28 ダンジョン最下層にて
「あ」
「え……」
最下層にはダンジョンボスのフロアがあるからか、それぞれ最下層に降りる階段からはほぼ一本道しか用意されていない。
ダンジョンに慣れていない冒険者は、その仕組みをしらずに疲労を抱えたまま最下層に降りてしまう事がある。
ボスのフロアの前の扉は簡単な仕掛け扉になっており、その仕掛けを起動しなければ扉が開くことはない。慌てて上のフロアに戻る者もいるし、万全な状態ならば仕掛けを調べて起動すればいい。
ダンジョンボスを倒し、ダンジョンコアを破壊、または回収すればダンジョンクリアだ。自動的に外に転送される。
そして今、ダンジョンボスの扉の前で、其々反対側からやってきた『三日月の爪』とバリアン、ガイウスとミリアは対面した。
先に声を発したのはガイウスで、戸惑ったような声を上げたのはグルガンだった。
他の『三日月の爪』の面子もどこか居心地が悪そうにしている。ガイウスから被った被害……というよりも、ガイウスにどれだけ自分たちが依存しながら邪険にしていたかを身に染みて実感していたのもあり、もうとっくに王都から居なくなっていただろう相手とこんなところで再会するとは予想だにしていなかったせいだろう。
居心地は悪いが、それはもう反省したことだ。けれど、謝ろうにも、何を謝っていいか分からなかった。
ガイウスはガイウスで、まさかB級ダンジョンにS級の彼らが来ているとは思わず、その後ろでにやにやと笑っているバリアンを見て大体のことを悟った。
どうやら、バリアンの仕込みらしい。冒険者ギルドに報告されているダンジョンのはずだし、ミリアも冒険者ギルドで攻略の申し出をしているはずだ。分かっていて『三日月の爪』を、ここでばったり会うように連れて来たに違いない。
帰還石の一つや二つ、バリアンならば王宮経由で入手できない訳もない。
『三日月の爪』がS級冒険者のまま、無知で放り出されて、そのまま荒くれものになられては手が負えないという部分もあってバリアンが指導に入ったが、それの最後の最後で、ガイウスがダンジョンに挑むのを見越して(商店での売買の痕跡などからバレていたのだろうとガイウスは考えた)ここでバッティングさせるとは、さすがの老獪さというべきか、ガイウスとしても理由が分からなかった。
「あー……その、元気にしてたか? なんか、こう、色々噂は聞いたけど……」
「あ、あぁ。その、バリアン老師に生活面から指導してもらえたから、今はうまく、やってる」
「アンタねぇ、私たちの生活無能ぶりくらい分からなかったの?!」
「……ごめん」
理不尽にハンナに怒られて、頭をかきながら謝るガイウスに、ミリアが袖を引いて、そうじゃないです、と伝える。が、ガイウスは分かっていないようで、ミリアを困惑の表情で見つめる。
「今のは笑ってくれないと、生活無能だと断言された気分になるんだが」
「……実際生活無能でしたねぇ、私たち……」
「あっ! あぁ、そ、そうだよな、はは、ははは」
ベンとリリーシアの言葉にようやく事態を理解したガイウスは、真実今気付いた様子で誤魔化したが、もう遅い。『三日月の爪』が生活無能ならば、ガイウスはコミュニケーション無能だった。
ミリアと出会って多少は改善の傾向が見られるとはいえ、まだまだコミュニケーションが下手なのは否めない。
そんなガイウスの様子に、逆に生活無能は解消された『三日月の爪』の面子が噴き出して笑う。
きょとんとその様子を見るガイウスは、一緒になって笑った。ダンジョン最下層とは思えないほのぼのとした空気が流れる。
「ガイウスはどうしてここに?」
「彼女がこのダンジョンの魔法剣が欲しいらしい。それを手に入れたら、俺は彼女のサポートをする旅に出る」
「そうか。……なぁ、頼みがあるんだ」
「なんだ?」
ひとしきり笑った後に、グルガンがドラコニクスから降りて、ガイウスをまっすぐに見て言う。ガイウスもまた、シュクルから降りてグルガンと目を合わせた。
こうしてちゃんと、まっすぐに視線を交すのはいつぶりだろうと思う。昔はもっと、こうやってまっすぐぶつかっていた気もするが、パーティーを抜ける前はもう、顔色を窺うことの方が多かったように思う。
「旅にでる前に、もう一度俺たちとパーティを組んで欲しい。その、ミリアって子も一緒に。俺たちはここをクリアしたいだけだから、ドロップ品も魔法剣もそっちに渡す」
「……いいのか?」
「いい。その代わり、変わった俺たちを、見定めて適切なサポートをして欲しい」
グルガンの声には何か断れない真剣さがあり、ガイウスがミリアを見ると、微笑んで頷いている。
バリアンを見ても同じだ。『三日月の爪』とガイウスがどうするか、が最優先されていいらしい。
「……分かった。俺が抜けた後、皆がどうなったのか、即座に見極められるようにする。――ミリア、君は前線だからグルガンたちと攻撃の打ち合わせをしてくれ」
「はい、分かりました。――皆さん、よろしくお願いします。【魔法剣士】のミリアです」
ミリアは、昔『三日月の爪』に助けてもらったことは言わなかった。あれはガイウスに助けられたようなもので、『三日月の爪』全員に同じ位恩を感じているかというとそうでもない。それに、『三日月の爪』もガイウスが誰かを助けているのは見ていても、それに積極的に加わることもなかったのでミリアのことは覚えていない。
彼らが話し合っているのを聞きながらそっとバリアンに近付いたガイウスは、小声で師匠に文句を言った。
「これ、顔を見た瞬間に喧嘩とかになってたらどうする気だったんですか」
「そうならんと思ったから鉢合わせるように仕組んだに決まっとるじゃろうがい」
「……お見通しですか」
「若いもんはえぇのう。のう、ガイウスや。お前が旅に出るにしても、何にしても、2年間一緒にやってきた仲間たちの本当の力ってのを見てから出て行ってもいいんじゃないかのう」
「本当の力、ですか?」
彼らは十分に強いですけど、とバリアンに言うと、まだまだだな、というような視線が返ってくる。
「しっかり引き出してやれ。そうして、縁は大事にしろ。どこで、いつ、何が自分を助けるか分からんのじゃから」
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