3 鍛冶屋でアイテムポーチが倍の値段だった

「いらっしゃ……アンタらか。はぁ〜……何の用だ?」


 いつもは無骨でも愛想のいい禿頭の店主は明らかに嫌そうな顔をした。


 既に素材商からの噂は聞いている。店との関係が良好だったのは、ガイウスが気を利かせていたからだ。


 例えば新しい装備を作るとき、加工料の他に素材を自分たちで持ち込むが、ガイウスはいつも最良品を持ち込んでいた。品質の劣る良品や普通の品、最良品でも端切れ程度の素材を少し安く鍛冶屋に卸していた。


 商売をやっているなら【アイテム師】でなくとも『鑑定』が使えるのは当然だが、基本的に冒険者は素材の良し悪しを判別できない。【アイテム師】との取引はその点でも店としては信頼できた。


 ましてS級手前のA級ならば、それなりの魔物を狩ってくる。それを素材に加工するのも【アイテム師】の腕の見せ所だが、素材商の話では『三日月の爪』にガイウスが居た時のようなお互いにいい取引は期待できないとの事だった。


「アイテムポーチが欲しいんだ。金なら払う、最上のでかい容量のを作ってくれ」

「素材は? 最上となるとドラゴンの革かレッドサイクロプスの革が必要だ。耐久力が必要だからな」

「きょ、拠点の庭に大型魔獣の死骸がある。素材の加工までしてはないが……も、もちろんその分の手間賃も払う!」

「ばっかやろう、大型魔獣は素材にするのに1日仕事だ。お前ら本当に金は払えるんだろうな?」


 『三日月の爪』は顔を見合わせ、不安そうにグルガンが尋ねた。


「い、いくらくらいするんだ?」

「そうさな、そっちに出向いて素材に加工して、その後アイテムポーチを作ってとなると……人数分欲しいんだろう? となると、まぁ……ざっくり金貨120枚ってところか」

「はぁ?!」

「ぼったくりでしょ! そんなの!」


 グルガンとハンナが反射的に叫んだ。今持っているアイテムポーチもここで作ってもらったものだが、一つあたり金貨5枚で作ってもらえた。性能は3分の1程度、10メートル四方だが、アイテムインベントリが使えるガイウスがいればこその容量だ。


「おい、これでもガイウスの奴の顔を立てて最低賃金でこの値段だぞ。さらに言うなら、今は王宮で大型魔獣の買取はしてねぇ、それも含めて素材にして希望のもんを作ってやる。そのために俺は店をお前らのために閉めなきゃならねぇんだ。ぼったくりだってんなら、庭で魔物を腐らせるんだな。警備隊が飛んでくるぜ」

「わ、わかった、わかったよ、払う。その値段で頼む」


 ガイウスに頼まれたのもあるが、大型魔獣が素材にもされずに腐っていくのが鍛冶屋の店主は許せなかった。


 それにしたって、若いパーティとはいえ物の価値を知らなすぎる。ガイウスは『交渉術』を持っていたが、いつでもこっちの仕事を信じて言い値より少し高く払ってくれるか、おまけで素材をつけてくれた。それでこそやり甲斐って物がある。


 こいつらのアイテムポーチを作るのには、熱は入らなさそうだ。下手な仕事をする気は無いが、物の価値を知らないこいつらの元に大型魔獣の素材はもったいない。


 ぼったくり、と言われたのも腹が立った。いいだろう、素材をたんまりぼったくってやる、そんな気持ちで店主は道具一式を持って『三日月の爪』の拠点に向かう支度をした。


「全額前金だ。お前らが払ってから行く」

「……わかった。ほら、これで頼む」


 素直に120枚払った所は見直してもいいだろう。ただ、ガイウスがいればもっと安く、そしてこっちも気持ちよく最高性能の物が仕上げられたというのに。


 ぼったくり、と大声を出されてはこっちの商売もあがったりだ、と、鍛冶屋からも『三日月の爪』の悪評は広まる事となった。


◇◇◇


 グルガンたちがなんとか鍛冶屋の店主にやっと庭の大型魔獣の解体をしてもらっている頃、ガイウスは川辺でホーンラビットの肉を焼いていた。


「あちゃ、クセで焼きすぎた。まぁインベントリに入れときゃいいか」


 1羽分も食べれば満腹になるが、気づいた時には3羽分も、焼いた石の上で加熱していた。さすがに一人でこれは食べられないし、シュクル……ドラコニクスは竜種には珍しい草食だ。


