7 『三日月の爪』と依頼と研修

 その日の昼には、鍛冶屋から弟子が「アイテムポーチができたから取りに来い」という連絡を持ってきた。頼んだ品が品だけに、弟子にも持たせられなかったのだろう。


 何故か街中を歩いているだけでヒソヒソと噂され、避けられている気がする……? そう思いながらも、取りに行かないわけにも行かない。


 ついでに冒険者ギルドに寄って、4人になったパーティで依頼を受けようという事にもなった。一度ポーチの中身を入れ替える必要があるから拠点には戻るが、S級に上がったばかりだし、どんな依頼があるかを聞くだけでもしたいという所だ。


 その話をした時だけは、少しだけギスギスした雰囲気も和らいだ。もうガイウスは追い出してしまったのだから、誰かに怒られたり呆れられたりしても前に進むしかない。


「親父さん、伝言もらったから取りに来たんだけど……」

「おう、いらっしゃい。出来上がってるぜ」


 今日は比較的穏やかに出迎えられた。やはり客は客として大事なのだろう。金も支払っているし、言われたことは素直に聞き入れている。


 ただ、『三日月の爪』は店で言ってはいけない事を言った事を忘れている。ぼったくり、なんて言われて呆れるで済ませるなんて、一流で信頼のおける店ほど甘くない。


 必要なのはレッドドラゴンの革と牙だけだったが、鍛冶屋の店主はきっちり他の部位も、グリフォンの素材も引き取っている。それを確かめなかったのは『三日月の爪』であり、ぼったくりと言ったのも『三日月の爪』で、その上そこに関心がないところを見て、店主は内心ため息を吐いた。


 返せ、と言われたら返すつもりだったが、言い出す気配はない。とはいえ、騙し討ちのような真似をしたもので商品を作るつもりはないから、残りの素材は文字通りお蔵入りだろう。


「ほらよ、容量最大の良品質のアイテムポーチだ。急ぎだったからな、最良って訳じゃないが、そんじょそこらの物とは耐久性も軽さも違うぜ。持っていきな」

「ありがとう、……それに、色々教えてくれたことも」


 グルガンの素直な御礼に、店主は妙な顔をした。どうしようか、と考える顔になる。『三日月の爪』が物知らずなのも、たぶん素材の管理も出来ない事は分かっている。だからと言って、いきなりぼったくりだと言われた事を素直に許して返してやるのも腹が立つ。


 結局、店主はお人好しで、ガイウスの「よろしくな」という頼みも無碍に出来ない人だった。


「あー、なんだ。後な、お前らのポーチを作った残りの素材とグリフォンの素材は俺が預かっておく。革は放置すると黴るし、何にするにもいいように加工しておいてやる。装備に不満ができたら来な、素材は預かってるもんで充分だ、きっちり直してやる」

「! そうなのか。何から何まで本当にありがとう……!」

「……ぼ、ぼったくりって言って、悪かったわ……」


 ハンナもグルガンにはまだ思うところがあるが、店主の心遣いには申し訳なさそうに眉を下げて、彼女なりの精いっぱいの謝罪をした。


 そうして『三日月の爪』がポーチを腰にさげて出て行った時、店主はカウンターに肘をついて独り言をつぶやく。


「ガイウスはなぁ……、いい奴なんだけどなぁ。周りも周りだが、あいつもあいつだな……」


 所詮19歳のガイウスは、30も半ばを超えた店主から見ればまだまだ子供のひよっこである。


 どうして『三日月の爪』はガイウスを評価しなかったのか、割合素直な性質だと感じるので不思議で仕方が無いが、クビにしたのはクビにしたので取り返しがつかない。


 ただ、『三日月の爪』は少しずつガイウスを失ったことで自分たちがどれだけ「足りて」なかったのかには気付き始めたようだ。ガイウスも、ガイウスに「足りて」なかったことに気付けばいいが、と思いながら、店主は別の仕事にとりかかろうと奥に引っ込んだ。


 『三日月の爪』はそのまま冒険者ギルドへ向かった。まずは依頼を見せてもらい、4人で挑めそうなものがあれば受けるつもりだった。


 が、冒険者ギルドに入った途端、中に居た冒険者が一斉に『三日月の爪』を見て、それから何かをひそひそと囁き合っている。


 冒険者ギルドには今の所迷惑はかけていないはずだし、顔馴染みの冒険者も視線を避けるようになっている。


 残念ながら、ガイウスを追い出したパーティとして、かなり不興を買っているようだ。が、ガイウスは納得して出ていったし、自分たち4人もガイウスはクビにしよう、と話し合って決めたこと。パーティメンバーの入れ替わりなんて珍しいことでもない。


 一体何がそんなに不味いのか分からなかった。仕方無いので窓口に行くと、ギルド職員は事務的な笑顔で「ご用件は?」といつも通りの対応である。


「えっと、S級の依頼を受けたいんだけど」

「『三日月の爪』の皆さんに現在ご紹介できる依頼はどの級の物もありません。依頼を受けるには研修を受けていただく必要があります。研修を受けられますか?」

「け、研修?!」

「なんだ、それは」

「今更、何の研修を受けろっていうんですかぁ……?」


 グルガンが驚き、ベンとリリーシアが不可解そうに首を傾げる。今までこんなことは言われた事が無い。


 もともと4人パーティで冒険者登録をした時に初心者講習は受けている、と言ったが、ダメです受けてください、の一点張りだ。


 『三日月の爪』は、何度目か分からない困った顔を見合わせることとなった。


◇◇◇


 ミリアと食後のお茶にしながら、彼女の言葉に耳を傾ける。シュクルは相変わらず寝そべっていて人間の話に然程興味はなく、ガイウスはそんなシュクルに凭れ掛かって話を聞いていた。


