17 『連携』の練習(※三日月の爪サイド)

「さて、連携の練習をするが、今までお主らが連携ができていて、今はできない。ない物は何じゃ?」


 ギルドの演習場には、今日は魔獣の檻は無かった。そのかわり、初心者が使うような木の人形がいくつも立っている。合計で20体はあるだろうか。前衛と後衛のような布陣で、隆起のある演習場にそって立っていた。


 バリアンの問いに、さすがに気まずそうに顔を合わせたが、グルガンがごくりと唾を飲み込んで答えた。


「ガイウス、ですか……」

「半分正解じゃ。正確には『サポーター』がおらん」

「サポーター……?」

「ま、やってみるのが早いじゃろ。今から3分の間にこの木の人形を全部倒してみぃ。配置についたら始めるぞい」

「は、はい!」


 午前中の家事に比べれば、こちらの方が彼らの領分だ。全員迷う事なく前衛と後衛に別れたが、動かない、反撃してこない的を倒すのに連携が必要なのか? と半信半疑で位置に着いた。


「よし、はじめ!」


 砂時計をひっくり返したバリアンが言うと同時に、リリーシアはグルガンへ速度強化の魔法を、ハンナは複数の火球を出現させる魔法を唱えた。


 ベンは強化されるまでもない、とにかく目の前の的に向って【重装盾士】らしく突進して端から戦斧で一撃で砕いていく。


 【パラディン】であるグルガンはベンほどの火力は無いが、木でできた的ならば即座に破壊できる程度の火力はある。本来ならばメインの前線だが、ベンを強化するよりグルガンを強化した方がもっと早く済むと考えたリリーシアの狙いは正しい。


 速度強化されたグルガンが一気にベンの反対側から木の的に襲いかかる。その間に、リリーシアは今度はベンに向って速度強化の魔法を唱え始めた。


 しかし、彼らの間違いがここで一つ明らかになる。


「ばっ、早すぎ! グルガン避けて!」

「は?!」


 先日の失敗を活かして後衛を狙ったハンナの複数の火球の一つが、あまりにも早く前衛を破壊させたベンとグルガンが後衛に向かった途端、射線を塞いだグルガンに一つ直撃した。


 この程度はダメージにもならないが、グルガンの動きが一瞬止まってしまう。衝撃まではどうにもならない、熱いものは熱い、しかし、戦闘続行不可能ではない。


 微かに焦げたマントを翻して、ハンナが倒しそびれた目の前の的を倒す。と、同時にそれを狙っていたベンの武器とお互いの武器がかち合って剣が弾かれた。


「えっ?!」

「す、まん!」


 驚きの声をあげたグルガンに謝りながら、戦斧を振りぬいて的を破壊したベンだが、彼も驚愕に目を見開いている。


 リリーシアはハンナの火球がグルガンに着弾したのを見て初級の『ヒール』を唱え始めていたが、そこでバリアンが止めた。


「そこまで!」


 呪文の詠唱を中断し、的はあと5体程残ったまま、砂時計の砂は落ち切った。


 自分たちがあまりにちぐはぐにすぎたが、誰かが何か判断を間違った気はしない。だが、動かない的に対して彼らはここまで連携が取れず、倒し切る事もできなかった。


「分かったかの?」

「いや……、一体、どうして、こうなったのか……」

「少し話し合ってみぃ」


 剣を拾って戻って来たグルガンが凄く不思議そうに頭をかいている。


 バリアンは彼らが、これが原因か? と話し合っている間に、インベントリから新たな木の人形を出して演習場に設置してまわった。


 同じ数の木の的を設置したバリアンが、まだ話し合っている彼らの元に戻ってくると、そこまで、と手を叩いた。


「原因は分かったかの?」

「いや、分からない、です」

「リリーシアの援護は的確だった。グルガンに先に速度強化を掛ける方が、最終的な手数は増える」

「ハンナさんの魔法も、後衛を狙っていたので……何が、かみ合わなかったのか、よくわからないですぅ」

「最後のヒールも……なんで止めたの?」


 一応お互いのやっている事は把握していたようだ、とバリアンは半分満足したので、答えを教える事にした。


「お主ら、全く声がけをせんかったろう。まず、グルガンが速度強化されているのが分かっているなら、ハンナかグルガンがどれを狙うか声を掛けろぃ。ベンもだ、グルガンの動きが止まったのをもう少し目で追うようにせい。それから、最後のヒールを止めたのは過剰回復状態になるからじゃ。木の的を破壊する程度の火球でグルガンにダメージは無い、あそこはどちらかと言うと状態異常を回復する魔法の方がえぇの、火傷は地味に後に効くからの」


 言われてみれば、と三日月の爪は顔を見合わせた。


 以前のフォレストウルフ相手の演習の時もだが、自分たちは今まで声掛けをしてこなかった。その『習慣』が無い。


 なぜなら、それは今までガイウスの仕事だった。ガイウスの指示の通りに動くことで、自分たちは互いを攻撃する事なく、また、邪魔もせず、的確に回復アイテムを受け取っていた。


 今は木の的が目的の演習だ。言われた通りリリーシアはすぐに状態異常回復の魔法をグルガンに掛けて、微かな火傷を回復してやる。これで充分だったし、確かに落ち着いてみれば間近にみるグルガンに怪我らしい怪我はない。


「そこで必要なのが、後方で全体を見る『サポーター』なんじゃが……、まぁ、信頼関係のないサポーターは邪魔じゃからの。同じ級か、少し下の級でサポーターをその時々で雇うのもえぇじゃろ。が、パーティからサポーターが居なくなったのが今の『三日月の爪』で、そこに参入してくれる者が居ないのが現状じゃ。じゃからお前らがやる事は……」

「互いに声を掛け合って」

「何を狙っているのか、ちゃんと分かるようにして」

「連携を強化するん、ですねぇ……」

「……俺はもう少し、周りを見るように気をつけよう」


 バリアンに言われて理解できたからと言って、彼らは即座にそれができる訳ではない。が、その事には気付いていない。


 やってみればそれが難しい事だと気付くはずだ。言われたからと言って即座に連携が取れるようになるかと言えばそういうものでもない。


 何事も繰り返しと練習である。まだ魔獣の相手は早い、と判断したバリアンは、とにかく木の的に向って3分の時間制限を設け、全てを倒すような演習を暫く……何日も、という意味で……続けさせた。

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