25 対ナイトメア(※三日月の爪サイド)

「おっほっほ、こりゃやっかいなもんが現れたのう」


 止まれぃ! とバリアンに言われてドラコニクスを止めた『三日月の爪』の少し遠くに、紫光する黒い煙が渦を巻き、ダンジョンの床から巨大な黒馬……ナイトメアが生じた。


 素早くグルガンがナイトメアの目を確認する。白く濁っている、これもハーフアンデッドだ。


 だが、ナイトメア相手にハーフアンデッドかどうかはあまり関係ない。間合いに入るまでナイトメア自身は動かないが、間合いに入れば精神を喰われる。レジストする術がない訳ではないが、リリーシアの魔力を大きく食う上に、素通りできるかと言えば追いかけて来るのでやっかいだ。


 倒してしまった方がいいが、今までダンジョンでナイトメアと当たったことはあっても、その時にはガイウスが居た。今回ばかりはベンの『挑発』スキルで引き寄せて叩くという戦い方は通用しない。かといって、ガイウスのサポート無しに撃破することができるのか。『三日月の爪』は改めて考えることとなった。


 ガイウスのサポート……聖属性魔法のスクロールによるエンチャントの遠距離攻撃によって気を引いている隙に、あの頃はまだ【騎士】だったグルガンと【魔法使い】のハンナによる遠距離の聖属性を付与された遠距離剣技と魔法で倒してきたのだ。


 【パラディン】の攻撃はナイトメアにもハーフアンデッドにも効果的だが、グルガンは少し考える顔になった。この距離が問題になる。


 遠距離に剣戟を飛ばすスキルはあるが、詠唱時間が掛かる上に、あの巨大な魔獣に対して一撃で命を奪う真似はできない。


 黒馬は立っていて、剣戟は地面を這っていくものだ。急所に届かない。


「なーに一人で考え込んでんのよ。要はあの馬の頭を吹っ飛ばせばいいんでしょ?」

「ハンナ」

「あ、あの、私も考えてみたんですけど、ハンナさんの氷魔法で道を作ってもらうというのはどうでしょうか……? もちろん、その間、攻撃の気配を悟られないように聖属性の防壁を私が張ります」

「最前線には俺が立とう。万が一一撃で仕留められなかった時、一番レジストするのは俺だからな。その間にグルガンが首を斬り落とせばいい」

「リリーシア、ベン……」


 グルガンは、まだどこかガイウスの面影を追っていた自分を恥じた。


 今一緒にいるのは、頼もしい仲間だ。自分は何も一人で戦っているわけでもなければ、ガイウスがいなくても戦えるまで鍛えてくれた人が背中にいる。


 背中にいるバリアンを頼る気はさらさらない。自分たちでダンジョンを……このナイトメアというのは完全な想定外だったが……クリアするのが目的だ。


 頼もしい仲間のたてた作戦に頷くと、位置に着いた。


 最前線にベンが立ち、盾を両手で構える。スキルの『多重防御』を張って、見えない範囲まで覆っていく。


 その上に、さらにリリーシアの援護魔法でナイトメアの視界から一時的に姿を眩ませる。こちらからは、急に目の前から消えた敵に戸惑うナイトメアの姿は見えても、向こうにはグルガンたちを認識できない。


 その間に、横に並んで詠唱を始めたハンナとグルガンが並ぶ。


 杖を正中に構えて長い詠唱により、ハンナ自身の魔法でもってナイトメアを一時的に封じる強力な氷の道を創り出すつもりで魔力を籠める。周囲の温度が下がり、壁や床に霜が走り、ハンナ自身と杖も青白く仄かに光っている。


 その隣で剣の刃に額を着けるようにして、こちらも詠唱を始めたグルガンの刀身とグルガン自身の周りの空気が浄化されて渦を巻く。


 グルガンもハンナも言わずともタイミングは分かっていた。ほぼ同時、しかし、グルガンの攻撃が完全に乗るように、ハンナがわずかに先に道を創りナイトメアの頭を固定する。


 アンデッドは、頭を吹き飛ばすか、内臓を焼き尽す、それまで動くのを止めない。その代わり、表皮が腐り落ちていて攻撃が通りやすいのが特徴だ。


 ハーフアンデッドも同じだが、外側だけが正常な生き物と同じように丈夫な皮や鱗を持っている分、厄介な相手だ。ハーフアンデッドだと最初に気付かなければ、倒したと思って油断した瞬間に襲い掛かられる可能性もある。


 『三日月の爪』は戦闘面に関してだけはバリアンの指導は連携のみに絞られた。戦闘能力自体はあるが、互いにそれを殺し合ってしまっていただけだからだ。


 バリアンは余裕の表情で眺めている。このパーティなら大丈夫だ、という信頼だ。何も言葉も発さなければ、邪魔をするような気配も出さない。


 その信頼が嬉しかった。


「《凍てつく空気よ形をもって道となれ!》 『アイシクル・ロード』!」


 ハンナの魔法が発動し、その魔力の方向性を杖に籠めてナイトメアの下あごと首に向って氷の分厚い道が通る。


「《聖なる光を宿す刃よ我が敵に向い殲滅せよ!》 『セイント・アニマ・スラッシュ』!」


 その氷の道を砕きながらも真っ直ぐナイトメアの頭に向って、ナイトメアからは認識できないところから巨大な光の斬撃がナイトメアの頭に向かい、そして、そのままナイトメアの頭を吹き飛ばした。文字通り、跡形もなく。


 その間、ずっと氷の道と光の斬撃が頭上を通っていったベンは何も怖れることなく盾を構え、後方からリリーシアは姿くらましの魔法を掛け続けた。


 音をたてて倒れた黒馬の巨体に向かい、ハンナが続けて炎属性の範囲魔法をお見舞いし、その死体を焼き尽す。ナイトメアの場合、精神を食べる、という特殊性から頭を吹き飛ばしただけでは精神体としてより厄介な敵として再生する場合がある。特に、ハーフアンデッド、もしくはアンデッド属性ならばよけいにあり得る可能性だ。


 高熱の青い炎がナイトメアの巨体を焼き尽して消えると、流石にグルガンとハンナは尻もちをついた。魔力も精神力もごっそり削られたからだ。


 ベンとリリーシアが、それぞれ魔力回復薬を差し出す。どのくらい消費したのか、もう体感で理解できるようになった彼らは、魔法薬の選択も間違えない。


「ふぉっふぉ、いいのう、いいのう。さぁ……あと少しじゃないかの」


 バリアンは一連の全てが終わるまで沈黙を貫いたが、全員が行うべきことを行ったことを褒めて手を叩いた。


 ナイトメアは、ダンジョンにランダムに出て来る強敵だ。B級ダンジョンに出て来るとなると、相当な悪運でもある。


 そして、そういうランダムな敵というのは、下層に近付かなければ遭遇しない。


 ダンジョン攻略の終わりが見えてきたが、灰塵となってダンジョンに吸い込まれたナイトメアから落ちた魔法石を拾って、今日休むべき小部屋を探して奥へと進んだ。

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