第9話 詮子強拐
(一)
後で知ったが、青侍とか公家侍と言われるらしい。
摂関家に仕える侍たちがわらわらと集まって酒呑童子を取り囲んだ。その数はどう見ても100人以上いる。
日頃からつけたままなのか、折れ烏帽子に具足をつけた戦闘モードで、弓矢を背負い太刀を抜き放っている。
屈強な男たちは、囲みを十重二十重に廻らしているが、わあわあ言っているばかりで、ビビっているのかなかなか酒呑童子に斬りかからない。
ふん…。
酒呑童子は目を伏せ鼻から息を抜いた。
「おおおおおおお…!」
侍たちの太刀が次々に、まるでゴム製のおもちゃみたいにグニャッと曲がっていく。酒呑童子が歩き出すと、あの外国映画で海が割れたシーンのように侍たちは道を開けた。鬼の総大将は館へ、道長さんたちの方へゆっくりと歩いていく。
何をするんだ…?
鬼の目線の先、姫?そう言えば鬼は女子供をさらうって聞いた。
僕は勇敢ではない。平和主義でむしろ臆病な方かも、それでもこのときは自然と身体が動いた。
…………?
突然飛び出して立ち塞がった細っこくて弱そうな男に酒呑童子は明らかに戸惑っている。
「逃げてっ!」
姫の方に叫ぶとiPhoneを取り出し、アプリのフラッシュを最大パワーにセットする。
ぼしゅっ…
僕の想像以上の輝きが一瞬辺りを包んだ。
(二)
酒呑童子が目を押さえている。
効いてる…?やった!
後ろを振り返ると、道長さんに…姫!
呆気にとられてこっちを見てる。
ばか、何で逃げないんだよっ!
「早くっ…今のうちに逃げてっ!」
もう一度叫んだ声にはっとして、道長さんは姫の手を引っ張り奥へ走ろうとした。
ごっ
頭上を大きな鳥が飛び過ぎた気がした。
「うっ!」
道長さんが縁側で倒れている。
酒呑童子は右肩に小さな十二単を担いでいる。
気絶しているのか、姫はピクリとも動かない。
「摂関家の姫、この酒呑童子がもらっていくぞ…。」
わなわな震える道長さんに赤鬼は静かに言いはなった。そして僕の方を振り返る。
「お前、何者だ?」
「う、碓井…光だっ!」
僕は声を絞り出した。足はガクガク震える。
「そのカラクリ…陰陽師か?」
「違うっ!」
「それでは………まれびと、まれびとか?」
まれびとって、鬼が知っているくらいメジャーなワードなのか?
「まあいい…なかなか面白かったぞ。まれびとよ、縁があったらまた会おう。」
そう言うと姫を担いだまま空高く飛び上がった。
ああ、この時点で大事なこと思い出した。
けし粒のようになった酒呑童子に叫ぶ。
「おいっ、彩芽をかえせー!鬼のばか野郎!」
(三)
いつの間にか戻ってきた摂関家の家宰・藤原援ヤロウが自分は隠れていたくせに青侍たちを口汚く罵る。こんな奴、いつの時代でもいるよね。
「おことらは各々腕に自慢という売り込みで雇うておるに何じゃこの体たらくはっ!鬼めに姫様をさらわれただけでなく手傷ひとつ負わすことができず、誰一人手傷ひとつ負うておらぬとはこの臆病者どもがっ!えーいクビじゃクビっ、ただ今ここから荷物をまとめて出て失せよ。」
侍たちは面目を失くした様子でスゴスゴ引き下がった。援の鋭い舌鋒は隅でかしこまっていた綱さんにも向かう。
「綱どの、そなたもそなたよ!都を守る検非違使の束ねと言うだけでなく、魔物を討伐する役目の渡邊党の長でありながら何じゃこのざまは…。帝から拝領した鬼斬丸が泣いておろうぞ。こな不始末、どう責任をとるつもりかっ!」
綱さんは地に伏して声を振り絞った。
「申し訳ござらぬ!この上は我が命を持って…。」
援ヤロウはことさらに嘲る。性格が悪すぎるね…
「こりゃ、おことの首などもらったところで何になろう。その首ひとつで取れる責任ではあるまいこと、おことでも分かっておろうぞ。」
「それでは、どのように!」
そうじゃの…と援が意地悪く笑ったとき
「もうやめよ!」
道長さんが一喝し、援は分かりやすく首をすくめた。
「こうなったからには姫を救わねばならぬ。」
援ヤロウがびっくりして声を上げた。
「大臣(おとど)、敵はあの酒呑童子ですぞ。軍勢を差し向けても何度も敗退させられたものを、一体どうやってお助けになるとおっしゃるので…。」
道長さんはそれには答えなかった。
「急ぎ帝のもとへ、今から内裏に参る。援よ準備いたせ!」
(四)
「そうか…詮子が。」
御簾の向こうから微かなため息が聞こえてきた。
「聡明で美しくあのような姫はこの世に二人とない。必ず鬼の手から救わねばならぬ。…しかし、大軍を送っても以前と同じことになろう。どうしようぞ道長?何ぞ考えがあるか?」
顔を伏せたままの道長は、あくまで冷静な口調で語る。
「臣にひとつ策があります。そのため、是非がともにも御上のご裁可を得たくまかりこしまいた。」
御簾がふわっと動いた。
「あの鬼に対して策とな、さすがは知恵者の道長…。しかして、そはどのような策ぞ?」
道長の顔が上がった。
「それを申し上げる前に、是非ともこの場にお招きいただきたい者がおりまする。」
「ほう…、そは何者ぞ?鬼に抗しうるのは、一体いずこの強者か?」
御簾の中で帝が前ににじり寄ったのが分かった。
道長も前に進み、御簾に向かって小声で何事かささやく。
「何となんと!しかしっ、しかしその者は…。朕は合点がいかぬっ…いや、いきかねるぞ。」
道長がニヤリと笑った。
「御上がそのようにいぶかしがられる。そのような者であらばこそ、軍勢でもなし得ぬことをなし得ると臣はそのように考えております。どうかここは、御心をお曲げになっても、この臣をご信頼いただきたく…。」
御簾の中からは、まだ動揺が伝わってくる。
「そこまで申すならわかった…。今までも道長の申すことが間違ったことはない。道長が信じるその者を朕も信じてみようぞ。……これ誰か、誰かある。」
部屋の外で控えていた奏者が、すすすと御簾へにじり寄っていった。そして、御簾に耳をつけ帝の指示に頷くと、膝を使って器用に部屋の外へとにじり出て、いずこともなく走り去っていった。
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