12 師匠と弟子の邂逅

「こんな夜中に侵入者とはの」

「…………お久しぶりです、師匠」

「本当じゃったらお前に雷を落とす所なんじゃが……ダメじゃな、完全にお前に依存し切っていた。なのに、気付いていない」

「……俺が、声を掛けるのを、諦めたので」


 夜中の『三日月の爪』の拠点にそっと忍び込んだガイウスに、全く酔っていないバリアンが声をかけた。酩酊状態になる程酒に弱くない、というのもあるが、あらかじめ酔い止めをギリギリまで服用していたのもある。


 ガイウスは他人の領分に踏み込んでしまうほど、己のあらゆる技術の習熟に熱意があり、それでいながら出会った頃は若さもあって、本業の仕事を奪ってはいい気になっていた。それを徹底的に叩き直したのがバリアンだ。


 他人の領分に簡単に踏み込んではいけない。自分の領分は極めすぎることは無いから徹底的にやれ。ただし、どんな時でも他人は尊重するように。


 ガイウスはそれを遵守した。ただ、本当ならば飯の支度や騎獣の世話、拠点の掃除、野営の設営から見張り、買い出し、そういった所は『協力』すべきだった。それをバリアンから学んだはずが、声を掛けるのを諦めてしまった、と自覚しているのなら、ガイウスの方は特に『三日月の爪』を恨んではいないのだろう。バリアンも、態とこの状態に陥らせた訳ではないと分かったので雷は落とさないでおく。


「ま、もう少しぶつかってもよかったとは思うがの」

「それは……そうですね。俺が、悪かったです。クビにされた時には……、もう未練も無かったので。後は自分たちで出来るという心算があったものだと」

「何にも考えておらんかったよ。——まぁそっちは、ワシが鍛え直すから気にせんでえぇ」

「……尻拭い、お世話かけます」


 孤児だったこともあってか、居場所から逃げ出した経験からか、他人への執着は非常に薄い。それでも2年間パーティを組むくらいには、ガイウスは気に入っていたのだろうに。


 それもあって、何故ガイウスが抜けたのかがバリアンは気にかかった。クビにされた、とは喧伝するような弟子ではない。が、一度縁を切るとされれば、それまでのように1から10まで面倒を見てやる気もないというのもガイウスだ。


 街中の『三日月の爪』の評判の悪さはすぐに王宮にも届いた。大討伐戦。年4回行われる魔獣の討伐戦は、王宮の騎士団と有志のハイクラス冒険者による連合部隊で行われる。


 『三日月の爪』はS級に上がったのだから当然報告が入る。しかし、昇級した途端にバリアンの弟子が脱退させられ、その後悪い噂が流れ始める。


 ガイウスの性質から、嫌がらせをするような真似はしない。結果的に、冒険者としての初心を忘れて基礎的なことができなくなった『三日月の爪』が、迷惑をかけて回ったからこその研修だ。力だけがあればいいというものではない。それではならず者と一緒だ。


 そして、やらかした事が見事に『ならず者』のやる事であり、他人を尊重する事まで忘れてしまったのに、力だけがついてしまった、というパーティになってしまっている。それは、仲間同士の連携の取れなさでも証明されているだろう。


 表面上は反省できても、長年染み付いたその性根は、酒に酔ってしまえばあっけなく剥がれるメッキのようなものだ。


 自分たちがどれだけ真面目にやろうと思っていても、悪者にならないように穏当にガイウスを辞めさせたのだとしても、2年間を共にした……なんなら、生活まで面倒を見られていたのに……相手を、恋人同士の生活の邪魔だからと追い出すあたり、少々世間知らずが過ぎた。


 バリアンが知った事をガイウスは知らない。それを知らせて傷付けるのもよろしくない。雷を落とさないで背中を軽く叩いてやる。こちらはこちらで、ある意味世間知らずなのには変わりない。


「さて、ドラコニクスの遠吠えが気になったのか」

「はい。王宮のもですが、王都のあらゆるところから遠吠えが聞こえてきて……数日前に出た時にはそんな様子は無かったので……心当たりが、ここしか」

「騎獣の世話の仕方や特性まで忘れているあたり……お主も甘過ぎたのは本当に、重々反省せぇよ」

「すみません」


 不法侵入は良くない事だが、ガイウスはどうしても気にかかる。ミリアから聞いた噂が本当なら、気に掛けていたドラコニクスの事……そして、それによる人災が起こる可能性も否定できない。


