11 研修は続くよ家までも。その頃、宿屋にて
「親睦を深める為にも今日からここに世話になるぞぃ。よろしくな」
「は、はい……」
手荷物もなく『三日月の爪』の拠点にやってきたバリアンを出迎えて、グルガンたちはそれを追い返すこともできずにただ迎え入れるしかなかった。
「ガイウスの部屋が空いとるじゃろ。そこを使うから気にせんでえぇ。ほれ、飯と酒も買い込んできたぞぃ、飯はまだじゃろ?」
「えぇ、あの、はい、まだです」
ずかずかと上がり込むバリアンに頷く以外出来ないまま、全員で連携について話し合っていたリビングに乗り込まれると、バリアンの方が驚いて目を見開いた。
まさか真面目に復習してるとは思わなかったのだ。感心、感心、と皺のある顔の皺をもっと深くして、バリアンはリビングのソファの空いた場所に腰掛けるとテーブルの上が空くのを待って、酒やら料理やらをインベントリから取り出して所狭しと並べた。
強制的に中断された作戦会議だが、バリアンには目的があった。あの連携の取れてなさはある意味では異常といえる。サポーターはあくまでサポーターであり、本来C級の魔物のフォレストウルフにS級まで上がったこのパーティが『サポーターが抜けた程度で』苦戦する理由はない。言ってしまえばゴリ押しで勝てる。
「まぁ吞め吞め、食え食え。戦闘のことなら明日からしっかり教えてやる」
「いただきますぅ……!」
「かたじけない」
「そろそろ頭使うのも疲れたしね」
「バリアン先生、何から何まですいません」
そうして酒と料理、バリアンの今日の『よかった所』の褒め言葉に気を良くして程々に酔っ払ったところで、バリアンはずっと聞かねばならないと思っていた事を聞いた。酔ったフリをしてだ。醒められては堪らない、せっかくの準備が無駄になる。
「ヒック、それで? なんでガイウスをクビにしたんじゃぁ?」
質問に瓶でラッパ飲みしていたグルガンが、テーブルに瓶を勢いよく置いて坐った目と赤い顔で答えた。
「正直邪魔でした! それだけです! な、ハンナ?」
「そーなのよねぇ……、あ、バリアン先生? 私とグルガン、ベンとリリーシアはデキてるの。ラブラブなの。それでまぁ、ね? 野営の火の番とか一人でしてくれるのはよかったけどぉ、カップル2組と同じ屋根の下で、独り者の男が寝起きしてんのよ。じゃ〜ま〜!」
「ひっく……、それに、野営の時も、その、聞き耳たてられてるんじゃって……、なんかいやでしたし……んん、ベンさん」
「【アイテム師】を馬鹿にする気は無かったが、邪魔、と言われて追い出されるより、庇いきれない、の方がまだマシだと思ったから、そう言って別れた。もちろん退職金も払ったし円満に……なのに、拠点いっぱいになる程アイテムを溜め込んでるなら溜め込んでるで、アイツ、言って行ってもよかったんじゃないか?」
同じく瓶でエールを煽るベンは、一見酔ってないように見えながらも饒舌になっている。リリーシアは酔っ払ってベンにべったりと甘え、グルガンは怒りさえ滲ませ、ハンナは邪魔邪魔と連呼する。
バリアンは日中見直した『三日月の爪』をマイナス180度まで見損なった。パーティは遊びじゃない。脱退するのがアイテム師だったとして、拠点いっぱいにアイテムが溢れるのを把握していないのに、引き継ぎにもついて来なかった?
