10 連携最悪。その頃、王宮の厩舎にて
「以上で座学は終わりじゃ。1時間後に演習場で簡単な戦闘訓練から、素材の剥ぎ方、魔物の処理の仕方の実践をするぞぃ。昼飯は程々にして座学の復習をしておくようにの」
「はい!」
言われてグルガンたちは階下の冒険者ギルド備え付けの食堂ではなく、近くの食堂に向かった。冒険者たちはまじめに研修を受けている『三日月の爪』を観察しているような視線だったからだ。
まだ、ここに交わるには自分たちは足りてない、という判断で外に出て食事にする。飯屋は飯屋で、金を払ってくれるならちゃんと仕事はする。ただ、店員を呼びつける、という真似はそれ程非常識で驕った行為だと思い知るには充分なほど、無愛想だったが。
それを反省して苦笑しつつも、店側も仕事は仕事だ。美味しく昼食を食べて、飲み物を飲みながら座学の復習をし、時間より前に演習場に入った。
バリアンは先に待っていて、何か大きな檻に布を被せた物を用意してある。時間より早く戻ってきた『三日月の爪』を、良いことじゃ、と褒めてから実技訓練に入った。
「今から捕獲してある魔獣を放つ。連携が厄介じゃが、お前らの戦闘力で苦戦するような魔物じゃあない。午前の座学は倒してからが本番じゃから、まずは目の前の敵に集中するように。——はじめ!」
「おう!」
「下がるわよリリー」
「引き付けは俺に任せろ」
出てきたのはフォレストウルフという中型の魔物だ。レベル帯でいえば苦戦しない強さだが、連携を崩されると戦況が変わる。
4人で最初はパーティを組んでいたのだし、これまでも連携に苦労することは無かった。しかし、彼らは痛感することになる。【アイテム師】としてのガイウスがどんな役割を果たしていたのかを。それを、当たり前に享受していて……せめて他のサポーターの目星はつけてから辞めさせるべきだったことを。
ベンのスキル『挑発』で大部分のフォレストウルフがベンを狙って囲み始める。その隙に後方に下がったハンナとリリーシアが、ハンナは攻撃魔法を、リリーシアはまずベンへの支援魔法を唱えた。
ベンに目がいっているフォレストウルフを【パラディン】のグルガンが端から斬り捨てる。しかし、ここでハンナが狙っていたのも端の個体だった。
「あっ、馬鹿! よけて!」
「えっ?!」
ちょうど詠唱が終わって放たれた炎の矢はグルガンに正確に直撃する。ベンへの支援魔法を優先したせいで、リリーシアの防御魔法がグルガンに間に合っていない。
派手に焦げたが、装備もよく体力もあったのでとにかくポーチから取り出した中級回復薬でグルガンは回復する。が、その瓶を持つ手に、挑発から仲間を殺された分ヘイトを溜めた身近なフォレストウルフが噛み付いた。
グルガンがフォレストウルフの胴を斬り払って倒している間に、リリーシアからの支援を受けたベンが敵陣に盾を使って『シールドバッシュ』というスキルで跳ね飛ばすように攻撃を仕掛ける。
が、これも失敗だ。
「ベン、下がって! あぁもう、なんで範囲からふきとばすのよ!」
単体を狙うのではなく『挑発』で距離を詰めてきていた所を範囲攻撃魔法で狙ったハンナがヒステリックに叫ぶ。結局、5体狙った範囲攻撃魔法は2体を焼き尽くして消えた。
吹き飛ばされた3体のフォレストウルフは辛うじてまだ起き上がれる。
リリーシアはすかさず動きの鈍ったフォレストウルフに速度減少の魔法をかけたが、敵はそこにだけいる訳ではない。
ベンの『挑発』に対して後からグルガンとハンナの攻撃が入ったため、後衛を狙いに来た2体のフォレストウルフがいた。
ハンナが辛うじて詠唱の要らない魔力弾で弾くが、詠唱が無い魔法は大した威力にはならない。リリーシアの防御魔法も詠唱に入ったが、その前に後衛2人にフォレストウルフがそれぞれ1体ずつ飛びかかろうとした。
「きゃあ?!」
「や、やばっ……!!」
弱った3体にとどめを刺しに行ったグルガンとベンが、悲鳴に引き返そうかと一瞬気を引かれてしまう。
が、ハンナとリリーシアに飛び掛かったフォレストウルフはバリアンが杖で頭を潰して倒した。
