第24話 酒呑童子の心

(一)

「うーん…なんか変だな?」

ブィーンとドローンが戻ってきた。フラフラしてる。充電しないとこれ以上飛べないな。今のとこ充電の方法がないけど…

「どうかしたのか?」

綱さんがコントローラーを覗き込んで言った。

「ここって本当に大江山…鬼の本拠地なんですよねぇ。」

ヤロウがもちろんだと言った。本当に余計な奴…

「確かに鬼の姿はある。ただし麓の柵の周辺に数十匹だけ。もちろん伏兵の可能性あるけど…。」

「先の戦いで、ほとんど兵力は無くなったのではないか?」

綱さんにヤロウがすぐ言い返す。

「敵の全兵力をつかんでいるわけではありません。油断は禁物かと…」

じいさんも頷いた。

「それに…酒呑童子だけで万の軍に匹敵するしの。」

金太郎に背負われた千鳥ちゃんが聞いた。

「おかしいのはそれだけですか?」

千鳥ちゃんの消耗は激しい。心配だなぁ…

「山の中腹辺りに大勢の女の人たち、子どもたちの姿が見えるけど…捕まっているとは信じられないほど、自由で楽しそうに畑仕事したり遊んだり…これじゃあまるで…。」

言いかけて止めた。

僕が見た都周辺の方がよっぽど地獄みたいだったよ…。

「見張りはいないのか?」

綱さんも僕が何を言いたいか、だいたいわかった様子…

「姿は見えなかった。」

「姫の姿は?」

じいさんが聞いてきた。

「わからない。」

彩芽がどこにいるかも確認できなかったけど…生きてる。この状況なら必ず…


(二)

「はぁはぁ…侍が攻めて来たよっ!凄く強いのが二人…下で鬼たちが防いでいるけど相手にならない。どんどんやられてる!」

廃寺本堂に走り込んできた彩芽は息を整えながら叫んだ。酒呑童子は座禅を組み目を閉じたままだ。

「遠征に出た茨木童子たちは何やってるんだろう。敵にすり抜けられたのかな…。」

酒呑童子は片目を開けポツリと言った。

「あるいは……全部やられたかだな。」

彩芽は信じられないといった顔

「ええっ…いくらなんでも、あれだけの数をっ!」

酒呑童子は覚悟を決めたように立ち上がる。

「わしなら一人であの数は一瞬だ。戦は数ではない…。」

「どうするの…?」

「ここでわしは理想の世を造る。そのためにここを守らねばならん。」

「危なくない?茨木童子たちを倒した相手だとしたら…。」

酒呑童子はニヤリと笑った。

「わしは…大江山の酒呑童子だぞ。」

待って!…お堂を出ようとする酒呑童子を彩芽は後ろから抱きしめた。

「心配だよ…なんか、とっても。」

酒呑童子は後ろを向き、彩芽を優しく抱きしめた。

「大丈夫だ。必ず彩芽のもとへ生きて帰る。」

彩芽の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

酒呑童子は指でそっと涙を拭った。

「あたし、ここで待ってる。ずっと…」

彩芽が目を閉じる。

お堂にさす日の光…二人の影が重なった。


(三)

「皆さーん、助けに来ました!もう安心ですよっ!」

そう叫んだがお姉さまたちの反応が鈍いな。洗脳でもされているんだろうか…。

「わしは朝廷から遣わされた源頼光、下の鬼はあらかた倒した!安心して家に帰るがよいぞ。」

じいさんがそう言っても、誰も農作業を止めようとはしない。

「何か術をかけられてる様でもありませんな。」

ヤロウがお姉さま方の顔を覗き込んで言った。レディに失礼じゃないの…本当に。

「ほっといてくれんかね!」

お姉さまの一人が叫んだ。

「おらたち、ここの暮らしが気にいってんだ!まんま(飯)にはありつけるし、疫病も戦も強盗もねえ!最初は怖かっただども、こんなに安心できるとこはねえだ!」

そうだ、そうだと他のお姉さまも囃す。

「だが、親から引き離された子どもたちは…。」

そうだよ、ヤロウたまには良いこと言う。

森の中から子どもたちが、ばらばらっと走り出た。

「おらたち家に帰りたくねぇ!」

「まんまが食えるここがいい!」

「おとうはおらを殴るけど、怖い姿の鬼は何もしないもの…。」

ああ、どの時代も家庭環境って複雑…

これじゃ、僕たち何のためにここへ…

「仕方ない。姫と…その何というたか、貞光の想い人だけでも助けて帰るか。」

じいさん、彩芽は想い人じゃないよ。…多分、いや…どうだっけ?

