13 性根の叩き直し(※三日月の爪サイド)
朝陽が昇る頃、リビングに怒号が響いた。
「いつまで寝とる気じゃあっ! この若造どもが! 今日からお前らの仕事は山積みなんじゃぞ、はよ起きんかい!」
「うぇっ?!」
「……あと5ふん……」
「はいぃっ?!」
「……頭が、痛い」
しこたま酔って、散々に本音を吐き出して、気持ちよく眠っていた所をバリアンの怒号で起こされた『三日月の爪』のメンバーは、のそりと身体を起こした。
蹴られるようにして顔を順番に洗い、食事の支度をリリーシアに命じたバリアンは、一先ず残りの三人をさっさと厩舎に連れ出した。今日は拠点から出す予定がない。風呂ならばあとで入ればいい。冒険者ならば、数日風呂に入れない、体も拭けないのが本来当たり前だ。
「こんなに早くからドラコニクスの世話を……?」
「おんしら、何にも気付いておらんかったようだからの。いいから世話をしてみろ。あと、それぞれのドラコニクスには目の前の餌を与えるように。好みの餌を食わないと調子を崩すのがこいつらじゃ、おんしら適当に与えておったろがい。そのせいで糞尿や体臭が酷い事になっていたのに、気付かんのか、この悪臭に」
と、言われても、とグルガンとハンナとベンは(ついでにリリーシアもだが)、顔を見合わせて困惑した。騎獣とはそういう臭いのするものなのだろう、と思っていたからだ。後ろ足で地面をかいたり、遠吠えしたり、神経質に鳴いたりも、最近は外に連れ出せていないからだと思っていた。
観察力が低下している。バリアンはまず、気付かせることは諦めて、最低限必要なことは怒鳴りつけてでも覚えさせることにした。自分たちの連携が取れずに依頼に失敗する位ならばまだ可愛いものだが、ドラコニクスの異常に気付けないとなると本当に街に被害が出る。
今日はとにかく藁を替えて餌と水をやるのを見届けてから、昨日ガイウスが掘った穴の場所に、バリアンがスコップを2本、インベントリから出してやる。
「ほれ、お前ら男は藁の始末じゃ。昨夜のうちに今まで溜めておかれた分は処理した。穴を掘って藁を入れて、火付け石で燃やして灰になったら土をかぶせろ。灰になるまでは土をかぶせるなよ、土の温度で火が消えて臭いが残るからの」
「う、はい……」
「……重労働だな」
「それをガイウス一人がやっとったんじゃ。追い出したからには責任を持てぃ」
それを言われると、何も言えない。昨夜の記憶はほとんどないが、自分たちが表面上後悔していたのだとしても、酒の席でしこたまガイウスについて吐き出した事位は覚えている。街の人々の態度についてもだ。
そういう物を全部知られてしまっては、なんとも言えない気持ちでやるしかない。自己責任、という気持ちはまだ残っていたが、ガイウスが居ればこんなことには、などという不満は顔に出てしまっている。
酔っぱらった時、体調が悪い時、人はうまく自分も他人もごまかせないし騙せない。すかさずバリアンの拳が不満げな二人の頭をげんこつで殴った。
「その顔はなんじゃ! 自分の騎獣じゃろが! 世話できんのなら王宮に返せ!」
二人は苦虫をかみつぶしたような顔で、作業にとりかかった。頭の上が痛い。ついでに二日酔いで頭の中も痛い。言い返す元気も無ければ、思考能力も低下している。バリアンの正論に、頭がまともであっても言い返す言葉などなかっただろうが。
「あとそこのハンナ。バケツに水を汲んできてドラコニクスの身体を拭いてやれ。暫く悪臭を放っていたからな、綺麗にしてやらにゃいかん。本当は水浴びさせてやるのがえぇんじゃが、今のお前さんらのドラコニクス、どうもなついとらん。水浴びの間に逃げ出されるぞ。ほれ、さっさとせい!」
「はぁ~~? なんで私なのよ。なら私がご飯を作るわ」
「はぁ~~? じゃないわぃ! 誰がどの担当でも構やせんがの、どうせ持ち周りじゃぞ。ほれ、さっさと手ぬぐいとバケツを持ってこい」
表面上は強気だが、ハンナは押しに弱い。ワガママで、察して欲しいという部分も大きい。はっきり役割を伝え、どちらにしろやらせる、と言えば渋々ながらも動きだす。
バリアンは王宮騎士団後方支援部隊の総長で老師だ。見て来た兵の数が違う。『三日月の爪』の性格は実践訓練の様子からお見通しだが、だからこそ透けて見えた不満のようなものをはっきり聞いておく必要があった。
冒険者も兵士も人間だ。少なからず不満に思うこともあるだろう。それならそれで、自分で代替案を出すなり自分たちが責任を持って環境を変えるなりすればいい。しかし、ガイウスが抜けたあとの行動にはそのどちらも無かった。
拠点のドラコニクスの世話ですらそうだ。ガイウスに不満があるのは分からなくもないが、それはお互い、「声を掛けるのを辞めた結果」だ。ぶつかり合ってでも意見を言い合うとき、間違いを正すとき、そういうものがあって仲間だ。あれでは、一時雇われの便利屋だ。仲間ではない。
ガイウスは今後「諦めずに声を掛け続ける、ぶつかり合うことを恐れない」という面を鍛えてやらねばと思うが、どうも今はいい出会いがあったようだ。一時的にそちらに任せてもいいだろう、とバリアンは思う。
しかし、『三日月の爪』にはそういうものは無い。ギルドを通して、ようやくバリアンが手を出せた。拠点に居座るという真似もできる。権力ある老人の特権であり、嫌われる部分だが、生憎いまの『三日月の爪』に嫌われても何の腹も痛まない。
とにかく最低限の常識は教え込み、無駄な不満は徹底的に追い出してやらねばならん、とバリアンは考えている。その結果、自分に不満が向いたとしても。
若い彼らがいずれ……そう、10年後か20年後か、それ以上先かは分からないが、『あの時があってよかった』と思えるように。徹底的に、『三日月の爪』を叩き直す。
ドラコニクスの世話を一通り見届け、ハンナの手伝いをグルガンとベンにもさせた所で、リリーシアが朝食ができたと声を掛けにきた。ドラコニクスの世話を終えた道具をしゃきしゃきと片付けさせて、一先ず4人は朝食の席へと向かった。
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