20 いざ、ダンジョンへ
「じゃあ、行くぞぃ」
「はい!」
「……久しぶりだな」
「き、緊張しますぅ」
「ま、ダンジョンは洞窟と違って火属性打ち放題だしね。私は楽しみ」
バリアンの言葉に『三日月の爪』は様々な感想を口に述べながら、ドラコニクスに乗ってダンジョンの入り口の1つに近付いた。
見上げる程の石の扉がそびえたっている。表から見ても裏から見ても一枚の石に見えるのだが、ダンジョンに挑む者がその意思を持ってダンジョンの扉の前に立つと扉が開き、現世とは違う『ダンジョン』という場所に入る事ができる。
今も重たい石の扉がゆっくりと中に開いていき、バリアンと『三日月の爪』を迎え入れた。
ダンジョンには地図が無い。一度入ってからの帰還方法は限られるし、周辺に現れる魔獣の性質からランク分けがされる。
彼らが今入ったのはB級ダンジョンだ。ここは、帰還石か魔法陣で誰かが出て来たことがあるダンジョンで、内部調査も大分進んでいる。ボス個体が特殊個体なせいで、誰も挑戦しようとしなかった。『三日月の爪』のテストにはちょうどいい、放置されたダンジョンである。
ダンジョン内部は石とレンガでできた都市のようになっているが、当然住居という物もなければ、人が住んでいる訳でも無いのだが、ところどころに小部屋や水を得る場所がある。魔獣の出現が無い『スイートスポット』と呼ばれる安全地帯もある。トラップの事が多いが、小部屋は見て回る方が総合的に得だ。
ダンジョン外への魔法陣もその小部屋の中にあるからだ。
そして広い街道のような通路、石の壁、あらゆるところから魔獣が出てきては、死骸は一定時間たつとダンジョンの中に吸収されていく。ダンジョンの中では素材さえ剥いでしまえば、魔獣の死骸の処理をしなくてもいい。
ダンジョン内には昼夜は無いが、常に明るい。火を焚くのは主に暖を取るためと煮炊きをするためだ。灯りが無いのに明るいというのもよく分からないが、研究者の間ではダンジョン自体が魔力の塊で出来ていて光っている、という話もあるそうだ。
ドラコニクスの爪でも傷つかない石畳を、グルガンを先頭にハンナとリリーシアが続き、しんがりをベンが務める。ダンジョンでは魔獣がいつ出て来るか分からない。出て来た時に素早く戦列を整える必要がある。
バリアンはお目付け役なので、今日はその一団から少し離れた所を単独行動している。バリアンにとっては単独行動でも問題ない水準のダンジョンであり、また、バリアンを助けるように動ける程度には『三日月の爪』は視野が広がった。
安心してついていける。
背後で石の扉が音をたてて閉まったが、誰も振り返らない。ダンジョンをクリアする、そうすればバリアンからの口添えで、全ての非常識を清算するために動く事ができる。
ランクはA級かB級に落とされるかもしれないが、グルガンたちは、久しぶりに自分たちが『戦闘員』ではなく『冒険者』だという事を胸にダンジョンに挑んでいる。
先に進むのが楽しみだった。
◇◇◇
「じゃあ、行くか」
「はい、よろしくお願いします」
その頃、ガイウスとミリアもダンジョンの入り口の前に居た。
厚い石の扉が森の中に聳え立っている。仕組みは『三日月の爪』が入った所と違わない。ドラコニクスに乗ったまま、ダンジョンの扉の前に立つ。
何かに気付いたシュクルが一度落ち着かない声をあげたが、ガイウスは不思議に思いながらも長い首を撫でて宥めてやった。
ダンジョンの入り口は『一つではない』。『三日月の爪』が時を同じくして入ったダンジョンと同じダンジョンに、ガイウスとミリアは入ろうとしている。シュクルは、久しぶりに群れの気配を感じて鳴いたが、ガイウスにもそこは正確に読み取ることはできない。
中に『三日月の爪』がいる事など少しも想像しないまま、ガイウスとミリアは中に入っていく。
二人きりのパーティだから、先頭はガイウスが、斜め後ろにミリアが控える形で進む。
前からの敵ならミリアとすぐさま入れ替わればいいし、後ろからの敵ならばガイウスがそのまま直進して振り返れば距離が取れる。その辺は打ち合わせたし、ある程度洞窟での訓練も積んだ。
中は都市のようになっているが、屋根もあって階層もある。迷宮状になっていて、入れば出る方法も限られる。
顔馴染みの店にいくつも顔を出し、なんとか買い付けた帰還石は一つ。二人きりでのダンジョン攻略は初めての事だから、ガイウスにとって準備しすぎということは無い。
迷宮状になっているダンジョンの中で、『三日月の爪』とは階層からして違うところからの侵入になったが、ダンジョンには地図もなければ、どの入口がどの道に繋がっているかも不明だ。
まして、ガイウスは『三日月の爪』のその後に興味がさっぱりなかった。悪評を聞いて、やらかした、とは思ったが、バリアンが彼らについているなら大丈夫だ、と頭を切り替えてミリアとの特訓に専念した。
ミリアの前で『三日月の爪』について語る事もなかったし、ミリアの方もガイウスの提案する特訓についていくうちに、他の事を考えている余裕は無くなった。
ダンジョンは2人とも初めて挑むわけではない。背中で石の扉が閉まる音がしたが、2人は振り返らずにドラコニクスを前に進めた。
目指すは杖の代わりに魔法触媒にもなる剣。その為のダンジョンボスの撃破。
まずは安全に過ごせる『スイートスポット』か帰還用の魔法陣を見つけられればいい。水も食糧もアイテムも一ヶ月は過ごせる程度には蓄えてきた。……お陰でガイウスの田舎のスローライフ用の資金はかなり削れたが、それはまた稼げばいい。
「ガイウスさん」
「ん?」
「……この冒険が終わったら、私のお話、聞いてもらえますか?」
「うん? うん、もちろん」
「はい!」
今言えばいいのに、とガイウスは思ったが、区切りというものがあるのかもしれない、と深く考えずに返事をした。
ミリアとの信頼関係はガイウスにとって心地がいいものだった。ずっとこういう関係でいたいと思う。
ファミリー的な物に所属するには早かったが、丁寧に『共同作業』を繰り返す事でその苦手意識も取り除かれていった。
ダンジョンの小部屋を覗きながら進んで行くと、さっそく壁や床から魔獣が『生まれて』きた。ドラコニクスと同じように鱗に覆われているが、ずんぐりむっくりとした背の低い魔獣だ。
ガイウスの目の前だ。素早くミリアを前に出してガイウスは下がり、腰の短剣の位置を確認し、魔法弓を片手に構えながら片手はインベントリを素早く開く。
シュクルの手綱は離したが、慣れたドラコニクスは主を振り落とすような真似はしない。脚だけで意思を汲み取って自在に動いてくれる。
ミリアはそこまで慣れていないので、ルーファスから素早く降りた。乗ったまま戦うことはできなくとも、彼らの間にも信頼関係ができている。ルーファスはミリアと共に前線で戦うつもりで後ろ足で地面を蹴っている。
「お願いします、ガイウスさん!」
「任せろ!」
ダンジョンでの初戦闘が始まった。
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