 飛竜の街中への襲来。ドラコニクスに普段は興味を示さなくとも、弱った餌となる魔獣の匂いを嗅ぎつければ別だ。竜種は竜種同士で食い合いもする。より強い力をつけるために。


 冒険者の拠点がここには集まっている。飛竜でも倒せなくはないだろうが、それまでの間に甚大な被害が出る。


 想像力が足りなかったと言えばガイウスにも責任はあるだろう。しかし、誰が自分の騎獣の世話が出来ないだとか、店の人を呼びつけるだとか、回復薬の使い方を知らないだとか、急にクビを宣告された時点で思うだろうか。


「しかし、お前も声を掛けた、それを聞かなかった。だから、諦めたんじゃないんかの」

「まぁ、そうなんですけど……。あ、やっぱりか……はぁ」


 厩の側にバリアンは立っていた。そこに徐々に近付いたガイウスは、ひどい悪臭を放つ藁山に顔を顰めた。


 というか、厩舎にこんな臭いが漂っていたら、何も知らなくとも嫌でも燃やして埋めたりしないか? と、思ったものの、今の『三日月の爪』に何かを期待してはいけないのだと、改めて思い知る。


 全て間違っていたのだろう。胸ぐらを掴み、緊張感の無い野営のテントを蹴り倒し、どんな言い訳や非難を浴びても、ガイウスが『三日月の爪』に自分のことは自分でやらせなければいけなかった。『協力』とは、『共同体』とは、本当に難しい。


 ミリアとしたように買い物をし、声を掛け続けなければいけなかった。ミリアにも、慣れさせてはいけない。自分が先にやってはいけない。少しずつ、慣れていかなければ。


 苦い顔をしながら、黙ってインベントリからスコップを取り出した弟子を見て、バリアンは苦笑を浮かべるしか出来ない。


「師匠がやった事にしておいてください。お説教も……ついでに。俺は、嫌われてるの位は分かってるので……善人気取りか、と言われた時には、もう……他人が複雑すぎてよく分からなくなるので」

「難儀じゃのう。……ま、ええわぃ。鍛え直すのに来たからな、ワシじゃあなきゃS級パーティなぞ抑え込めんわ」

「ふ……、王宮騎士団後方支援部隊の総長で、老師ですからね」


 喋りながらもざくざくと穴を掘り、悪臭を放つ汚れた藁を中に入れて火付け石で燃やす。燃えている間に、厩舎横にまとめておいたドラコニクスの餌を運んだ。


 ドラコニクスの厩舎の、ドラコニクスの首が届かないところに好みの餌を置いてやる。


 関わるのはここまでだろう、とガイウスは思ったし、『三日月の爪』に至ってはガイウスが来たことなど知りようも無いだろう。知らなくていいとも思う。


 燃え尽きて灰になった藁に分かるようにこんもりと土を盛ってやる。街中の遠吠えが、徐々に大人しくなっていく。


「ほんと、お主は難儀じゃの。城に来たら雇ってやるぞ?」

「そう、ですね……、一つ約束をしたので、それが終わって、一人になったら……、俺も共同体で生きていく練習がしたいので、考えてみます」

「まぁ、ならんと思うがの。さぁて、お主は不法侵入じゃし、そろそろ追い返すか」

「いつまでもお世話になります。……あとのこと、お願いします」

「ええぞぃ。ワシは街の人間より、すこっしばかりお主にも、このパーティにも詳しくなったからの。……また会いに来い、ガイウス」

「はい、師匠」


 やるべき事を終えて深く頭を下げたガイウスは、そっと『三日月の爪』の拠点を後にした。


「若者は手が掛かるのう……」


 頭を下げたガイウスも、自分たちが気付いてないだけでまだまだ甘えた考えの今の弟子たちも、バリアンにはどちらも手が掛かる。


 それが楽しいが、と思いながら、バリアンも拠点に戻り、リビングで潰れている彼らはそっとしておいて、ガイウスの部屋だった家具だけが置かれた部屋に入り込み、一人ベッドに横になった。

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