「私がダンジョンで迷った時、『三日月の爪』の皆さんに助けられたことはすごく恩義に感じていたんです。いつか役立てるくらい強くなったら加入させて貰おうと思って。でも……その時、『三日月の爪』の皆さんのガイウスさんへの対応が疑問でして……」

「一年前だと……皆がちょうど上級職に就いた頃かな。何か変だった?」

「はい。あの、普通パーティ全員で野営の支度はするのだと思うんですけど……ガイウスさん、テントの組み立てから焚火の支度、料理に騎獣の世話まで一人でやってませんでしたか?」

「あぁ……、そういえば、いつからか俺が一人でやるようになってたなぁ。でも、自分たちのことなのに、手伝ってくれ、って言うのも変だし……慣れもあったかな。戦闘面では火力にならないし」

「火力にはならなくとも、サポートは完璧、敵の魔法詠唱を阻害したり、後方支援としては最高の連携をされていると思いました。……何故クビになったのか、本当に不思議で仕方なくて……」

「たぶん、あいつらがデキてるからじゃないか? 俺は居心地悪いなって感じたのはそこだし」

「えぇ……? 正気で言ってますか……?」

「この上なく……、そんなに変?」


 ミリアはミリアで、ガイウスの欠けというか、何かおかしい、という部分を改めて対話して感じていた。が、まだその正体はモヤモヤとしていて掴み切れない。なので、今は一先ず言及を避けることにした。


「まぁ、それは今の『三日月の爪』の方々に聞いた方が早い気がしますので……。で、私がダンジョンを出て仲間と合流するまで、私を世話して守って丁重に扱ってくれたのはガイウスさんだけでした。他の方は……、なんというのでしょう。ガイウスさんが居るのが当たり前、に慣れていて、自分のことも自分でしていなかったように見えます」

「……まぁ、それは、君から聞いた話だと、そうみたいだね……」


 内心、無理矢理にでもやらせた方がよかっただろうか、とガイウスは後悔し始めている。


 ガイウスが居た孤児院では、言われなきゃできない、ではごはんが貰えなかった。自分の事は最低限自分でしなければ、誰も何も手伝ってくれない。院内の清掃から内職まで、全て自分が率先してやる。そうじゃないと、その日の飯にありつく権利すらない。


 記憶は無いが、捨て子だったらしいというのは聞いた。他の子どもたちも、村が魔獣に焼かれただとか、借金の形に売られたとか、そういう子供の集まる孤児院だった。


 だから自分のできる事を増やして、技は何でも盗み、知れる事は貪欲に知り、他人との交渉や駆け引き、時には態と負けること、そういう環境で育ったせいか、最初王都に出て来たばかりの頃は周囲にもそれを求めてしまった。


 が、案外と王都の人達はそういう人達ではなかった。優しくすれば優しさが返ってきたり、あまりになんでもかんでも出張ってしまうと、相手の領分を侵すことになると学んだ。


 そういう事を学んでから冒険者になり、『三日月の爪』がサポーターを募集していたから加入した。


 そう、学んだはずなのだ。学んだはずなのだが……いつしかガイウスは、声を掛けるのを諦めてしまった。一応、何度かは聞いているのだ。やるか? とか、聞かなくていいのか? とか。最初は一緒にやっていた野営の準備も火の番も、いつの間にかガイウスが一人でやるようになっていった。もう声を掛けたことで、ガイウスにやらせるのが当たり前になっていき、ガイウスは声を掛けるのを諦めて根っこに染み付いた生き方をぶり返してしまった。と、ミリアの話を聞いて胸を痛める。


 その分、他の初心者の冒険者や、ミリアのような迷い人、あとは街でよくしてくれていた人達とは、学んだように接することができていたと思う。


 もしかして、ファミリー的なものに所属するのに、自分は向いてないんじゃないか、とまで考えて、「ガイウスさん?」と声を掛けられているのに気付きはっとして顔をあげた。


「あ、ごめん。で、まぁ脱退までの経緯はそれとして、なんで俺とパーティを?」

「一緒に攻略したいダンジョンがあるんです。B級ダンジョンなんですが、そこのボス魔獣が特殊個体という噂で……そのダンジョンに、魔法と剣技を一本で両立させることができる魔法剣があるというのです。B級の特殊個体ではB級は怖がって出向きませんし、私がいたA級のパーティでは私以外に旨味が無いので渋られてしまい……、思い切って抜けてきました。私がまた役に立てることを示せれば、またどこかのパーティに所属できますし。魔法剣士の装備は剣と杖の2本になってしまいまして……、私は一人で前線を張れます。ライセンスもA級です。ガイウスさんのサポートがあれば、私とガイウスさんで攻略できると思うんです……!」

「あー……、一応俺は完全に後方支援っていうのは」

「分かってます」

「その上で、2人でダンジョンに挑む。ふぅん……、そうだな、別にいいよ。でも、本当に2人で攻略できる目途はたってるの?」


 ミリアは困った人を見るようにガイウスを見た。


 ガイウスは知らなすぎる。ガイウスにできる事、一年前ミリアの前でやってみせた事、それがどれだけ特異なことなのかを。そして、『三日月の爪』も知らな過ぎた。ミリアならば、絶対にガイウスをパーティに入れたら手離す考えは浮かばない。


「私は確信してます。ガイウスさんとならば、絶対攻略できると」

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