8 『三日月の爪』の研修と、一方その頃攻略準備
「『三日月の爪』の皆様は最初4人パーティで登録、初心者講習を受けた記録があります。しかし、『品を持ち込むのではなく店の店主を品の方に引き連れて行き』、『商品にならない冒険者の必需品を、善意で金を出すなら引き取る』という申し出に対して断りを入れ、『謝礼も払わずお礼も言わない』という出来事をギルド側では確認しています。お店を営んでいる方がいて、冒険者も生活が成り立つことはご存知かと思いますが、その態度のまま依頼を受けて納品の後に他のアイテムを取引する、などという事態は冒険者全体のイメージを下げます。他にも様々問題点が上がっておりますので、初心者講習で習うことを今一度しっかりと学び直していただき、最後はギルド側から派遣するサポーターとダンジョンを一つクリアしていただきます。そのサポーターの審査いかんで、『三日月の爪』の級の見直し、ないしは、冒険者活動に相応しくないとなった場合は冒険者登録の解除を行います。……以上、研修の理由と研修内容ですが、何か疑問点はございますか?」
ギルドの受付嬢に滔々と説明された内容と理由には心当たりがありすぎた。
確かに、あの時は気が動転して……いや、ガイウスと共に基礎的なことをしっかりと学んでさえすれば、というか人間として確かにおかしい行動をした。
店は店主にとって大事な場所だ。そこに訪ねてきた冒険者が物を売れなかったかもしれないし、欲しい素材が買えなかったかもしれない。それを曲げて、ついてきてくれたのに、確かに自分たちは謝礼もお礼も何一つ渡さず、目の前の自分たちの事で精一杯だった。
鍛冶屋の店主には金を払ったが、本来魔獣の素材は冒険者が処理をして持っていく物だ。それをやらずに、庭にあるから来てくれ! と言った挙句に、金額に対してぼったくり、と罵った……。謝ったからといって、ぼったくりと言われた店側の風評被害は避けられないだろう。あの場に初心者冒険者がいたら、あの鍛冶屋を利用しなくなっていたかもしれない。
グルガンたちは、改めて心当たりがありすぎる事例に、自分たちの見識の狭さを認識した。これでは、他の冒険者から煙たがられるのもわかる。そして、これを解決する最も早い解決法は『ガイウスに戻ってきてくれ』と頭を下げることだが……、辛うじて、本当に辛うじて、周りの冷たい視線と態度がそれを押しとどめた。
周りの冒険者たちには、何の代替案も無くガイウスをクビにしたのに、その後の全ての行動が不味かった事が既に伝わっている。当たり前だ、店側の手落ちとなれば、何も悪くない店側の印象が悪くなる。
『三日月の爪』は喧嘩している場合では無いと頷きあい、ギルドの受付嬢に対して揃って頭を下げた。
「研修、お願いします!」
「畏まりました。明日の朝に冒険者ギルドにお越しください。必要ならば筆記具もお持ちくださいね」
こうして、『三日月の爪』は、あまりに軽い気持ちでガイウスを一方的にクビにする事を決めた考えの足りなさを実感して、一歩ずつ進み始めた。
評判が下がったのは、どう考えても自業自得だ。
そして、研修によってさらにその自業自得ぶりを思い知ることになる。
◇◇◇
「さて、ダンジョンに二人だと足りない物が多すぎるな。……使う気は無かったんだけど、さっそく出番がきちゃったなぁ」
「なんですか? その、……怪しいお面とフード」
「これは俺が、あー……出身地を出る時に魔具の骨董市で貯めた金で買った物でね。単純な顔を隠すという品じゃなくて、……つけてみるのが早いか」
ガイウスがインベントリから取り出した顔の上半分を覆う仮面と、古ぼけたフードを被ると、ミリアの目の前にいるガイウスの姿が変化した。
背は低く、歳は曖昧になり、なんだかだらしない体型に見える。それでいて、どこにでもいる人間のように見える。
「変わった?」
「ガイウスさんですよね……?」
「そう。まぁ、なんというか……認識を歪ませるのがこのフードで、存在感を薄くするのがこの仮面。アイテムの見た目は派手だけど役に立つ。といってもこの2年位は使ってなかったんだけど」
骨董市、とミリアには言ったが本当は闇市で仕入れた物だ。孤児院から逃げ出すために。
15歳を過ぎてから、孤児院での役割が変わった。身綺麗にされて、食事も上等な物が出てくる。子供のうちに暮らしていた頃とは別の建物に、同年代が集められ、気づくと一人ずついなくなっている。それが2年も続いた。
意味するところを察した時には、夜中の町に逃げ出していた。奴隷として売られていく。それは、絶対に嫌だった。
【アイテム師】としての職を辞める気がないのも、自分のできる事を減らしたく無い、という気持ちが一番強い。やっと一般人として他人との付き合い方を学び、楽しく冒険者としてパーティにいて……皆揃って辞めて欲しいという意思が固まっていたのは、少し悲しくはあったが。
しかし、なんだかんだ王都の近くを離れられなかったのも、ミリアと出会ったのも、その間に成してきた事のお陰だと思うと、何も無駄だったとは思わない。クビになった事もだ。
「ダンジョン攻略に必要な物を買いに行ってく……いや、その、ミリア。よければ一緒にいかないか?」
「! はい! ご一緒します!」
シュクルには餌をやって、敷いていた針葉樹の汚れたところを取り除いてキャンプのまわりに撒いておく。
このあたりの森の魔獣は、シュクルの匂いを警戒して寄って来なくなる。半日あける位ならば問題ない。
声を掛けることを諦めていたと気づいたガイウスは、ミリアとのダンジョン攻略に向けて、少しだけ意識を変えて行こうと思っていた。
……後をよろしくと頼んだ手前、『三日月の爪』と顔を合わせるのも辛いし、堂々と王都に戻る程の度胸は無かったが。
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