9 研修と買い出しと

 翌朝、『三日月の爪』はドラコニクスの世話をし朝ご飯を食べて早めに拠点を出た。ドラコニクスの様子が最近おかしい気がする。よく後ろ脚で地面を蹴るようになり、餌の減りが少なく、神経質に鳴いている。


 新しいアイテムポーチには必要な初級〜上級までの回復薬や、素材屋の店主に言われた焚き付け用の魔物の皮、他にも昨日買っておいた道具屋で買った火付け石(安価な魔石)やら解体用ナイフやら、筆記用具やらといった必要な物を買い付けて『三日月の爪』はギルドに赴いた。残りのアイテムは、以前使っていたアイテムポーチにしまってある。


 初心者講習に必要な物は用意されているだろうが、自分たちは曲がりなりにも経験者だ。S級まで上り詰めたという自負もある。今は、そもそも冒険者でいられるかどうかの瀬戸際ではあるけれど。


 冒険者ギルドが開くのと同時に中に入り、受付嬢の元に4人揃って顔を出す。


「研修を受けに来ました」

「よろしくお願いします」


 グルガンとハンナの言葉に、リリーシアとベンも生真面目な顔で頷く。ギスギスした雰囲気はどこかに消え、一応は全員心を改めてここに立っている。


「はい、畏まりました。2階へどうぞ。会議室で講師がお待ちです。午前は座学、午後はギルド裏の訓練場での実技訓練となります」


「はい! よし、行こう」


 グルガンが促し、全員でカウンター横の階段を上がった。ギルドの受付嬢は、その足音が遠ざかる頃、少しだけ困ったようにため息を吐いた。


「ガイウスさんがどれだけ皆さんを甘やかしていたのか……、いえ、大人なのに甘えていたのもおかしい話です。本当……追い出さなければ平穏だったでしょうに」


 彼女もまた、鍛冶屋の店主と同じようにほろ苦く笑って自分の職務に取り掛かった。


「失礼します」


 会議室のドアをノックし、中に入って居たのは腰の曲がった老人だった。杖もついている。


「ひよっこ共、よく来たな。講師のバリアンじゃ、さっさと席に着きなさい」


 午前中の座学はこの老人が担当なのか、と思いながら全員最前列に並んで座った。態々遠ざかる必要はない。今日は学びに来たのだから。


「うんうん。そういう姿勢は大事じゃな。お前らのいい所は言われれば理解する素直な所じゃ。悪い所は、素直すぎて甘えて忘れる所じゃの」

「はは……」

「笑い事じゃ無いわい。大型魔獣の死骸を素材にせずに街中で腐らせておったら、悪臭から腐敗による疫病にまで発展する。それに、魔獣の弱った臭いはより強い魔獣を呼び寄せる。——今回は鍛冶屋のがやってくれたようじゃが、冒険者は殺した魔獣の処理をする義務がある。まずはそこから叩き込んで行くぞぃ」

「はい!」

「了解した」

「がんばりますぅ……!」

「……やるわ」

「うんうん。素直でよろしい。変なプライドが無いのはいい事じゃ。ではまず、基本の魔獣の性質から話していくぞぃ。本来なら一度習ってることじゃが、忘れているという事を念頭においてメモをとるように」


 こうして、バリアンによる初心者講習が始まった。


◇◇◇


「いらっしゃい。お、ミリアじゃないか。パーティ抜けたんだってな、新しい相棒かい?」

「はい、一緒にダンジョンに行ってくださる先輩です」

「よろしく……」


 気不味い。というのはガイウスの心情だ。数日前に『三日月の爪』をよろしくしてやってくれ、と言って出たばかりの馴染みの道具屋だ。


 愛想を悪くしながらも、ダンジョン攻略……B級特殊個体という事で、【僧侶】や【盾役】が居ない分、余分すぎるくらいの回復薬、状態異常回復の薬を数種類、それからアンデッドの可能性を考えて聖魔法のスクロールと呪いを回復する聖水、保存食、大きい物だと簡易テントに厚手の毛布、店にあるものを慣れた調子でカウンターに次々乗せていく。ミリアはついていけずに入り口で茫然としていた。


 店主は迷い無い品選びに怪しい男が誰だかを察して、ツカツカと近寄ると後ろ頭をひっぱたいた。


「ガイウス! お前は恥ずかしい事して出て行った訳じゃねんだから堂々としろ! あとミリアを置いてけぼりにしてるぞ!」

「あっ……、バレたか。悪い、おやっさん。あと、ミリアもごめん。何を買うか、何に使うか説明するから一緒に見てくれる?」


 観念して店の中だけフードをおろし、仮面を外したガイウスは、またやってしまった、と情けなく笑った。


 ミリアはガイウスが自分で変わろうとしているのに気付いていたので、こくこくと頷いてガイウスに近付いていく。他にも棚からまだ選ぶ商品があり、ミリアは分からないものは質問して、ガイウスが説明するを繰り返した。


(なんだか……こうやって、一緒に買い物するのは、いいな)


 確かに一人で予測を立てて買い出しをするのは早い。しかし、一人がわかっていればいいわけじゃ無いらしい。


 アイテムは自分も仲間も使う物だ。仲間の欲しいものも聞いて、必要だと思う理由を説明して、一緒に選ぶ。金には困ってないけれど、無駄に使う必要はない。


 たった二人で補給の利かないダンジョンに潜るのだ。B級とはいえ、必要な物は結局カウンターに山になる程だった。


「おやっさん、頼むよ。これだけ一気に買うから『少しだけマケてくれないか』?」

「っかぁ、交渉術を使うな使うな! 分かってるよ、店の中空っぽにされそうな勢いだからな。少しだけマケてやる。……全部で金貨3枚ってところだが、2枚でいい。ただし! また来いよ、ガイウス」

「…………その条件はずるいな。できない約束はしない主義なんだ。だから、金貨2枚と銀貨80枚。これで勘弁してくれ」


 カウンターの空いた場所にインベントリから支払われた金を置くと、道具屋のおやっさんは苦笑いをして鼻を鳴らした。


「はっ、本当、お前は頑固だよなぁ……、仕方ねぇ、それでいい。もっていきな」

「恩に着るよ。……よし、行こうか、ミリア」

「はい! あ、おやじさん! 私はまた来るかもしれませんから!」

「はいよ、また待ってるぜ2人とも!」


 こんなやりとりを、他にも鍛冶屋と(店主には憐れむような目で見られた後、ミリアとのやりとりを見てニヤニヤされた)、素材屋、そして最後に王宮に顔を出した。


 騎獣は王宮で買うのだ。店では取り扱えない。シュクルは一人乗りだし、ミリアのドラコニクスが必要だ。


 厩舎近くに窓口があり、そこで餌も買えるし水樽も売っている。顔馴染みなので、窓口に近づいたガイウスはまたフードと仮面を外した。


「おい、ガイウスじゃねぇか! 大変だぞ!」

「な、なんだよ藪から棒に……何が大変だって?」


 ドラコニクスの厩番は、城内でまことしやかに囁かれている噂……といっても、真実なのだが、それを話した。


「今『三日月の爪』を鍛えに、お前の師匠がギルドに行ってる」

「はぁ?!」


 ガイウスは、久しぶりに聞いた師匠という言葉に、段々と、本気で、元パーティが不憫になってきた。

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