21 ダンジョンでの一味違う『戦闘』(※ガイウスサイド)
ずんぐりむっくりとした脚の太い四つ足の、鱗に覆われた……恐らく竜種に数えられる……魔獣は、ダンジョン内にだけ生息する魔獣だ。
ダンジョンの中では魔獣が『生まれ』てくる。餌は要らず、死骸や血などの構成物質は放置しておけばダンジョンに吸い込まれて行き、素材を剥ぎ取ればそれはそのまま手元に残る。
ガイウスもこの魔獣と相対するのは初めてだ。ダンジョンは広い通路にところどころ小部屋や壁が仕切りになった迷路のような造りになっていて、今は広い通路の両側に壁があり、目の前の魔獣の後ろには通路が長く伸びている。
通り過ぎて来た背後の地形もガイウスの頭に入っている。背後から襲われるような角は無かったし、一度魔獣が『生まれた』所から暫くは魔獣は『生まれて』こない。
いつも通り視野は広く持つ。ガイウスは魔獣の観察を同時にやってのけた。
目の前にいるのは5体の、硬い鱗を持つ、角の生えた竜種。【魔法剣士】のミリアにとっては多少相性が悪いかもしれないが、竜種は基本的に雷に弱い特性を持つ。鱗は火や水に強いのだが、雷はすんなり体内に通してしまうという性質がある。
「ミリア! たぶん、竜種の一種だ、雷の魔法を使ってまずは動きを鈍らせるんだ」
「はい!」
ガイウスの観察眼も絶対では無いが、ミリアにとっては先輩であり、これまでの戦闘もガイウスの指示で乗り切れた部分が多い。
どう戦うかまでは指示してこない。そこはミリアの領分であり、ガイウスはそれを侵さない。
ダンジョンでの戦闘の特異なところは、魔法の威力が上がるところにある。敵も味方も関係なくだ。
そのうえ、床と壁と天井がある。洞窟ではこれを想定しての訓練を行ったが、自然の洞窟ではあまり火属性の魔法は使えなかったり、魔法を使う事で後に被る不利益を考えなければいけないが、ダンジョンの中ではそれを考える必要がない。
ミリアが杖を構えて詠唱している間に、ドラコニクスが全力疾走する時と同じような前脚で地面をかく動作を魔獣がしはじめた。
ミリアに向って突進してくる可能性がある。詠唱が終わる時に対象がその場に居ないと魔法は命中しない。そう長い詠唱ではないはずだが、インベントリから金属製の投網を取り出したガイウスは一瞬でドラコニクスの機動力に任せて近付き魔獣5体の上に投網を乗せて動きを妨害し、素早く離れた。
「『サンダーレイン』!」
離れるのが遅れたらシュクルもそのまま雷魔法の餌食だったが、どう動くのか分からない様子見をしていた魔獣に対して、個別に魔法をぶつけるのではなく範囲魔法で雷を降らせるのは、正解だとガイウスは判断した。
足止めも効いたのでしっかり電流が通った所に、ドラコニクスに乗ったままでは剣で戦えないミリアが一気に距離を詰めて手前の敵からうろこに覆われていない目を突き刺していく。まずは脚、次に視界を奪い、多対1の戦闘の肝をしっかりと押さえた動きをしている。
ガイウスはいつでもサポートできるよう魔法弓を構えており、ミリアが斬り込みにいった反対側の魔獣に対して的確に目を狙う、火力は無いがスキルで命中率が高い魔力の矢を当てていく。
5体の目を潰した時には、ギャオギャオと痛みと痺れ、暗くなった視界に魔獣たちが鳴き合って居場所を伝え合っていたが、その隙にミリアは魔獣たちの後ろに回って、お得意の地面すれすれな低い姿勢での突進で鱗におおわれて居ない腹を切り裂き、そのまま胸部にある心臓を狙って刃で抉る。
鳴き声が弱々しくなって倒れた一体に、魔獣が警戒してうろうろと動こうとしたが、投網が邪魔をしていまいち動きが定まらない。