即座に速度減少状態の魔物にとどめを刺して、グルガンとベンが戻ってくる。
全員、愕然とした。全く連携がとれずに、こうまで足を引っ張りあった事に。こんな経験は……ここ2年はしていない。
「うんうん。連携は最悪じゃな。とりあえず全部倒したから攻撃力やどの魔法を使うのか、魔法の威力は合格じゃが、連携とれんでお前ら、依頼に行ったら死ぬぞぃ」
「…………まさか?」
「おおかた、ガイウスが甘やかしすぎたんじゃろ。暫くは近くの草原やらここで連携の練習じゃな。……全く、世話かけよってからに……ほれ! 魔獣の死骸を放置するな! 座学で教えたじゃろが!」
意味深長に呟いた後のバリアンの叱責に、彼らは魔物の皮を剥ぎ、取れる素材は取って解体し、座学で習った通り穴を掘って死体を入れ、炎で燃やしてから埋めた。
◇◇◇
「な、何で師匠? ギルドにだって講師はいるだろ……?」
「バリアン老師が自分で言い出したそうだ。あのバカの尻拭いならワシが行かんとな、と」
バレている。
いや、まさかとは思ったのだ。しかし、ミリアに聞いた話では本当に非常識を『三日月の爪』は繰り返していたし、王宮に卸せない魔物も素材に解体すればアイテムポーチにだって入る。
拠点の庭も広いしそのまま死骸を置いてきたが、使い物にならない魔獣の肉(大型魔獣の肉は臭くて硬い)は、バラして街の外で穴を掘って燃やして埋める。それが、一応一般常識だ。倒したその場で解体して処理をするのが一番だが、ガイウス一人でそれをやっていたので、行くぞ、と言われてしまってそのまま死骸をインベントリにしまっておいた。
その尻拭いをまさか鍛冶屋を呼びつけて解体させて処理もさせて、そんな噂が王宮にまで届かないはずもなく……ガイウスが抜けたから、という話と一緒に届いてしまったのなら、師匠が出張るわけだ。
これはまずい、と思ったガイウスは、厩番に連れ合いのドラコニクスとその餌が欲しい、と言って話を切り上げた。見つかったら雷を落とされる。
最初にガイウスを叱りつけたのが師匠だ。他人の領分を侵すな、と。
『三日月の爪』に居た時にやってしまっていた、という反省はしたが、それはそれとして顔を合わせたらまずい事になるのは違いない。ドラコニクスを買って、早く街を離れたい。
「そりゃあいいんだけどよ……、最近ちょっと様子がおかしいんだ。よく遠吠えしてる。ガイウスに任せておけば大丈夫だろうが、鞍を乗せるなら街の外まで出た後がいいだろうな」
「分かった。ありがとう」
「選んでいきな。ソイツの好みの餌を出してやる」
言われてガイウスとミリアは厩舎の中に入った。
騎獣用の魔獣が並んでいる巨大な厩舎の中で、奥まったところにいるドラコニクスを目指して歩いていると、ミリアが声を掛けてきた。
「あの、ガイウスさんの師匠って……?」
「ん? あぁ、王宮には大討伐戦が年4回あるだろう。その時のサポーターのまとめ役の老師なんだけど……俺が【アイテム師】になってすぐ、仕事としてギルドで雑用係を募集してたからついて行って……まぁ、色々とお世話になった、人だよ」
「すごい方に師事されてたんですね……!」
「うん……、あ、ほらミリア。ドラコニクスだ。目を見て気が合いそうなやつを選んでくれ」
言葉尻を濁し、ついでに話を逸らしたガイウスは、ミリアがドラコニクスを選んでいる最中も落ち着かなかった。
師匠の慧眼は凄まじい。ちょっとしたサポーターのミスが、戦列を崩すことがあるから仕方がないのかもしれない。
戦闘面に関して、ガイウスは領分は侵してはこなかったと思う。だが、抜けたばかりの今、ガイウスが想像していたのと違って他にサポーターや雑用係を雇う予定も無いまま指導を受けているとしたら……。
そわそわとせずには居られない。
あまり、痛い目に遭ってないといいけれど、と思いながらも、ミリアがドラコニクスを決めると一旦その考えは奥の方にしまっておいた。
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