第21話 藍婆ヶ峰奇襲戦

(一)

「しかし、考えれば考えるほどおかしな話よ。」

詮子が握り飯を頬張りながら言った。

「思うてみよ。理想の世を作るというて、絶大な力を持ちながら、なぜこのような山奥に引きこもらねばならん。女子供をさらって、まるでかくまうようにせねばならん。酒呑童子くらいの力があれば、ひとつの国、いや朝廷ですら滅ぼし、京の都に理想の国を立てられるはずじゃ。」

国を攻めとらないのは平和主義者だからだと思うけど、山中にかくまってるというのは確かに気になるわね。

「やはり、よからぬ意図でもあるのではないか?」

よからぬねえ…酒呑童子に関してそれはないと思うけど、あの茨木童子って何を考えてるのかわからないのよね…

「それはそうと…今日は朝から慌ただしくないか?」

そう言えば、鬼たちがやたら右往左往していたような…

「父様がわらわを救おうと軍勢でも送ってきたのではないかの…。」

藤原道長ほどの実力者なら数万の軍勢なんか簡単に送れるだろうけど…

「軍が来ているにしてもまだ遠いんじゃないかな。さすがに数万の軍勢となると、何か音が聞こえてくるはずと思うから…。」

詮子は口を尖らした。

「父上がわらわを見捨てるわけがない…必ず救いを差し向けられるはずじゃ。もういい加減ここにも飽いたゆえ、はやく助けて欲しいがな。」

強がっているけど小さい娘…いろいろ我慢してるんだろうな。彩芽は詮子を抱きしめたくなった。


(二)

「おいっ、勝手に何をやっているんだ!」

酒呑童子が茨木童子を睨み付けた。

「迫っている敵を迎え撃つのさ!」

集まった配下に次々指示を出しながら茨木は答えた。

「それは、ここ大江山の砦でやればいいだろう!」

茨木は露骨に呆れ顔をした。

「敵は軍勢と違うんだ。こんな広い山で見失ったら内懐に入り込まれちまう。かえって危ないね!」

茨木童子の言い分に一理あった。

「どう戦う気だ!」

茨木は南東の方角を指差した。

「物見の報告によると、敵は南東八里の三嶽の入り口までやって来ている。あそこは険しい三山が連なり、修験者しか使わない道も狭く、袋小路も多くて迷いやすい。奇襲するにはもってこいの場所だよ!」

酒呑童子の顔がくもる。

「それは少数で多勢を迎え撃ちやすいということでもあるぞ。」

茨木はせせら笑った。

「さすがは関東に名を轟かした戦上手だね。心配いらないさ、知恵第一と呼ばれた菅公の娘の私がちゃんと考えた策がある。」

「源頼光、あやつを老人と侮るととんだしっぺ返しを食らうぞ。」

「ふん…ご忠告ありがたく…気を付けるよ。」

そう言うと配下の鬼たちに叫んだ。

「お前たち、敵はたった五人とはいえ油断できない相手だ!あたしの作戦に従って慎重に、そして大胆に暴れな!その先にはあたしらの理想郷、鬼の国が待ってるんだからね!」

うぉおおおおおおおおおおおおおお

数百の鬼たちから大地を揺るがすような鬨の声(ときのこえ)が上がった。


(三)

丹波と丹後の境、山また山の極みが僕たちの目の前にそびえ立った。藍婆ヶ峰を中心とする三嶽、普通は修験者しか入らない険しい道に僕たちは馬を諦めざるを得なかった。

「ここを越えれば、いよいよ大江山麓だ。ついに敵の懐へ達する。もうひとがんばりだ!」

綱さんが無理やり元気だそうとしている。やっぱり金太郎ショックは大きいのか…。

「敵はこちらの動きを察知しております。敵本拠も近く、どんな罠が仕掛けられているかわからない。気を付けて参りましょう。」

ヤロウがじいさんの方を向いて言った。わかりきったことプラスなんの解決も示さぬ提案。お前は政治家かよっ!

