19 『三日月の爪』の仕上がり(※三日月の爪サイド)

「よし、えぇじゃろ。よくやったの」


 バリアンの声に全員が戦闘の構えを解く。と、同時に倒した中型魔獣の死骸の素材を剥ぎ、不要な部分を埋める穴を掘り、と分担して作業にあたった。


 血の上にはハンナが水魔法で薄く水を撒いて薄め、全員が足を使って痕跡を消す。


 そうして、魔獣の不要な部分だけを穴の中に放り込むと火付け石で燃やし、そこでやっと一休みだ。


「よし、よし。後始末もようできるようになった。今のお前らなら冒険に出してもなんら心配はなかろうな」

「じゃ、じゃあ……?!」

「最後に、ダンジョンに行く。あそこはまた特殊じゃからの、一度王都に戻って支度を整えてからじゃが」

「ここから王都でしょ? リリーシア、転送使える?」

「あ、はいぃ、ログ残ってますよぉ」

「じゃあこの灰を埋めたらだな。アイテムポーチの中身も整頓したいし」

「回復薬も、食糧も買い足さねばなるまい」


 バリアンの言葉にグルガンがいよいよ合格か、と期待したが、最後にダンジョンと言われて頭を切り替えた。


 ダンジョンは特異な場所だ。帰る方法は3つしかないし、基本的にはダンジョンクリアするまで外に出る事はない。帰還石は今、依頼を受けられない『三日月の爪』の金銭では厳しい部分がある。となれば、できる限りの補充を行うのが先決だろう。


 【上級僧侶】のリリーシアの魔法の中には、主に都市にある聖堂にログという記録を残しておくとそこに転移できる魔法がある。


 この狩場に来るまでの間に、皆野営も進んでできるようになり、今や常識外れな部分は殆どない。バリアンはこの仕上がりに満足していたし、彼らは自分たちでやり始めてすぐに、ガイウスに対する評価を見直す事になった。


 道中、最後尾からの偵察に、狩場に行くまでの間の野営の設置から片付け、料理、水の確保、火の番にドラコニクスたちの世話、戦闘中のフルサポートに、戦闘後の魔獣の解体、素材と捨てる部分の仕分けと、捨てる部分の処理。


 4人でやってもそれなりに時間が掛かる。ガイウスは、彼らをそんなに待たせたことはない。急かしたことがあったのは、確かに庭に転がされていた大型魔獣の時くらいで、彼らはそれを急かしたことを恥じた。そして、その後庭に捨てて行かれた、売れもしない焚きつけ用の毛皮の有用性や、急かしたことで仕舞っておいてくれた魔獣の死骸の処理を考えると……もはや人間の領域ではない、とすら感じる。


 それを、クビにした、ということの余りの理由のバカらしさに、彼らは沈黙で悔いた。そして、彼と離れられたことに、少しの感謝もした。


 ガイウスに慣れてはいけない。ガイウスの傍にいていいのは、自分を律していられる人間だけだ。


 『三日月の爪』は、ガイウスと一緒にいたら自分で自分を律せなくなる、と理解した。そして、ガイウスに対しての恨みは消え、微かな恐怖と、申し訳なさが残った。ワガママ放題にした上に金で追い出した、という申し訳なさだ。


 バリアンは厳しかった。最初野営で火の番に当たらなかったカップルが野営中にいちゃつき始めた途端、テントの脚をはじき飛ばして今にも服を脱がせ合おうとしていた所を邪魔をした。


 そして告げる。


「おんしら、あほか? 遊びにきとるんじゃないんじゃぞ。そんなに乳繰り合いたいんなら、冒険者をやめて宿屋にでも籠っとれ」


 バリアンの言葉はそれまで、導きとやさしさがあっての厳しさだったが、この時ばかりは心底見放されたような、崖から突き落とすような冷たさがあった。呆れも呆れたり、話には聞いていたが、というのがバリアンの思うところだ。


 自分の手を離れたら注意してやる義務はない。しかし、今はバリアンの監督の元研修中である。なのに、野営中に気を緩めるなどと言語道断。バリアンに言われるまでそれを当たり前だと思っていた事にも呆れたし、バリアンの中ではガイウスに対して「何で止めないんじゃあの馬鹿弟子は」という気持ちも大きくなった。


 やはり、今度顔を合わせたら雷を落とさにゃならんかもしれん、などと考えながらバリアンは『三日月の爪』が燃えた灰に土をかぶせるのを見届け、ドラコニクスをそれぞれ労わりながら戻ってくるのを待った。


 バリアンも移動はドラコニクスを使っている、自分用のドラコニクスを、今は『三日月の爪』の拠点において一緒に世話をしている。もっとも、バリアンは自分のドラコニクスの世話しかしないが。


 『三日月の爪』の仕上がりは上々。もともとS級にあがった実力者たちだから、『常識』を仕込めばどうとでもなる。ただ、実力があるためにバリアン程の者が出てこざるを得なかったが。それもまた、ガイウスがバリアンの弟子という関係だったからこそなのだが、そこは『三日月の爪』のあずかり知らない所だ。


「では、支度したらギルドに申請してダンジョンじゃ。まぁB級くらいでえぇじゃろ。ダンジョンでの当たり前を教えてやるから、クリアして帰るぞぃ」

「はい、バリアン老師」


 今では『三日月の爪』もバリアンの事を「バリアン老師」と呼ぶようになっていた。城にドラコニクスの餌や藁を買いに行ったときに、そう呼ばれているのを聞いて自然とそうなった。


 バリアンの本当の正体を彼らは知らないが、それもまた些末なことだ。


 ――そして、彼らが王都に転移する直前に、ガイウスたちは一足先に準備を終えてダンジョンへ向かっていた。

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