それに、この屋敷に入る前に気付いていた。ドラコニクスたちがストレスを溜めている。世話はしているようだが、ガイウス程気を回してはいないのだろう。好みの餌がある、というのは買う時に説明される事だが、大方ガイウスに任せている間に忘れたと思われる。
……しかしまぁ、愛弟子が恋愛沙汰で邪魔と言われて追い出されたと思うと、なんとも言えない気持ちになる。サポーターは戦闘のメイン火力にはなり得ない。そのかわり、後方から完全な援護をすることに誇りを持っている。
「で、その邪〜魔〜なガイウスに、ヒック、お前さんら、何を任せとったんじゃ〜? 邪魔だったからには、ガイウスがおらんでもやっていく目処はあったんじゃろう?」
「えっとぉ、ドラコニクスの世話にご飯の用意、野営の用意とアイテム回収、回復薬の分配に、買い出しと〜掃除と〜、あはは! あとあれだわ、魔獣の始末!」
「仕事が遅いから大型魔獣の時には行くぞ、と態々声を掛けていた。皆戦闘が終わって疲れているのに、気が利かない」
「それをぉ、まさか庭に放置していきますぅ……? 空いた時間に解体してくれればいいのにぃ……」
「ほんっと、アイツは邪魔な上に気が利かない! 雑用位しかできないくせに! 初級職でS級まで上がれたのは俺たちのお陰だろうが!」
「大体っ! ガイウスが抜けたからって街の人たちの当たりキツすぎない?! 素材だって死骸だって、アイテムだって、【アイテム師】なんだからなんとかしてけっての!」
「そうですよぉ! そのせいで、今私たちすっごく肩身の狭い思いをしてるじゃないですかぁ! 酷いですよね? ねっ、ベンさん?」
「全くだ。商品の引き取りや素材の解体、レアドロップの処理だって店の仕事の一つだろうに、いちいち俺たちが怒られる。【アイテム師】なのにその辺の処理が甘い」
「俺たちは俺たちの仕事をしてたのに、サボりやがって……」
バリアンはほとほと呆れていた。酒が入れば緊張も解ける。何かしらガイウスが悪いところ、何か領分に踏み込んだ真似をして不快にさせていたのかと思ったが、殆どの面倒ごとを押しつけて『雑用位しかできないくせに』と言い、そして痛い目を見ただろう今でさえ、心の中にはこんなものが燻っていた。
果たしてどっちのおかげでS級まであがれたんだかな、と思いながら心底冷め切ったバリアンだったが、そうかそうか! と気を悪くさせないように、延々と出てくるガイウスへの的外れな愚痴を、前後不覚になるまで飲ませて全て聞いておいた。
ガイウスに会ったら雷を落とすつもりだったが、多少手加減してやらんとなと思い直すと同時に、この腐り切ったパーティの性根を叩き直す決意を新たにした。
◇◇◇
「部屋が2つ取れてよかったよ。厩舎も空いてたし、いい子を引き取ったな。名前は決めたのか?」
「はい、ルーファスにしようかと。男の子ですし、賢い子になってほしくて」
「世話を怠らなければ、頼もしい味方になってくれるよ。……じゃあ、おやすみミリア」
「おやすみなさい、ガイウスさん」
街を出るには遅くなり、冒険者用の宿屋を取ってガイウスたちは一晩泊まることにした。
シュクルが少し心配だが、餌はたっぷり置いてきたし、野営中の見張りはシュクルとガイウスが協力してやっていた。あの付近にシュクルより強い魔獣もいない。朝一番で戻って誉めてやらなきゃなと思っている。
別々の部屋に引っ込んだガイウスとミリアは、それぞれ寛いでベッドに横になった。朝も早いし早く寝なければと思うのだが、なんだか街中で遠吠えしているドラコニクスの声が多いように感じる。
いやいや、まさかな、とガイウスは悪い予感を振り払って寝るのに集中した。
さすがにドラコニクスの世話をサボったり、好みじゃない餌を適当にあげていたり、ドラコニクスの汚した藁を燃やして埋めていないなんて事はない、と思いたかった。
ドラコニクスはストレスが溜まると排泄物の臭いが強くなる。他の魔獣を寄せ付けないようにするための防御反応だ。
ただ、ドラコニクスは竜種だ。魔獣の中では上位種に入るが、騎獣になるくらいだから竜種の中でも下の方である。
その排泄や臭いの残った藁を放っておくと、ドラコニクスを食べる飛竜なんかがやってきたりする。飼い慣らされたドラコニクスは拠点を移したり、転々と旅をする野生の群れとは違う。
餌にされそうな危険があるのに、逃げるという本能は少しばかり退化している。ただ、命の危機は感じている。だから、ドラコニクスの世話をサボると暴れ出してどこかに消えてしまう。
ガイウスは心配になりながらも、まぁもう抜けたパーティの話だ、とは思いつつ、街に飛竜が現れないかは心底心配してしまい寝付けなかった。
……仕方がない。ここまで近くに来たのだから。
フードと仮面を被り、そっと宿屋を抜け出して、『三日月の爪』の拠点へと向かった。ドラコニクスが、街が、心配だった。
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