの姿は返り血などは残っておらず綺麗なものだった。


 そこで、はたと気付いてしまった。下着は……下着はどうすべきだろうか、と。


 着替えに入っているから適当に汚れ物として麻袋に入れてアイテムインベントリに突っ込んでおくべきだろうか。それとも、好意を無駄にしないためにも下着も一緒に差し出すべきだろうか。


 すっぽんぽんになって暫く下着を握ったまま睨めっこしたガイウスは、外から「ガイウスさん?」と声が掛かるまで悩みに悩みぬいて、やはり下着は女性に預けるべきではない、という結論に至り、下着以外の衣服と装備を天幕の隙間からそっと差し出した。


「その、洗濯を頼むよ」

「はい。水魔法と風魔法の初級ですぐ乾くので、その間に身体を拭いちゃってください」


 魔法弓で無茶をしたせいでところどころ裂けた装備を受け取ったミリアは、あの無茶をしたガイウスを思って少しほろ苦く笑う。しかし、信じてくれたから、だと思うと嬉しくもあった。


 言った通りに水魔法と風魔法の初級魔法を組み合わせて風の渦の中で水でぐるぐると装備品を回して、その回転で汚れを水の中に溶かして落としていく。


 その間にガイウスは自分の身体を拭った水がどんどん汚れていく事にげんなりしながら、終わる頃にはこれはもう手ぬぐいとして使えないだろう、というぼろ布になった布と、汚れた下着を麻袋に入れてアイテムインベントリに仕舞った。


 これは確かに、ゴブリンの腰布程臭かっただろう、と思いながら新しい下着に履き替える。


「洗濯が終わりました。どうぞ」

「ありがとう、ミリア」


 また天幕の隙間からそっと差し出された装備品を新しい下着の上から身に纏い、その清潔な感触に驚きつつ、少し不器用に繕われた装備品を見て口許を綻ばせた。


「今日の晩飯は俺が作るよ。繕ってくれてありがとう。御礼にうんと精が付く物を作るからな」

「えっ?! あっ、はい、えぇと……はい!」

「明日は最下層になるだろうから……どうした? 顔が赤いけど、具合でも悪い?」

「あ、はは、いえいえ、大丈夫です! そうですよね、最下層ですもんね、精を付けないとですね!」

「? うん、ちょっと待っててくれ」


 顔が赤いミリアは何を誤解したかをガイウスは理解しないまま、ミリアもその誤解を伝えないまま、ガイウスはかまどを組み始めた。

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