「そうは参りません。鬼の呪縛から民を解放せねば!」

珍しくヤロウがじいさんに逆らった。

「しかしの…行かぬというもの、首に縄して引っ張っていくわけにもいくまい。」

ヤロウはじいさんをきっと睨んだ。

「いいや…場合によっては!」

そこへ……ごうっと風が巻いた。


(四)

宙に浮かぶ赤鬼から静かな威厳が漂ってくる。

その一方、茨木に感じた怒りや恨み憎しみは感じない。

「お主が酒呑童子か…。」

じいさんも静かに酒呑童子を見つめる。赤鬼は頷いた。

「お主が源頼光か…。」

じいさんも頷く。

「朝廷の命じゃ…捕らわれた姫と民、返してもらうぞ。」

酒呑童子は不思議なことを言った。

「何のために?」

じいさんが怪訝な顔をする。

「何のため……さらわれた者を取り戻すのに理由がいるのか?」

酒呑童子は目を閉じた。

「そうか…何も聞かされておらんのだな。」

そう言うと目を開けて僕たちを見回す。

「そこな陰陽師は何か知っておる顔じゃ。生きておれば仔細はその者に聞くがよい。」

じいさんは静かに太刀を抜いた。ヤロウも身構える。

タタタタタタタタ

下から、陽動作戦していた綱さんと、千鳥ちゃんを背負った金太郎が勢いよく駆け上がってきた。

「間に合うたぞ…酒呑童子よ。先の大戦で死んだ数万の兵の恨み…ここでこの渡邊綱が晴らす!」

走ったまま鬼斬丸を勢いよく引き抜くと宙へと跳ぶ。

振り抜いた刃は酒呑童子には届かず途中で止まった。

「綱殿っ、それぞ酒呑童子の念の力……まともに打ち合うても傷ひとつつけられませんぞ!」

「では同時なら!」

金太郎が綱の反対側からまさかりで殴りかかる。しかしこれも赤鬼の寸前でピタッと止まった。

「碓…井さまっ!」

千鳥ちゃんが弱々しい声で言った。

「そこの弓を取ってください…。」

動けないほど衰弱してる千鳥ちゃんに?…さすがに僕はためらった。

「はやくっ!早くしないと…。」

仕方なく弓を渡すが…もはや引く力は…。

横からにゅっと手が出た。

「わしがやってみよう。」

じいさん!

「頼光様いけません。これは命を吸う弓、大事なお命が…。」

「構わぬ…もう十分生きたわい。」

じいさんは弓を引き絞る。微かな光が集まって矢になった。そのまま宙の酒呑童子に向けて、びょうと矢を放った。


(五)

帰って来た…

戸口に気配を感じて彩芽は喜んで走った。

ガタン…

戸が開き入ってきたのは青鬼

両腕が無く、片目が潰れた茨木童子だ。

「なんだい…酒呑童子はいないのかい?」

青鬼は彩芽の全身を舐め回すように見ながら言う。

「あたしが怖いのかい…大丈夫、少しの辛抱だ。さすがの鬼でもこの傷じゃ長いことないよ。」

貫かれた目と、切り落とされた両腕の付け根からボタボタ血を流しながら、茨木童子はずいずい彩芽ににじり寄っていく。

「へっ…あいつの奥手もいい加減にしないとね。まだ手を出しかねているようだ。あたしの夢、鬼の夢が叶うかもしれないってのにちくしょう!」

茨木、何かとんでもないこと考えてる…彩芽は震えながら後ずさった。

「あたしは死ぬ前にどうしても見たいんだ…。鬼の全く新しい誕生…あたしら自ら鬼を産み出せるってことをさ。」

口から1メートル以上ある長い舌が飛び出した。ヌメヌメと粘液にまみれ、ウネウネいやらしく動いている。

彩芽は恐怖でしりもちをついた。

「あの金太郎で理屈は実証済みさ…。乳でも血でも人に鬼の精を流し込めば鬼に出来る…。」

彩芽は顔を振ってイヤイヤをした。

「お前だって望むとこだろう…愛しい酒呑童子と同じ鬼になれるんだ。ははっ、苦しいのは最初だけさ…すぐに慣れるよ。気持ちよーくなってくる。」

舌が蛇のように彩芽に絡み付き、衣服をビリビリ破り出した。形のいいヒップが丸出しになる。

「いやーっ!うすいくーんっ!助けて…」

彩芽の精一杯の悲鳴が山中になり響いた。


(六)

天空の炎が全てを弾き跳ばす。

「これほど圧倒的とはっ!」

ヤロウが絶望的な声を上げた。

綱さんも金太郎も飛ばされて地面に転がっている。

どうしようもない…八咫烏の矢ですら燃え尽くす炎だ。

じいさんも千鳥ちゃんも虚ろな目をして天の炎を見上げてる。僕たちの敗けだ。いつでもとどめをさせるはず…なぜさしにこない。

さっきから、炎は中空で静かに揺らめいたままだ。

うんっ…なんか彩芽の声が聞こえたような…。

おっ…炎が明らかに動揺しているように見える。

あれ、ビュンと山頂に向かって飛び去った…。

「な、何が起こったのだ?」

綱さんがよろよろ起き上がった。

「確か…女の方の悲鳴が聞こえたような…。」

千鳥ちゃんも半身起こした。

子どもが数人、ちょこちょこ走ってきた。

「あれ、お姉ちゃんの声だ!」

「助けてって言ってた!」

「おじちゃんたち、お願いだからお姉ちゃんを助けて…。」

僕は立ち上がって子どもたちにたずねた。

「お姉ちゃんはどこにいるの?」

子どもたちは声を合わせる。

「山の上のお堂に行くって言ってた!」

じいさんが山頂を見上げた。

「鬼の本拠と言われる場所じゃな…おそらく、姫もその近くに捕まっているじゃろう。」

僕たちは急ぎ山頂へと向かった。





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