27 眠れない夜に(※ガイウスサイド)
「どうした? ミリア、眠れない?」
「あ……、はい。少し、お水でも飲もうかと……」
交代で火の番をしていたが、基本的にはガイウスが眠る時間の方が少ない。前線で戦うミリアの体力、魔力は薬で回復できるとはいえ、不眠不休でいい人間はいないのだ。
後衛にいる自分は大して動きはしない。ここは、これで平等だから、とちゃんと話し合って決めた事だった。
ダンジョンに昼夜は無いが、天幕の中の小部屋で焚火をしていると、なんだか壁に揺れる炎の色が夜を思わせる。水場で喉を潤したミリアは、天幕の中には戻らず、ガイウスの傍に腰掛けた。
ぼんやりと上がる火の粉を、ミリアは眺める。焚火から赤い光が時折弾けて舞い上がり、中空で燃え尽きて消えていく。その火を絶やさないように、ガイウスは薪をくべる。
静かな時間だった。ぽつり、と話始めたのはミリアだ。
「私は、【魔法剣士】になる事を選びました。それは……ガイウスさんへの、憧れがあったからです」
「俺に? ……それで、どうして【魔法剣士】なんだ?」
「【アイテム師】の貴方とパーティを組むのに、同じ【アイテム師】では不向きですから。その、ガイウスさんになりたい、のではなく、ガイウスさんと一緒に冒険したい、という憧れです」
「なら、それは叶ったな」
お互い目を合わせず、焚火を見ながらの穏やかな会話だった。
ミリアがどこでそんなにガイウスに憧れたのか、何度話を聞いてもガイウスには理解できない。ガイウスにとって憧れる存在というのはいなかったし、ただ、ミリアと一緒に居るのは、バリアンの元で修業をした時とも、『三日月の爪』とパーティを組んでいた時とも違う、なんとも言えない居心地の良さがあった。
帰属意識が欠けている。ガイウスにとっては当たり前で、それでいて、他人から見れば異端。
パーティーを毎回組み直す冒険者もいる。レベル帯や相性、攻略したい場所や、ターゲットに合わせて効率的に依頼をこなしたいという者だ。しかし、そういった冒険者は何か目的があって金を稼ごうとしているが、ガイウスにはそれもない。
強いていえば、ガイウスが求めていたのは自由だった。物心がついてからずっと、何かをし続けなければ生きていけない、という染み付いた本能のような刷り込みから、自由になりたかった。
憧れられるような自分ではないと思うが、憧れるな、と言うのも何か違う気がして、ガイウスもまたぽつりと話をした。
「俺は……孤児院で育った。そこは、ある程度大きくなったら、身売りの準備が始まる。奴隷……労働力なのか、性的なものなのか……見た目で変わるんだろうが、まぁ俺はどっちだったんだろうな。それに気付いて、孤児院の金を盗んで逃げた。王都に着くころにはボロボロだったが、教会に行けば職が貰えると聞いて【アイテム師】になった」
「……」
「冒険者は貴族や商家の金があるヤツがなる事の方が多いだろう? あとは、まぁスラムの出で普通の生活がしたいからって無理する奴とか、実力を付ければ王宮の討伐戦にも参加できる。俺はなんだろうな、目的が無いままだから、ある程度何でもできる【アイテム師】のままでいる」
「……それを、誰が責められるでしょうか」
「責められても、変えられない。俺の生き方だ。……どこかの田舎に住んで、適当に仕事をして暮らすのもいいかと思っていたんだけどなぁ。金も貯まったし。――ミリア」
「はい」
ガイウスはそこで初めてミリアを見た。
一見は華奢でも、その実力は努力に裏付けられた本物だ。上級職に就くというのは、そう生半可なことではないと知っている。
ミリアの出自は知らない。彼女が話すまで、ガイウスは聞こうと思わない。冒険者とはそういう物で、それがガイウスには合っていた。
だが、彼女と過ごすうちに芽生えたガイウスの気持ち。彼女の見たいもの、手に入れたいもの、それを手伝うのは悪くない、そう思っている。
「ミリアの目的は?」
「私は……、最初はただ、魔法が楽しくて始めた冒険者でしたが、今は違います。もっと強く……このダンジョンの魔法剣を手に入れて、強くなって、今はもう忘れられた職業ですが……【精霊騎士】になりたいんです。その為に、精霊に会いに行きたい」
「【精霊騎士】? 知らない職業だ」
「家にあった古い本にあった職業なんです。意思のある精霊と、心身一体になって戦う無双の戦士。精霊に気に入られるかどうかは本人の素質と心根次第。相性というものがあるそうなので、一体いつ叶うかは分からないのですけれど……会った事もないですし、本当に、今は居ないようです」
王都は大きい街だ。冒険者の出入りも多い。その中で出会ったことのない職業、本の中にだけ残された、ミリアの夢。
素直に、一緒にそれを見届けたい、とガイウスは思っていた。
「……それ、俺も一緒に目的にしていいかな?」
「ガイウスさん? でも、それじゃあ貴方の自由は……」
「ミリアが夢を叶える所が見たい、が俺の目的じゃ、ダメかな?」
自分でも情けないけど、とガイウスは付け足して笑ったが、ミリアは真剣な顔で居住まいを正した。
「貴方がついてきてくれるのなら、私にとってこれ以上心強いことはありません」
「そっか。じゃあ、強くなって、精霊に会いに行こう」
その為にももうおやすみ、とガイウスが言うと、ミリアは花が綻ぶように笑って頷いた。焚火の火の加減か、心なしか頬が紅潮していたようにも見える。
「はい、おやすみなさい、ガイウスさん。……約束ですからね」
そう念を押して天幕に戻ったミリアは、興奮してなかなか寝付けなかった。
自分の夢を一緒に追いかけてくれる。それも、憧れの人が。こんなに嬉しい約束をして眠れるわけがないと思っていたが、いつしかミリアはぐっすりと眠っていた。やはり疲れているのは疲れているのだ。
ガイウスは、暫くしてから聞こえて来た健やかな寝息に、自分の目的……彼女をサポートする旅という目的を持てたことに、秘かに胸を躍らせていた。
明日は、ダンジョンの最下層。ダンジョンボスに挑む時だ。
ガイウスも焚火を燻らせる程小さくしてから、シュクルを枕に体を横にした。
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