 インベントリに仕舞おうか、と思って調理の続きをしていたら、森の方から複数人の足音がしてそちらを見る。殺気は感じないし、感じていたらシュクルが騒いでいたはずだ。


「に、肉の匂いだ……!」

「す、すみません、全財産払うので……分けてもらえませんか……!」

「水もある……! あぁ、助かった……!」


 どうやら、ガイウスよりも若い15歳程の駆け出しのパーティのようだった。


 王都に程近い迷いようの無い森を彷徨ったらしい。明らかに飢えているあたり、どうしてそうなったのかが気になるところだ。


「金はいらないよ。焼きすぎたと思っていた所なんだ、食べていきな」


 ガイウスはこんな所で死にかけている冒険者パーティに気前よく肉を振る舞い、川の水も飲めることを教えてやってから話を聞いた。


「俺たちは先月冒険者登録したところなんだ。その、採取依頼で薬草を取ってたんだけど、途中でまさかゴブリンに当たるとは思わなくて」

「ゴブリンか、最初は厄介だよな。数も多いし武器も持ってる。石も投げてくる」

「そうなんです……魔力も尽きて私は足手纏いだし、二人は怪我をしてて……」

「期限は今日までだけど、とにかく薬草を齧りながら逃げてたら道がわからなくなっちゃって」


 見たところ、剣士と魔法使い、シーフのパーティのようだ。回復役もタンク役もこれから雇えばいいだろうが、初期に依頼失敗をしてしまうと賠償金を払うのに街で働かなければならなくなる。


 久しぶりに食べたからか、動けなくなっている彼らを残して「ちょっと待ってな」と言ったガイウスが一瞬森に入り、すぐに最上品質の薬草をひと抱えも持ってきた。


「森には群生地があるんだよ。そこから王都への道は送りながら教えてやるから、次は変なところに入って無茶な戦闘をしないようにな」


 とは言ったものの、ガイウスとしても先輩面はなんだか恥ずかしい。自分は納品予定もなければ回復薬も持っているからその薬草を彼らに譲り、シュクルの手綱を持って歩いて川から群生地、群生地から王都の関所前まで送ってやった。


「あの! まだこの辺にいますか?!」

「わ、私たちお礼がしたいんです! できることならなんでも!」

「ガイウスさんは命の恩人です。俺らみたいな駆け出しの事、よく分かってくれてて……」


 熱い感謝の気持ちは嬉しいし、ここに留まって少しのんびりするのも悪くない気がした。こういう初級冒険者を助けるこの森のガイドみたいなことをしてみるのもいい。急いで帰る田舎でも無いし。


「しばらくこの森にいようかな。だけど、お礼は要らないし俺がここにいるのは言わないでおいてくれ。君らが僧侶かアイテム師でも雇ったら、俺とはお別れだ」


 ガイウスの声には逆らえないような圧があった。初心者冒険者には黙って頷くことしかできない。


 彼らは手を振ってガイウスと別れたので、ガイウスはまたシュクルを連れて森に戻った。


 ——彼らはガイウスとは言わなかったが、最初の森で助けてくれた恩人のことはギルド職員に詳らかに話した。約束は破っていないが、ガイウスのことだとバレバレである。


 しかし『三日月の爪』の面子の耳にガイウスの話を入れてやる気はギルド職員にも冒険者にもなかった。もうこの話はしてはダメよ、と言い含められて、素直に頷いた初心者冒険者たちはギルドの冒険者たちに可愛がられることになる。


 そして、最上品質の薬草を指定数より多く納品した彼らは、倍以上の報酬を受け取り、さっそく僧侶かアイテム師を雇いたいと申し出て、募集をかけた。

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