第8話 摂関家の姫
(一)
なんだこれ…。
京に入って、あくまで外からだが貴族の豪邸を数々見た。しかし、大きさといい豪華さといい、ここはレベルが違う。
藤原摂関家、確か高校のとき歴史の授業で聞いた。
誰でも思うよ、見るのと聞くのでは大違い。都心のタワマンなんてこれに比べりゃ本当にちゃっちい。
館の巨大さ豪華さは語るまでもない。庭は…これ庭って言っていいのか?鴨の放された池につながる清流の小川が縦横に流れ、それを渡るため設置された橋は10を軽く越える。紅葉やさるすべり、梅や桃などの低木が苔むした巨岩の周囲に巧みに配置され、屋敷にいながら季節を楽しめる工夫がされている。
何より人の数、家族だけでなく摂関家に仕える人々、男女合わせて何人だろう。100人以上は確実にいる。
こりゃ屋敷と言うより現代の会社か、壁に囲まれた一つの町だ。
iPhoneの録画機能をフル活用しながら、僕はライブ配信したいなぁ、投げ銭いっぱい集まるだろうにエヘヘ、などという妄想に陥っていた。
「うろうろキョロキョロするでない!まれびとと言えど品が無さすぎるぞ!」
綱が呆れ顔で言った。
仕方ないでしょ。初めて見たんだから、いやいやタイムスリップなんちゅうレアすぎる経験してんだから…。
「ごほん…。」
いつの間にか、僕らの前に(烏帽子というらしい)黒帽子を被った太った中年の男が立っている。真面目くさって上から目線なのが伝わる。やな感じ…。
「姫様がお呼びである。これへ参れ…。」
(二)
角をいくつ曲がっただろう。大きすぎる屋敷も考えもんで、まるで迷路か迷宮だ。住んでる人もちゃんと目的地に着くんだろうか?まったく、いつになったら着くんだろうと思っていると…。
「ここで待て!」
デブ中年が偉そうに命じた。そんな性格じゃ、いつの時代でもモテないよ。内心、文句ぶりぶりで頭の後ろで両腕を組む。
「おいっ!まれびと死にたいか…平伏して待たんかっ!」
座り込んだ綱が右手を伸ばして、物凄い力で僕を地面に引き倒した。
「いてて…人権侵害、暴力反対っ!」
言ってから思った。この時代に人権とかあったのかな?もしかして身分に差があれば人権にも差があるのか?
「まれびとよ、お前は時折、意味不明のことを言うが、命惜しくば言うことを聞け。貴人にとっては、わしの命ですら虫けらと変わらんのだからな。」
やっぱり人権に差があるどころか、身分が低ければ人権が無いのか。ブラックというより、ある意味地獄だねこの時代は…。
ぎっぎっ
廊下を歩いてくる複数の足音がした。そっちを見ようとすると、綱が頭を押さえつける。はいはい、命が危ないのね。まったく面倒くさい…。
「渡邊党の綱よ。晴明のもとでそこな者の正体はわかったのか…?」
聞いたことのある高い声が響く。綱は顔を伏せたまま
「奏者の御方に申し上げる!」
なに、何んだ?礼儀、形式?
「屋敷の中はまどろっこしいの。よい、直答を赦す。」
「ははっ!ありがたき幸せ。」
綱は晴明館でわかったことを一気に説明した。
「まれ…びと?まれびとと言うか。いとおかし、浦島太郎と同じとな。」
なんか面白いんですか?
おかしいと馬鹿にされて、かっとして顔を上げてしまった。
「平伏せぬかっ!何を勘違いしたか知らぬが、おかしとは興味深いという意味じゃ。」
綱がぐいぐい頭を押さえる。そうか古文で習ったような気がする。上からの声が続く。
「そのような珍しきもの…わらわ一人見知るのではもったいなや。こりゃ、誰ぞ父君に伝えて参れ。」
綱の顔からぽたぽた脂汗が垂れた。
この姫の父君って…………藤原道長っ!
僕でも知ってる。
藤原氏にあらずば人にあらずって言ったひと
会うのは正直嫌だな…。
でも、うまくいけば彩芽を助けてくれるかも…
(三)
かがり火が勢いよく燃えている。
あれから迷路のような屋敷を右へ左へ連れ回された挙げ句、大広間らしい部屋の前で庭に座ったまま夜まで待たされたのだ。
グー~ー
腹へった。
考えてみれば昨日の夜から何にも食べてない。
晴明さんとこでうまい水を飲んだだけだ。
藤原摂関家って客にめしも出さないのか?
ああ、僕って客じゃないし人権も無いのね。
「用が終われば何か食わせてやる。我慢せい。」
ああ、人情ってやつが身に染みる。綱さんっ、あんた乱暴だけど思った通りいい人だった。
ざわざわ…
屋敷の中で気配が動く。
綱の手が僕の頭を地面に押し付ける。
数名の足音が僕らのいる庭の前で止まった。
「まれびととやら、頭を上げて顔をみせよ!」
誰かの甲高い声が響く。貴人の声は高いのか?
ちらと横を確認、綱がこちらを見てうなづいた。
顔を上げる。さっきの姫と男が数名。
どれが道長かは教えてもらわなくても分かる。
真ん中に立つ氷のような冷たい目の男
意外に歳は若い。…二十代中盤かな
これが絶対権力者、あるいはそうなる藤原道長
現代日本にはいない人種、なぜか目が離せない。
「そこな者っ、貴人の顔を見つめるは不敬なるぞ!」
道長の横の男が怒鳴った。
綱が慌てて僕の頭を押さえつける。
「失礼つかまつった。この者、まれびとと申して礼儀を知らぬ者ゆえ…。」
横の男は奏者、貴人への取り次ぎを仕事とする下級貴族で藤原援というらしい。くどくど文句を続けていたが、主人の方がそれに飽きたらしく喋りだした。
「はて、まれびとと言うて格好以外は我らと変わるところはないようじゃ。」
詮子が父の方を向いて言った。
「ですが父君、こな者の話をお聞きくだされ。聞いたことなき不思議ばかり。まことおかしき話と…。」
道長が娘からこちらの方へ視線を向けた。
「それではっ、渡邊綱めが奏者の方へ申し上げる!」
張り切って語ろうとする綱を道長が手で制した。
「礼儀無用、そこなまれびとが直接話すがよい。」
(四)
僕は身振り手振りを加えて一生懸命話した。
現代のこと、人々の生活、技術、政治
この世界に来ることになったいきさつなど
知る限りを正直に話した。
道長は立ったまま顔色も変えず話を聞いている。
周囲の者はびっくりしたり、感嘆したり、首をかしげたりしている。
話疲れるくらい一気に喋った。
僕が黙るのを合図のようにして、聞いていた貴人たちが騒ぎだした。
「大臣(おとど)、このような荒唐無稽の話、あろうはずがございません。」
「どうせ、証なきほら話で褒美をせしめようという輩でござろう。」
「鬼に襲われた村に一人残されておったよし、何かの罠かもしれませぬ。ただちに捕らえ、処刑なさるがよろしかろう。」
黙って聞いていれば言いたい放題、またむかむかと腹が立ってきた。すくっと立った僕の剣幕に、実は人の良い綱がおろおろしている。
「証拠を見せればいいんですね!」
考えがあった。iPhoneを取り出し姫に向ける。録画OK
「何をするのじゃ!」
「面妖なものを…。」
貴人たちが大騒ぎとなる中、道長ひとり静かに成り行きを見守っている。
「いいですかっ!」
白壁に向かってiPhoneを向ける。プロジェクターオンッ!
「……………!」
騒ぎが収まった。白壁にはもうひとりの姫が映し出されている。どんなもんだい!僕は浅はかだった。
「妖術じゃ。」
「正体を表しよったぞ!」
「妖しじゃ、出会え出会え!」
わらわらと数名の侍たちが駆けつけ僕らを取り囲む。
薬が効きすぎた。逆効果と思ったときはもう遅い。
綱は侍たちと僕の間に立ち塞がり誤解でござると繰り返した。侍たちは聞く耳を持たない。ジリジリ距離をつめる。
「妖しをかばうなら渡邊綱であろうと構わん。共に討ち取るがよい。」
貴人のひとりが叫ぶ。
道長と詮子は面白い見ものとばかり、笑みを浮かべて見ている。
「お前、走れるか?」
えっ?
「こうなっては仕方なし、ここは逃げるぞ。」
壁にじわじわ下がりつつ綱がささやく。
よーし、ここは覚悟を決めて…。
あれ……?
空中がゆらゆら揺れたような
ぼっ…。
何もない空に焔が揺らめいた。その焔は一気に大きく
あれあれあれ…!
焔の中から赤銅色の肌、筋骨隆々とした銀色の髪の巨人が現れた。
「き、き、貴様はっ!」
綱の目に初めて憎悪が宿った。
うぉおおおおおおお!
鬼斬丸をしゃっと引き抜き巨人に突進していく。
ごっ!
綱と巨人の間につむじ風が起きた。
綱はつむじ風めがけ太刀を振り下ろす。
がきっ!
金属と金属がぶつかるような音、焦げくさい臭い
お、お、お、狼男?
頭は狼、身体は巨人の化け物が鬼斬丸をばくっとくわえて立つ。
「どけっ狼童子、わしは酒呑童子に用があるのだ!」
綱は太い腕にぎりぎり力を込めるが、狼男は太刀を離さない。
えええええ、あれが…あれが鬼の大将・酒呑童子なのか!イメージと違う…。
残虐と言われた鬼の総大将は、おとぎ話と違って理知的で整ったイケメンだった。
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