4 『三日月の爪』はドラコニクスの世話が出来なかった
「おう、随分立派なもんじゃねぇか。腕は立つんだな」
「へへ、まぁな」
鍛冶屋の店主の言葉の裏には、常識は無いようだが、という嫌味も含まれていたのだが、グルガンたちは額面通りに言葉を受け取り鼻高そうにしていた。
鍛冶屋の親父は庭に転がっているレッドドラゴンの死体とグリフォンの死体の解体に取り掛かった。ガイウスがそのまま保存していたという事は、そのうち城にでも卸すつもりだったのだろう。
城の買取時期は、大抵は叙勲式のあった後か、大討伐戦に出た後だ。大型魔獣の素材の鎧を与えられる新たな騎士が出てきたり、大討伐戦で破損した鎧の修繕に使われる。
鍛冶屋の親父は手際よく作業を進めている。グルガンたちは、自分たちのアイテムポーチの中身を庭に出して、不要なものをより分けてからなだれてきた回復薬などをポーチに詰めていった。
中にはもう使わないような初級回復薬などもあって、それは後で売り払えばいいか、と別に避けておく。
つまり、自分たちの仕事をし始めたのだが、鍛冶屋の店主が最初に異変に気づいた。
ドラゴンの頭の上に乗った時に、厩舎が見えたのだ。その近くには何種類ものドラコニクスの餌。替えの藁と道具。
訝しんだ店主は声を張ってグルガンたちに尋ねた。
「お前らー! ドラコニクスの世話はしたのか?!」
「今日はしてない……、っつか、ガイウスがいつもやって……」
「ばっかやろう! 最優先で世話をしろ! 藁を替えて、餌は朝晩2回! まさかてめぇの騎獣の好みくらいは知ってんだろうな?!」
「へっ?!」
何故怒鳴られたのか分からないグルガンたちの元に、怒りに顔を真っ赤にした店主が近づいてくる。
思いっきり【パラディン】の鎧の繋ぎ目を掴んで揺さぶった。
「馬鹿が! 今まで手伝いもしなかったのか?!」
「ガ、ガイウスがやるって……飯に行かないかって誘っても、後で行くって……」
「自分の騎獣の世話だろうが! 何故そこで一緒にやると言わねぇんだ!」
「や、やれって、言われなかったから……」
余りにも子供じみた答えに店主はいっそ悲しそうな顔になってグルガンを突き放すようにして手を離した。
ドラコニクスはB級にあがった位から手に入る騎獣だ。それでも、自分の騎獣の世話くらいは自分でするのが当たり前、ガイウスも手伝えとは言わないだろう。
当たり前のことをなんで『手伝ってくれ』と言わなければいけないんだと思ったに違いない。かわいそうだからついでにコイツらのドラコニクスの世話もしていただけだ。
「藁を替えて、水と餌をやるんだ。朝の分まではもしかしたらガイウスがやってくれているかもしれねぇが、世話を怠ったら暴れ出すのがドラコニクスの習性だ。世話もしねぇ奴の命令に従えるか、と思って野生に帰るぞ。さっさとしろ!」
別段暴れたといっても『三日月の爪』の厩舎が破壊されるだけで、後はガイウスの方に向かっていくだろう。誇り高いが、恩義も忘れない。だからこそ竜種でありながら騎獣におさまっている。
鍛冶屋の店主の言葉に怯みながらも不承不承というていで、グルガンとベンが藁を替えたり餌やりをしたりと世話をしに行った。
その間にハンナとリリーシアはまた回復薬関係の選別をして、使えなさそうな初級のものを横に避けておく。やっと食糧品まで掘り進めた所で、これらは無駄になるものがないのでポーチに詰めていく。
アイテムインベントリとアイテムポーチの違いは、インベントリは中身を把握していなくても一覧から物を取り出せること、ポーチはこれが欲しいと思ったものが取り出せること。最大の違いは、保存期間である。
ポーチの中でも生鮮食品でも一年は保つが、インベントリは完全にその状態で出すまで時間が経過しない。ポーチの中では、一年を過ぎた頃から、徐々に悪くなっていく。
今ポーチに詰め込まれていっているのは保存食が主なので痛い目に遭うことはないだろうが、アイテムポーチは『何が入っているか把握』していなければいけない。
やっとダイニングの扉が見えてくる頃には、ハンナもリリーシアも何が入っているのか、もうよく分からなくなっていた。
そしてグルガンとベンは藁と水を替え終わると、どの餌がどいつの餌なのか分からずに首を傾げていた。
とりあえずどれも同じだろう、と、適当に餌箱に餌を入れる。量も適当だ。
グルガンたちも、騎獣を買った時には好みの餌だとかの説明を聞いていたはずなのだ。世話も毎日しなければいけないと。
そんな事は、戦闘と恋愛にうつつを抜かしていた彼ら4人は、すっかり忘れてしまっていたのだけれど。
◇◇◇
ガイウスは旅支度をしてきたものの、初心者の案内をするなら拠点を作るかを考えていた。
しかし、ここは自分の土地でもない。
悩んだ末に、川に程近い場所に旅用のテントを張って、シュクルの寝床になりそうな針葉樹の柔らかい葉を短剣でざくざく刈ってきて敷いてやる。
木を一本魔法弓で根本に連射して切り倒すと、短剣で細長い輪切りにして、そのまま中を空洞にするように彫ってやると、簡易の餌箱が出来た。水は川から直に飲めばいい。
「ほら、餌だぞ」
「ガァ!」
ガイウスはちゃんとシュクル好みの餌を買い込んできていたので、この餌が無くなる位に次の街につけばいいか、と思っていた。優に数ヵ月分はある。
ドラコニクスの餌の方が、自分の飯より入手が大変だ。別に草食だから森に放てば飢えないだろうが、世話をしない人間のそばを離れるのは当たり前だ。
「アイツらもちゃんと、好みの餌くらいは覚えてるよなぁ……、みんなで一緒に買って、一緒に世話するって言ったのに、しなかったから……ちょっと不安だけど」
「グゲ?」
「最初は好みの餌だとか藁とかやってたの、思い出してるといいな」
シュクルは応えない。
わかっている。ガイウス以外は、誰もそんな事を覚えていないことを。三日と経たずに、ガイウスが世話をし、野営の時もガイウスがこうして寝床を作り、餌をくれたことを。
だから、シュクルの心情としては『あいつらにそんな分別があるものか』だ。
一応聞こえてくる遠吠えに、まだそこまでの怒りは無い。誰かがお節介してくれたようだ、とシュクルは理解し、近くの森にしばらくいる、と遠吠えを返した。
日が暮れていく。
ガイウスは何も意地悪をしたわけじゃない。何でも最初はみんなでやっていた事だから、みんなで店に行ったから、みんなで買い物をしたから、自分が『交渉術』のスキルがあったとしても、やった事を見ていてくれると思っていた。当たり前に、そう思っていた。
グルガンたちが、自分の恋人の顔ばかり眺めるようになったりしていた事には、残念ながら背中に目はついていないので気付きはしなかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます