29 変わったことと、変わらないこと

「師匠」


 前線で戦う彼らが話し合っている間、ガイウスはそれとなく耳を傾けながら、バリアンの隣に行って咎めるような声を掛けた。


 これがバリアンの仕込みだということはすぐに分かる。師事していたのだから、いかにもやりそうなことでもある。


 だが、やっていいことと悪いことがある。これは、どちらかといえば悪いことだと、ガイウスは受け取った。


「……彼らが俺を邪魔に思っていたのに、何でわざわざ……」

「お前さんなぁ、力ばかりあるダメ人間を作っておいて責任も取らずに去ろうとするのは、よくないぞ」

「……ダメ人間だなんて、いや、でもそこまで酷い訳が……」

「習慣、というものはそう簡単に作れるものではない。逆に、そう簡単に覆るものでもない。お前のいない生活、というものから脱却させるのに、この老骨を折ったんじゃ。せめて成果だけでも見ていかんと、許さん」

「完全に私怨じゃないですか」


 バリアンの鼻息の荒い言葉に、ガイウスは呆れて言い返す。が、言われている言葉の意味は分かる。分かりたくはなかったが。


 噂で聞いた『三日月の爪』の常識の欠如ぶりは、相当なものだった。あれだけ目の前でやって、声もかけて、それでも付いてこなかったし見られていなかったのだと思うと、少し悲しいものもあるけれど。


 それに、家事の類も、そういえば最後の一年近くは自分ばかりやっていたように思う。炊事から掃除洗濯まで。ドラコニクスの世話は言うに及ばずだ。


 そこを、一ヶ月ちょっとだろうか、その時間できっちり矯正してくれたのだとしたら、私怨と言っておいてなんだが、ガイウスは別の言葉を言わなければならないと気まずそうに頭をかいた。


「ありがとうございます」

「ほっほ、えぇんじゃ。弟子の尻ぬぐいは師匠の責任じゃからな。まぁでも、よく見てやれ。お前を邪魔だと思っていたのは、慢心からくる心。その慢心に至ったのはお前のせいじゃとしても、お前だけのせいじゃない。慢心を飼うのも飼わないのも本人の心根次第じゃからの。腐りきっておらんかったあいつらを、しっかりサポートしてやれ」

「じゃあ、師匠は、やはりボス戦には……?」

「ここまでの道中も、何もしとらんよ。全部自分たちでやって、自分たちで切り抜けてきた。多少指導はしたが、それだけじゃ。サポート無しでよくやった」

「それは……凄いですね。今までの、俺の知ってる『三日月の爪』じゃあないです、それは」


 ガイウスは驚きと感心に満ちた声で呟いた。そして、改めて元・パーティーメンバーを見る。


 少し落ち着きがあるようにも見える。離れた時は、まだ浮ついた感じだったが、地に足がついているような感じだ。ガイウスが聞いている限り、作戦も全うだ。敵の見当も間違っていないように思う。


 ハーフアンデッドの場合に想定されるボスは、リッチやアンデッドナイト等の高位のアンデッド系の魔獣だ。ただ、ナイトメアまでハーフアンデッドになっているという事は、ダンジョンそのものにアンデッド属性が付与されている状態……B級では済まされないダンジョンだったと考えられる。


 最初に挑んだ人間がB級相当だと言ったのは、アンデッド化されていなかった状態……つまり、ダンジョンができたてで、ダンジョンボスの魔力がダンジョンに浸透していなかった可能性もある。


 今のこのダンジョンの攻略難易度を表すとしたら、まさにS級だ。それは、バリアンも分かっていて後に報告するだろう。ミリアの冒険者レベルも上がる可能性も見えて来た。


 ある程度敵の見当をつけ、この場合ならこう、違う場合ならこう、という作戦を自分たちで5本ほど立てた所で、ガイウスに声が掛かった。作戦を共有して、ガイウスが適切なサポートができる状態にするようだ。


(変わったんだな……、俺も、変わった所を見せたい)


 ミリアは、ガイウスに甘やかされることを良しとしなかった。


 自分が前線に立ち、ガイウスに後ろからサポートされる。その仕組みを好み、野営や買い出しなどでは、自分に対して使われる物や、作戦、アイテムの揃え方など、吸収に余念がなかった。


 ガイウスは、こうして協力できることの喜びと、役割は役割で果たし合うことの大切さをミリアに教わった。


 だから、今まで『三日月の爪』に居た時のように自分が作戦を立てることもなく、作戦会議にも最初は参加はしない。彼らが戦うのだから、彼らの予測を信じる。


 そして、共有された作戦をしっかりと覚え、完全なサポートに備える。


 グルガンたちの作戦を一つ一つ聞いて飲み込み、その場合はどういうサポートをするかをガイウスからも提言し、作戦を練り込んでいく。『三日月の爪』も、このダンジョンの難易度がBだなどとはもう思っていない。


 ボス部屋を開ける前にしっかりと打ち合わせをした『三日月の爪』とガイウスパーティは、顔を付き合わせて頷き合う。


 それは、長年を共にしてきたパーティのようでもあり、今から初めて共闘する冒険者のようでもあった。

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追放された初級職【アイテム師】が自分の居場所を見つけるまで 真波潜 @siila

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