第7話 大江山の鬼
(一)
よく考えれば隠す必要はない。信じてくれるかどうかの問題だから、向こうからこうだろうと言われれば喜んで真実を話す。
そうですよ。まれ…何て言うか知りませんけど、未来からやってきたみたいです。
自分のこと、彩芽のこと、自分たちの世界のこと
そして貴船で起きたことを一気に喋った。
綱はちんぷんかんぷんという様子だが、晴明はいちいちうなづきながら聞いている。
「いくら…まれびとと言うても、かような荒唐無稽の話、晴明様はお信じになりましょうや?不思議の穴に吸い込まれ時を遡った?そのような話、噂ですら聞いたこともござらん。また、この者が話す未来とやら、鉄の船が空を飛ぶ?あの月へと降り立つ?何千里も離れた者と顔を見ながら話す?いずれも到底信じがたい。妖しがたばかりおるとも考えられ申すぞ。いんや、その方がしっくり来もうす!」
綱の眼は血走っている。
無理もないよね…逆の立場なら、どんなホラ話かと思っちゃうもんね。
晴明は僕を静かに見つめ続けている。
「人などと世の理のいくばくかを知っておるにすぎぬ。この世には、人の理では到底解し得ぬことがある。陰陽道もそのひとつ…。それに、星の知らせにより、こやつが貴船の穴から吐き出されたときからわしは見ておった。わしの式神・フナ虫の眼を通してな。」
えっ…。
女の子はニコニコこちらを見ている。
そう言えば、あの山のなかで彩芽の周りを蝶が舞っていた。そうか、あれは…。
そうだっ、立て続けにいろんなこと起きすぎて大事なこと忘れてた。彩芽っ…助けないと!
(二)
「わかっておる…。」
さすがは安倍晴明…この魔法使いみたいなじいさんなら、鬼なんてちょいちょいっとやっつけてくれるに違いない。
「かわいそうじゃが、その女子のことは諦めるんじゃな。」
えっ!何で?映画の安倍晴明は鬼なんかちゃつちゃとやっつけてたじゃん。
「敵が強大すぎる。畏れ多くも帝ですら御手をお下しになられずにおられる。」
そんなに強い……!確かに大きくて強かった。でも現代に鬼が残っていないってことは、どこかで退治されたってことじゃあ…。ああそうだっ。
「確か鬼たちは、そこの綱さんの何とかいう刀が怖いって言っていました。綱さんが助けに行ってもらえば…。」
「わしが何の義理あって行かねばならん?」
「だって検非違使って警察みたいなもんでしょ?」
これくらいは知ってるもんね。さすがに…
「検非違使は都の守りじゃ。」
冷たーい。さすがに腹が立った。
「じゃあ、その刀、僕に貸してください。」
綱は呆れたような顔をしている。
「これは帝より預かりし天下の宝刀、おいそれと貸せるようなものではない。仮に貸したとしてお主、そのような細いなりで鬼どもとどう戦うというのか?」
えっ、不思議な刀でビームみたいなん出るんじゃないの?ロープレとかで良くある設定じゃん。
「何か都合よく考えておるようじゃが、鬼斬丸は鬼がよく斬れるだけで不思議な力なぞないぞ。」
晴明も呆れた様子だ。
えっ、でもでも何とかしてヒップ、じゃなかった彩芽を助けないと…。
(三)
「強大ってどれくらい…。」
そうじゃの…晴明は眼を閉じて話し出した。
鬼の首領は酒呑童子
10尺(3メートルくらい)の巨体で筋骨隆々
炎を吐く赤鬼で
念力や千里眼など様々な超能力の持ち主
頭が切れて軍略にも優れているらしい。
腹心は茨木童子
あのナイスバディの青い女鬼
雷を自由に操り、冷酷非道、残虐な鬼らしい。
ああ、百合だしね。
その下に四童子と呼ばれる強い鬼がいる。
牛童子、虎童子、狼童子、熊童子
なんか姿が想像できる。
四童子はそれぞれ、百人の鬼で軍団を作っている。
都の北西、丹後にある大江山がその砦
各地の村を襲い、金銀財宝や糧食を奪い、女子どもを拐う悪さを繰り返している。
心を痛められた帝は何度か万余の軍を送り、酒呑童子を退治しようとしたが、その度に撃退され、それも全滅に近い敗退を繰り返した。
そこでとりあえず守りを固めることに専念し、敵の動静を探っているところだという。
「ここに来るまで疫病を見たじゃろう。」
僕はうなづいた。忘れようがない。
「あの疫病も、鬼の仕業と言われておる。」
えっ、何のために…。
綱が不思議そうな顔をした。
「まれびととは妙なことを言うやからじゃ。鬼とはそういうもの、決まっておるじゃろうに。」
そんなもんなんだろうか?
(四)
「なんとかなりませんか?」
「うーむ、わしに言われてもの…。」
安倍晴明って、ゲームみたく鬼相手に無双できないのかよっ!
「じゃ綱さんっ!」
「わしに言うな!」
「袖すり合うは何とやらって…。」
「仮にお前に縁や義理があっても、さすがのわしでも出来ないことはある。」
「じゃ、帝に会わせてくださいよっ!」
綱の口から大量の唾が飛ぶ。
「こ、こ、こ、こ、この無礼者っ!」
えっ無理なの?ロープレとかでは王様に簡単に会うじゃん。
「人はどうせ死ぬ。早いか遅いかの違いだけじゃ、諦めよ。」
このじいさん、本当に冷たいよな。簡単に諦められるかよ。あいつは僕の…。おや、僕の何だっけ?幼なじみ、同級生、友達、いやもっとこう…。ちくしょう、よくわからんけど腹立つ、腹立つ、腹立つ!
「どこへ行くのだ?」
がばっと立った僕に綱が慌てた。
「鬼や妖しじゃないと分かった以上僕は自由でしょ。一人で彩芽を助けに行きますよ。」
「だからどうやって助けるのだ。お前じゃ無理だと言ったであろう。」
「やり方はわからないけど、助けにいかないと…。」
ドローンなど中身を入れてリュックを背負った。
「待て待てぃ、勝手なことをされては困る。」
「だからぁ、僕を留める理由がないでしょ!」
「り、理由だぁ…理由は………ある。ある、あったぞ!」
綱は何事か大事なことを思い出したらしい。
「何ですか!」
「詮子様じゃ詮子さま。晴明様の用が終わったら連れてくるように言われたではないか。」
ああ、あの美幼女…。
「それにな…詮子様はなんといっても、今をときめく道長卿の御息女、万が一にもお前の願いが叶うやもしれん。あくまで万が一、万が一だぞ。」
そうか、なるほど…。権力者を頼れば無理が通る…これは昔も今も同じなんだな。
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