「確かに、山道は細いので動きにくく、身を隠せる場所も少ないので我が方は戦いづらく敵は奇襲にうってつけの場所じゃ。奇襲に備えた隊列が必要じゃな。」

じいさんが話すとなるほどと思える。対策も示しているしね。僕たちは奇襲に備えてフォーメーションを変更した。先頭は耐久力があって肉弾戦に強い綱さん。二番はその綱さんを弓で援護できる千鳥ちゃん。三番は前の二人を術で援護するヤロウ。四番バッターは僕で最後列はじいさん。刀も弓も使えるじいさんは後ろから襲われたときの備え、金太郎がいればこのポジションだったのに…。

「まれびと殿は未知数、こちらにとっても敵にとっても…。活躍を期待しておりますぞ!」

ヤロウ、人のことワイルドカード扱いするか!さては奈良での活躍を快く思っていないな。心の小さい奴…

僕たちは左右から迫る草をかき分けつつ山道を登っていった。


(四)

道というか…まるでロッククライミングのような場所もあったが、鬼の襲撃も無く僕たちは何とか一ノ峰を踏破し、三嶽最高峰の藍婆ヶ峰を登り始めた。この山、一ノ峰とは全然険しさが違う。疲労も溜まった僕たちは無言で坂を登り続ける。

「あのー、そろそろ休憩しませんか?」

我ながら、声まで疲れが出てしまっているなあ。

「まだ駄目じゃ、ここは見通しが悪すぎる。頂上とは言わずも、せめて周囲が見渡せる場所まで我慢せい。」

後ろから元気なじいさんの声が聞こえた。

「碓井様、頑張ってください!」

千鳥ちゃんは本当に良い娘…

おっと、この先の崖横の道、上も下も垂直の断崖だし道の横に隠れられる樹木もない。つまり、見通し良いし奇襲出来にくい。いいんじゃない…ここ!

「悪くなかろう…しばし休むか。」

じいさんの鶴の一声でみんな座り込む。

綱さんは懐から手拭いを取り出し、脇や首の後ろの汗を拭っている。

千鳥ちゃんは竹筒に入れた水をくっと飲むと、その竹筒をこちらに放ってくれた。おおー間接キッス!

じいさんは何やら書き付けを取り出して眺め、ヤロウは周囲を警戒している。

「ここまで襲ってこないとなると、酒呑童子め大江山で我らを待ち構える気か。」

綱さんの話が終わるかどうかのときだった。

ずささささささ

上の崖から土埃と共に何か滑るような音が聞こえてきた。

「鬼の奇襲ですっ!」

ヤロウが叫び、綱さんが太刀を抜きながら飛び起きた。

上から襲ってきたのは五匹の鬼たち

なんと、全員が綱さんに組み付く。綱さんが暴れるので千鳥ちゃんの弓の的が絞れない。

「うぉおお!」

綱さんと鬼たちはもつれあって崖下へ転がり落ちていった。

そのタイミングで、下から数十匹の鬼が駆け上がってきた。じいさんが太刀をぬいて立ち塞がる。千鳥ちゃんが弓を引き絞り、ヤロウがその後ろで呪文を唱える。

バリバリバリバリ…

閃光が走った。

どん どん どん どん

僕たちの周囲で小爆発が起こった。

青白いナイスバディが空中で笑ってるよ…。

「走れっ…上へ!ここでは分が悪すぎる。」

じいさんの声と共に僕たちは坂道を駆け上がった。


(五)

はぁはぁ息を切らしながら坂を登りきった。

ここはもう頂上だろう…。

横で千鳥ちゃんが息を整えている。

「はぁはぁ…頼光様や季武様は…どうされたでしょう?」

さぁ、確認するとか、そんな余裕無かったなぁ。

「はぁはぁ、大丈夫じゃない…。あの二人結構強いし。」

千鳥ちゃんの眉がつり上がった。

「そんな無責任な…引き返しますよっ!」

すくっと立ったが、すぐ腰を落として周囲を見回した。

「この臭いは…?」

えっ…汗臭い?除菌シート残ってなかったかな。

リュックを開こうとした僕に、彼女は指を口に当てしっと言った。

ガサガサ…

茂みが一斉に騒ぎ出す。

ぐぅわおおおおおおおお

熊たちの顔が次々に茂みから現れる。その数…数十匹は下らないぞ。

「碓井さまっ…逃げてっ!」

千鳥ちゃんは地面に転がりながらぴゅっぴゅっと矢を放った。

僕は恐怖に駆られて、めちゃくちゃに坂をかけおり出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る