2 『三日月の爪』はアイテムを売れなかった

 翌朝、拠点に戻る道中に魔物の素材買取の看板を見つけたグルガンたちは駆け込んだ。


「俺たち『三日月の爪』の拠点に素材があるから引き取ってくれないか? 山程あって困ってるんだ」

「ガイウスさんを追い出した所じゃないか……、昨日、よろしくしてやってくれ、と頼まれたから仕方ない……本当は店に持ってくるもんだぞ。荷車はあんたらで引いとくれ」

「わ、わかった! 荷車を引くくらいどうって事ない!」


 店主の老人が裏にグルガンたちを案内して、巨大な荷車2台をグルガンとベンが引いていった。これ位なら造作もない。荷台には店主とハンナとリリーシアが乗っている。


 早朝で人通りも少なかったので、馬車の邪魔をすることもなく拠点までたどり着いた。が、庭を見た店主が渋い顔をしている。


「ど、どうしたんだ? ドラゴンやグリフォンの素材なんて中々お目に掛かれないだろ?」

「……お前ら物をしらねぇんだなぁ。ガイウスさんとは何年目でパーティを組んだんだ?」

「えっと……3年前に4人ではじめて、その後1年経ってから加入だから2年目から、2年間だな」

「っかぁ、ひよっこのうちにガイウスさんを雇っちまったのが、良かったのか悪かったのかしらねぇが……。大型魔獣の素材は城買取だよ。しかも募集を掛けてる時だけだ。腰のアイテムポーチにでもしまっときな!」


 そんな制度だったとは初耳である。グルガンたちは焦ったが、じゃあ買い取りできる物だけでも、と頼むと店主は庭をざっと見て中型の魔物の素材に目をやった。


 何故か視線が険しい。中型の魔物の素材は、それなりに量もあるが1つ2つ手に取ってみてため息を吐いた。


「お前ら……俺にこの粗悪品を売りつける気か……」

「えっ?! 粗悪品?!」

「そうだよ。まぁそうだな……使い途ったぁない事もないが、それならこっちが金貰って処分する形になる。なんせ、暖炉や焚き火の焚き付けや、油を染み込ませて松明の先に巻きつける位しか使い道がねぇからな。——お前さんらの野営のために取っといた方がいいと思うがねぇ」


 グルガンたちが顔を見合わせる。確かに、野営に使うことはできるがこの量は……それに、こっちが金を払って処分してもらうとなると懐が痛い。大した額では無いだろうが、アイテムポーチにこれだけなら入りそうでもある。


 悩んだ末、もっと容量のあるポーチを買うことにして、この山もそのままだ。


 家の中も見て欲しいが、それはまず回復薬など使える物をポーチに入れてみてからだ。中型から小型の魔物の素材で買い取りできるものはない、処分料を払って引き取るなら、ガイウスの顔を立ててやってもいい、と言われたが、断ることにした。


 物を知らない上に、少しでもここは金を払って新しくいい客になろうと努力するところだろうに、と思って腹がたったが、店主はまた、荷車に乗ってベンとグルガンが送っていった。


 結果、この店主は無駄足を踏まされた上に商売のいろはも知らない『三日月の爪』には悪印象だけが残る。ガイウスなら、こんな馬鹿はしないのに、と。


 商人の時間を無駄に取って手間賃も払わないグルガンたちの噂は、瞬く間に王都の街中に広がった。


◇◇◇


 ガイウスは町の関所を抜けて、近くの森で昼夜の分の狩を始めた。食糧も全部買い揃えて出てもよかったのだが、ドラコニクスの餌も買ったし、街近くの魔物の数を減らすのは安全面でもいいことだ。


 魔法弓を引き絞ってヘッドショットでホーンラビットを数羽殺す。5羽ぐらいにしておいて、血抜きをし、皮を丁寧に剥いで上質な革にしておく。


 血は水で薄めて骨と一緒に埋めて、匂いを消す。ホーンラビットの匂いでは他の強い魔物が寄ってくるが、ドラコニクスが居れば大体の場所で野営したところで危ないことはない。


 回復薬に使えなさそうなクズ薬草をひろってそれで肉を包んでおけば臭み抜きになる。あえてインベントリには入れずに荷物に背負った。インベントリではそのまま保存されるので時間の経過が意味をなさないのだ。


「なぁシュクル、アイツら魔物の素材どうしたかな……せめて新しいアイテムポーチくらいは買うよな? 俺の手持ちでも30平方メートルの最上のやつ買えるんだからさ」

「ガァ?」

「悪い悪い、俺もなんだかんだ愛着あったのかねぇ。どっちかっていうと……、アイテム泥棒呼ばわりされても全部持ってきた方がよかったような気もしないでもないんだけど……」

「ガ、グァ!」

「そうだな! クヨクヨしても仕方ない、街の人たちによろしくって言っといたし、何とかなるだろ!」


 なんとかならない事態にさっそく陥り始めているのだが、それはまだガイウスの知るところでは無い。


 シュクルは幸せだった。ガイウスはよく世話を焼き、餌も欠かさない。そして、シュクルはあの騎獣の中ではリーダーでもあった。


 当たり前だ、シュクルの乗せる人間が全ての世話をしてくれていたのだから。数日後には子分たちが諦めて自分の後を追ってくることも分かっている。


 だから、ガイウスには分からないが、シュクルは自分がどこにいるのかを、頻繁に遠吠えするようになった。子分たちが粗雑に扱われないように、シュクルのできる唯一の事だ。


 『三日月の爪』に対して怒っているのは、何も人間だけではない。

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