ミリアは宙返りをするようにある程度の距離を取ると、杖を弓のように構えた。
「《資格を有する我が命ずる。雷よ、矢となり槍となり、眼前の敵を貫け》『サンダーアロー』!」
短い詠唱だが、これは籠める魔力の大きさで威力が変わる初級の雷魔法だ。
弓のように杖を番えたのは、ガイウスの真似かもしれない。杖の先を対象に向けることで指向性を持たせるのだが、魔法媒体である杖のどこからどう魔法を発するかは術者の意思次第だ。
サンダーアローは初級の魔法なのだから、一度の詠唱に籠める量を多くすれば連射できるのではないか、という話から、この方法に辿り着いた。
一矢、二矢、と残った4体の頭を貫いては倒れさせていく。竜種は固い鱗の代わりに、中の筋肉は固いが雷によって打たれると焦げやすい。内臓もしかりだ。内部に雷が届いてしまうとてんで弱い。
ただ、高位の竜種になってくると鱗の頑丈さがそもそもレベルが違う。雷は多少の痛みにはなるだろうが、ここまでの効果は発揮しない。B級のダンジョンだからできる技でもあった。
シュクルを置いて倒れた五体の魔獣の傍にガイウスが近寄る。ミリアも剣の血を懐紙で拭いながら近付いて来た。
ガイウスが解体用の短剣を取り出し、一応心臓と思われる場所を突きさして留めを刺していく。素材の剥ぎ取り中に暴れられて、鋭い爪で抉られては大けがの元だ。
「お疲れ様。ミリアは強いな。俺と2人だけの戦闘にもよく慣れてくれた」
「はい! 私、ガイウスさんと冒険するの、楽しみにしてたので、アタッカー一人でも怖くはありません!」
「少しは怖がってもいいんだけどな……?」
戦闘後の興奮から元気に答えられたが、ダンジョンの中では一度魔獣が『生まれ』たら次はもっと奥に進んでからしか『生まれて』こない。
解体用の短剣は2人とも持っているので、この鱗を剥いでみた。肉や内臓は焦げていて食えないようだし、そもそも酷い悪臭だった。どんな生態だ……、とガイウスは眉をひそめたが、焦げていない、ミリアが斬って殺した竜種の腹を見て納得した。
「ミリア、ここのボスは特殊個体だって言ったよな……?」
「はい。特殊個体、以上の情報は無いんですが……何か分かりました?」
難しい顔でガイウスは魔獣の腹を開いてもう一度確認する。
「ハーフアンデッド……、一見は普通の魔獣だけど、たぶんここのダンジョンの魔獣はアンデッド属性を持っている。こいつも、内臓や肉が腐っている。焦げているせいかと思ったが……最初に雷魔法で焼いてなかったらこいつは動き出していたかもしれない」
「ハーフアンデッドって……そんな事、あり得るんですか?」
「ダンジョンなら、あり得る。今回は竜種で分かりやすかったけれど、氷や水、風魔法はあんまり効き目がないかもしれない。聖属性のスクロールは買えるだけ買ってあるから……なんとかなるとは思うけど」
「私、聖属性は回復魔法くらいしか……」
「回復魔法は抑えて行こう。ミリアが唯一のアタッカーだ。それに、ハーフアンデッドなら聖属性のスクロールとミリアならできる戦い方があるからな。さて、鱗以外は素材にならないし先に進むか」
話しながらもミリアが1体解体する間に4体分の鱗をはぎ取ったガイウスがインベントリに素材をしまうと、シュクルとルーファスを呼び寄せた。
アンデッドの腐肉に汚れた手をインベントリに入れて置いた水で洗って、ドラコニクスに跨る。
そして、ガイウスはミリアにスクロールのとある使い方を教えながら長い通路の奥へと進んで行った。
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